この記事をまとめると
■2024年11月9・10日にAI搭載の自律走行型スーパーフォーミュラが鈴鹿サーキットを走った



■自律走行型スーパーフォーミュラでシリーズを行う「A2RL」のCEOにインタビュー



■「A2RL」はモータースポーツの未来を創り出そうとしていた



無人のレーシングカーがコースを疾走する強烈な違和感

2024年11月9日(土)、10日(日)の2日間、全日本スーパーフォーミュラ選手権の最終ラウンドが行われた鈴鹿サーキットで、AIを搭載した自律走行型のスーパーフォーミュラマシンがデモンストレーション走行を行った。



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走行を行ったマシンは「A2RL」と呼ばれる、アラブ首長国連邦のアブダビにあるASPIRE(アブダビ先端技術研究評議会)が2024年4月から開始した、まったく新しいレースシリーズのマシン「EAV24」だ。自律走行用のシステムを組み込み、AIを使って人の手に頼らず自律して無人走行を行うのが特徴となる。



世界でもF1に次ぐ速さと評される全日本スーパーフォーミュラ選手権用マシン「SF23」をベースに作られているだけに、今回のデモランは、生まれ故郷の日本に対するお披露目の意味合いが強い。



無人のフォーミュラマシンが鈴鹿を激走! なぜこんな挑戦をする必要があるのか「A2RL」のCEOに直撃した
A2RL用マシン「EAV24」のベースモデルとなった全日本スーパーフォーミュラ選手権のマシン「SF23」



9日(土)は「AI対AI」と題し、自律走行するマシンが同時に2台走行する姿が本邦初公開された。わずか20分ばかりの走行ではあったものの、大きなトラブルなく、スタートからフィニッシュ後の停止まで、完全に自立した走行が行われ、無人で走る姿に衝撃が走った。



無人のフォーミュラマシンが鈴鹿を激走! なぜこんな挑戦をする必要があるのか「A2RL」のCEOに直撃した
デモンストレーション走行を行ったA2RL参戦マシン通称Yalla



それと同時に、レーシングカーを自律運転させる意味とは何だろうか、A2RLは何を目指しているのか、なぜスーパーフォーミュラマシンをベースにしたのかなど、疑問が次から次へと湧いてきた。事前情報で理解していたつもりではあるが、改めて主催団体にいろいろと質問したいと申し出たところ、主催者であるASPIREのCEOステファン・ティンパノ氏が快く単独取材に応じてくれることになったのでお届けしよう。



なお、インタビューはAI対AIが行われた2024年11月9日(土)の夕方に行った。



自律走行型レース「A2RL」の仕掛け人かく語りき

──お時間をいただきありがとうございます。まず、A2RLというシリーズが目指しいるもの、自律運転で何を実現しようとしているのか改めて教えてください



ティンパノ:私たちがレースをテストベッドに用いて、自律型モビリティのためのソリューション開発を行おうと考え始めたのは、わずか2年前のことです。それは、非常に複雑な状況にあっても、自律性が機能するということを世間に証明するには、レースが最善だと思ったからです。それがA2RLです。



無人のフォーミュラマシンが鈴鹿を激走! なぜこんな挑戦をする必要があるのか「A2RL」のCEOに直撃した
WEB CARTOPの単独インタビューに応じたA2RLを主催するASPIREのCEOステファン・ティンパノ氏



そして、自律運転の信頼性を高め、将来的に人々がこれらの機能に対して信頼を寄せてくれるように関係を構築したかったのです。それで、最初のレースを今年4月にアブダビで開催し、8チームが参戦し、自律運転車両としては初めて4台が同時に走れることを示しました。



(テストドライバーの)クビアトと自律走行マシンが対戦し、人間と機械の対決もできました。

おかげで私たちに多くの関心が集まり、純粋なテクノロジー・チャレンジの枠を超えてやっていきたいと思いました。だから2025年にシーズン2を実施します。



アメリカやフランスのチームも加わりますし、日本のスーパーフォーミュラ参戦チームであるTGM Grand Prixも参戦を発表しました。登録台数はどんどん増え12チームが参戦する予定です。また、自動車レースと並行してドローンレースも行います。



無人のフォーミュラマシンが鈴鹿を激走! なぜこんな挑戦をする必要があるのか「A2RL」のCEOに直撃した
2025年に行われるA2RLシーズン2からの参戦を表明した日本のレーシングチーム「TGM Grand Prix」の池田和広代表



長期的には、世界初のAIのレーシングリーグを創設し、人間とマシンが同じ土俵でレースしたり、最終的には1対1のレースを目指したいと思っています



──では、なぜA2RLをやろうと考えたときに、日本のスーパーフォーミュラマシンに白羽の矢が立ったのでしょうか



ティンパノ:レースといえば、まずF1を思い浮かべると思います。現実的にそこに一番近い(速くて購入できる)クルマは何だろうと考えたら、それがスーパーフォーミュラでした。そこで、(スーパーフォーミュラを主催する)JRPに働きかけたところ、ダラーラを通じて日本で走っているのとまったく同じマシンを手に入れられることになりました。



無人のフォーミュラマシンが鈴鹿を激走! なぜこんな挑戦をする必要があるのか「A2RL」のCEOに直撃した
2024全日本スーパーフォーミュラ選手権第8戦鈴鹿レッドブル・無限チーム16号車



──4月にアブダビのヤス・マリーナ・サーキットで初のレースが開催されました。世間や専門的な技術者からはどのような反響がありましたか?



ティンパノ:さまざまな反響がありましたよ。まず、スタンドにいた観客の皆さん。あの日スタンドには1万人以上が来てくれたのですが、最初はA2RLのマシンがジョイスティックで動いていると思ってた人もいたようです。

それに、そもそも何をやっているレースなのかまったく理解できていなかった方もいたようです。



オンライン上での反応もよかったです。Youtubeのライブ配信も、専門分野のコミュニティから反応があったり、AIや自律型研究の世界からの参加も多く、非常にポジティブな印象でした。多くの参加者は、その分野でのトップクラスの大学から来た人たちでしたしね。参戦したいと名乗り出てくれた大学チームが20チームほどいました。また、マシンに搭載された機能がどのように作動しているのか見ることができるVRアプリにも、2万2000人もの方々が使ってくれました。



既存のモータースポーツ視聴者が見てくれたというよりは、若くて最新テクノロジーを使うことに熱心な人たちが興味を示してくれた印象です。



──私もYoutubeでライブ配信を見ていました。すごく画期的なものが生まれたなと思いましたが、一方で単独で走るのと複数台でレースをするのでは勝手が違うのかなとも感じました。



ティンパノ:そうですね。単独なら人間が操作するのと近いスピードは出せます。今日の鈴鹿では事前走行に十分な時間が割けなかったし、コースも複雑なので難しいですが、初レースを行ったヤス・マリーナ・サーキットでは(テストの初期段階では)人間とAIのマシンのタイム差は3分半ありました。

けれど、最終的には約9秒から8秒程度までその差を縮めることができました。



なので、重要なのはAIを訓練することです。ほかのクルマと走ったときにどう反応するのかというね。



無人のフォーミュラマシンが鈴鹿を激走! なぜこんな挑戦をする必要があるのか「A2RL」のCEOに直撃した
A2RL参戦マシン通称Nova



つまり、いまやっていることはすべてAIを教育するプロセスで、人間と同じように反応し操作できるようになるためのものなのです。なぜなら、AIはまだ人間としての反応を知らないからです。



テストドライバーのクビアトも、最初はマシンが機械的な動きをするといっていたんです。しかし、AIが訓練を重ねるにつれて挙動が進化していき、自然な挙動に近づいているといっています。ついには、AIがコースを攻めて(縁石を)ショートカットしようとしているともね。



ですから、3台、4台、5台とマシンが増えたとき、一緒に走ることの複雑さは上がります。チームごとにAIの訓練内容が異なりますから。あるマシンは守備的で、あるマシンは攻撃的というように訓練から得られた性格付けがそれぞれ異なります。そして、クルマが戦いはじめ、勝利を目指してレースするようになる。

でも、人間的な反応を得るにはまだ時間がかかります。



──今日(11月9日)の午前中に行われたAI対AIのデモレースでは2台は争うことなく間隔が保たれているように見えました。あれが本来のレースのイメージなのか、それともプログラミングによってそのように走らせたのですか?



ティンパノ:2台のマシンを管理しているのは同じチームなので、ベースとなるプログラムは同じですが、反応は若干異なります。マシンごとに名前を付けたり、異なる性格を与えたりもしています。今日の2台は”Yalla”(11号車)と”Nova”(01号車)というようにね(笑)。



無人のフォーミュラマシンが鈴鹿を激走! なぜこんな挑戦をする必要があるのか「A2RL」のCEOに直撃した
スーパーフォーミュラのプロモーターである日本レースプロモーションとA2RLを主催するASPIREによる記念撮影



──デモレースをやっている最中に、場内実況も「イエラちゃんって呼ぼう!」っていってましたよ。



ティンパノ:ハハハ(笑)、そりゃいいですね!



「A2RL」の発展のために必要なこととは?

──ところで明日(11月10日)はクビアト選手とAI、つまり人間対AIの戦いをご披露されるということですが、AIのレースに人間が操るクルマが介在すると、また別の難しさが出てくるのでしょうか?



ティンパノ:それは人間が居ようと変わりませんよ。むしろ人間がAIに合わせる感じだから、運転するクビアトのほうが大変だと思います。過去にはAIマシンが何をしてくるかわからないので、(混走する)オファーを断ったドライバーもいましたし……。いまは人間のほうが柔軟に対応する時期だということです。



無人のフォーミュラマシンが鈴鹿を激走! なぜこんな挑戦をする必要があるのか「A2RL」のCEOに直撃した
自律走行型フォーミュラカーで競われる「A2RL」のテストドライバーを務めるダニール・クビアト選手



──私もクビアト選手がAIを相手に走り、苦労しているシーンを映像で見ました



ティンパノ:そうですね。人間的な感情をマシンが得るには、まだまだ時間がかかります。

しかし、たとえばドローンレースはどうでしょう。自律型ドローンと人間が操るドローンを比べたとき、今日ではすでに自律型ドローンが人間を上まわっています。それはなぜか。高い集中力を保って、非常に狭い環境を素早く飛行する必要があるためです。



スーパーフォーミュラのドライバーでもそうでしょう。人間は数分も競技を続けると、ある時点でミスを犯します。一方で、ドローンの自律型パイロットはミスを犯さず飛び続けます。集中力を求められる領域ではAIの優れた部分が活きる格好です。



──最後に、A2RLが既存のモータースポーツと同等のスピードで周回し、戦うのはいつごろになると予想されていますか?



そうですね……、できるようになるためにはふたつの側面がある思います。ひとつは技術面。これは数年内に到達できると予想します。もうひとつは時間や投資の問題だと思いますが、それはあまり心配していません。

チームやAIの専門家たちが高い興味を示してくれているのがポジティブですし、レーシングドライバーが危険にさらされるリスクがないという点も、既存のモータースポーツと異なる魅力になるのではと思っています。



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鈴鹿サーキットで合同記者会見に臨むA2RLを主催するASPIREのCEOステファン・ティンパノ氏



けれども重要なのは、一般の人々の関心を集めることです。より魅力あるレースシーンを作り、どうやってファンを楽しませるか。そして、アブダビや今回の鈴鹿でやったようなフォーマットもそうですし、ほかにもファンに喜んでもらえるフォーマットが何か模索しています。VRのような新しい領域もやっていきますので、注目していてください!



──ありがとうございました。



このインタビューの翌日、11月10日には「人間対AI」のデモレースが実施された。残念ながらAIマシンのYallaはコースインして約半周したところで、スピンクラッシュしてしまい即座に中止されてしまった。人間でもやりがちだが、恐らく冷えたレーシングスリックが温まりきらぬまま、ヘアピン立ち上がりのアクセルオンでパワースライドしたものと思われる。



無人のフォーミュラマシンが鈴鹿を激走! なぜこんな挑戦をする必要があるのか「A2RL」のCEOに直撃した
A2RLのマシンを使って、人間対AIのデモンストレーションレースが実施された



しかし、このスピンは決してネガティブなものではないと考える。なぜなら、AIは失敗を学ぶからだ。開発ベースのアブダビは1年を通して暖かい。一方でここ鈴鹿の気温はデモンストレーション走行時は13度、路面温度は19度程度と場内アナウンスされていた。このような気象条件下での走行データが圧倒的に不足しているのだろう。



無人のフォーミュラマシンが鈴鹿を激走! なぜこんな挑戦をする必要があるのか「A2RL」のCEOに直撃した
2024年11月10日に行われたA2RLの人間対AIのデモレースはAIマシンがスピンクラッシュ



だからこそ、A2RLは鈴鹿で1か月以上も前から計70時間にも及ぶテストをすることで、アブダビとは異なる気象条件下での走行経験をAIに学ばせ、自律運転技術の進化を一層進めたかったのだろう。



きっと次に我々の目の前を走ることがあれば、子供の成長を見守るかのように「あの時は転んでばかりだったのにね」と、今日のスピンを懐かしく感じるほど進化した走りを見せてくれるはずだ。



無人のフォーミュラマシンが鈴鹿を激走! なぜこんな挑戦をする必要があるのか「A2RL」のCEOに直撃した
鈴鹿サーキットのNIPPOコーナーを駆け抜けるA2RLの自律走行マシン



日本が世界に誇る最速ワンメイクマシン「SF23」が、自律走行の分野で世界を牽引しようとしているASPIREの活動により、未来を創り出そうとしている姿に胸が熱くなる思いだった。

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