この記事をまとめると
■レーシングドライバーは独自のドライビングテクニックを持っている場合がある■中谷明彦氏が生み出した「中谷シフト」はビデオを通じて世界中から注目された
■現在のクルマでは制御の関係から「中谷シフト」ができなくなっていることが多い
中谷シフトはどのようにして生まれたのか
ドライビングテクニックにはさまざまなパターンがある。とくにモータースポーツのフィールドでは、ライバルに勝つため、いかなる方法でも勝てるなら試す価値がある。
僕自身が編み出した特殊テクニックとして、現在でも世界中のモータースポーツファンの話題として取り上げられているのは「中谷シフト」だ。
中谷シフト誕生秘話は以前に紹介したこともあるが、1985年頃からさまざまなワンメイクレースに参戦するようになったのがきっかけだ。ワンメイクレースは同じ車両、同じエンジンで競うので、どんなことでも有利になるなら勝ちたい一心で試す価値があると考えた。たとえば1.5kmと長いストレートが特徴の富士スピードウェイでは最高速の高さが勝機に繋がる。

そのために電動サイドミラーをあえてノーマルのまま残し、ストレート部分では格納して走行。前面投影面積を最小化した。また、当時取材を通じて自動車メーカーのエンジニアからうかがった話として、空気抵抗係数Cd値はハガキ1枚程の面積の穴が車両前面に開いているだけでコンマ1は悪化すると知り、ラジエターグリルやボンネットフードの隙間、バンパーの穴などもガムテープで覆って塞いだ。空気抵抗はCd×A(前面投影面積)で決まるので、ミラーの格納と合わせて行なえば効果があると考えた。結果は、当時三菱自動車が開催していたミラージュカップレースの開幕戦富士ラウンドを3連覇したことでも、またVWゴルフによるポカールカップで全勝したことでも証明された。ただ、現在はミラーを格納する行為は禁止されていると思う。
最近のクルマでは中谷シフトが”できない”!?
こうした車両に対するアプローチだけでなく、ドライビングテクニックでも無駄を省きタイムを縮める模索を繰り返した。着目したのはシフトアップという行為だ。

さらに、アクセルをオフにすることはエンジンへの吸気エアがスロットルバルブに遮られ流速が落ちる。インテークマニホールド内に乱流が発生し、次に全開にしたときに理想的な気流を取り戻すのに時間がかかる。最適な吸気の流れによるスワール効果が得られないとエンジンパワーを最大に引き出せない。平均車速の高い富士スピードウェイを1周する間に8~9回もシフトアップでアクセルを戻すのは許せなかった。そこでアクセルを戻さず全開のままクラッチを蹴飛ばすように踏んで瞬時に変速をする技が生まれたのだ。

ワンメイクレース車両ではノーマルのトランスミッションが使用されているので、こうした行為はシンクロギヤに大きな負荷がかかる。しかし、レースに勝てるなら10万キロもたなくていい。
しかし、実際のところワンシーズン通してこの中谷シフトで闘ってもトランスミッション内に不具合は確認されなかった。それが事実で、動画が公開されたときはミッションを壊すなどと多くの論議を呼んだが、研ぎ澄まされた感覚と素早く正確無比な操作ができれば、実践的なテクニックとして役立つのだった。

後にレース用ドグクラッチを装備したマシンのシーケンシャルミッション車ではアクセル全開シフトが当たり前となり、どんなドライバーでもトランスミッションに与えるダメージを最小限にするために電気カットで瞬間的にエンジントルクを制限する装置が開発された。丁度1997年当時のニューツーリングカーの時代で、シュニッツアーBMW318iに装備され、僕は国産ワークス勢を相手に1勝を上げることができた。

現代はその延長でパドルシフトによりドライバーはアクセル全開のままシフトアップするのが当たり前となっている。
一方で、ノーマル車両のマニュアルミッション車では、さまざまな電子制御プログラムが行なわれていて、中谷シフトを行なうと急激な燃焼変化による微小なノッキングをセンサーが感知できるようになり、リタード制御(点火時期制御)によって却ってパワーロスしてしまう。トランスミッションはトリプルコーンシンクロやショット加工などで強化されているにもかかわらず、エンジン制御の面からノーマル車では中谷シフトは推奨できないテクニックになった。最新スポーツモデルのマニュアルミッション車に僕が魅力を感じない理由のひとつだ。

中谷シフトはサーキットでコンマ1秒でも早く走りたい。レースで勝ちたい。