この記事をまとめると
■10リッターもの排気量を誇るドイツのトラクターが存在した



■「ランツ・ブルドッグ」と呼ばれるトラクターで、牽引トレーラーとしても使えた



■現在でもメーカーは存在しており、レストアなどを公式に引き受けている



排気量なんと10000ccのトラクター!

1億円以上するハイパーカーでもエンジンの排気量は5リッター程度がデフォ。まれに7リッターや8リッターエンジンもありますが、さすがに10リッターもの排気量を誇るマシンはないだろうと高をくくっていたら、50年も前からありました(笑)。しかも、単気筒2ストロークという耳を疑うような内燃機関で、最高出力55馬力ながら、牽引重量30トンを越えるという「働き者」、ドイツのランツが作ったブルドッグはいまも現役で動いているトラクターなのです。



ランツはドイツでも屈指のトラクターメーカーで、生産開始は1921年といいますから、ベテラン中のベテラン。そんな彼らのヒットモデルが「ブルドッグ」シリーズです。1920年代から1960年代にいたるまでに22万台が販売されたほか、スペインやアルゼンチンなどでもライセンス、あるいはコピーモデルが登場したという伝説級のトラクター。ドイツは、かのポルシェも作っていたほどのトラクター大国ですから、そのなかでこれほど売れたというのは相当なものです。



10リッター単気筒で廃油でも走るってどういうこと!? ドイツ...の画像はこちら >>



ヒットの要因は、やはり搭載していたヒートバルブエンジン、国内では焼き玉エンジンと呼ばれるシンプルかつ、耐久性や経済性に優れた内燃機関ではないでしょうか。これは、ハーフディーゼルと呼ばれることもあるくらいディーゼルにも似ていて、バルブ内部の赤熱した金属表面に燃料が接触して点火、ディーゼルの自己点火とは違うものの、圧縮から排気工程の原理を共有しています。



また、この構造は燃焼行程を2ストローク、あるいは4ストロークを問わず構築できるとされていて、ランツは部品点数の少ない2ストロークを選んでいます。ちなみに、国内では焼き玉エンジンが一般的ですが、海外では発明したイギリス人、ハーバート・アクロイド・スチュアートにちなんで、アクロイドユニットと呼ばれているようです。



上述したように、アクロイドユニットは構造がシンプルで、部品点数も少ないこと、しかもディーゼルほど耐圧性の高さが求められないため、わりと簡単に排気量を上げることができます。それゆえ、ブルドッグシリーズは2.8リッターからスタートして4リッター、7リッター、ひいてはボアストローク225×260mm(1万338cc)、10リッターもの気筒容量まで拡大されたのです。



10リッター単気筒で廃油でも走るってどういうこと!? ドイツに「ブルドック」と呼ばれる怪物トラクターが存在した
ランツ・ブルドッグD2531のリヤスタイリング



また、当初は焼き玉の始動は別途トーチを用いたものの、改良を重ね初期ディーゼルエンジンと同じくトーチや電気ヒーターにとってかわったことで実用性も大幅に向上。ヒットモデルになるのも大いに納得です。



燃える油なら”なんでも”燃料にしてOK!

また、ヒットの要因は丈夫で長持ちというだけではありませんでした。アクロイドユニットは主に重油を燃料としていたのですが、じつは「燃える油ならたいていのもので動く」という隠れたメリットがあったのです。



たとえば、灯油、植物油、あるいはクレオソート(タール蒸留後の余りもの、主に防腐剤などになるもの)、果ては、アクロイドエンジン使用後の廃油まで再利用可能というオールマイティぶり。経済性を重視する農家はもちろん、燃料供給もままならない奥地などで引っ張りだこになるわけです。



10リッターエンジンを搭載したD2531は、ブルドッグシリーズの最高峰ゆえに、トラクターにありがちなオープンシートではなく、一見するとクルマのようなキャビン、フロントスクリーン、さらにはフェンダーまで装備しています。カタログによると、アタッチメントを利用するトラクターとしての機能だけでなく、30トンまでの牽引トレーラーとしても利用可能と謳っており、汎用性の高さもセールスポイントだったに違いありません。



10リッター単気筒で廃油でも走るってどういうこと!? ドイツに「ブルドック」と呼ばれる怪物トラクターが存在した
ランツ・ブルドッグD2531のリヤスタイリング



ちなみに、ブルドッグのような一世を風靡するモデルを作っていたにもかかわらず、ランツ社は1956年にはアメリカの大手農機具メーカー、ジョン・ディア社に買収されています。経緯は詳らかにされていませんが、第二次大戦後の復興期も乗り越えてきたランツだけに、ちょっと残念な末路かもしれません。



が、ジョン・ディア傘下であろうと、ドイツ国内にランツ社はしっかり残っており、現在も同社が生産したトラクターの修理、レストアを全面的に担っているとのこと。むろん、D2531の10リッターエンジンについてもオーバーホールを行っており、これまたフェラーリのクラシケ・ブランチかのように完全解体からスタートするという徹底ぶり。



10リッター単気筒で廃油でも走るってどういうこと!? ドイツに「ブルドック」と呼ばれる怪物トラクターが存在した
ランツ・ブルドッグD2531のレストア風景



レストア後も博物館に飾るわけでなく、再び農作業に赴くというのがブルドッグのカッコよさ、ひいては人気の秘訣といえるのではないでしょうか。

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