この記事をまとめると
■編集部員がブリヂストンの防府工場を見学■防府工場ではスタッドレスタイヤやサマータイヤを製造している
■ブリヂストン社内で唯一となるORタイヤの試験施設も構える
機密だらけのタイヤ工場に潜入!
タイヤとは、クルマに乗る上で超がつくほど重要なパーツだ。というか、タイヤがないとクルマでもバイクでも、地上を走るほとんどの乗り物は動かせない。
まぁそんなことは、いまさら読者に説明するようなことでもないだろう。
そのタイヤの世界で一大シェアを誇っているのが、日本が誇る大企業であるブリヂストン。1931年に福岡県にて、創業者である石橋正二郎氏が立ち上げたブランドだ。名前の由来は、「石橋」を入れ替えて英語にすると「ブリッジ(橋)」と「ストーン(石)」になるから。時代背景を考えるとかなり洒落が利いてる気がするのは筆者だけだろうか?
さて。そんなブリヂストンでは、タイヤの分野に限定すれば、モータースポーツはもちろん、一般的な乗用車で使うエコタイヤやスタッドレスタイヤ、航空機用のタイヤを手がけるほか、最近では宇宙で使うタイヤや、空気を使わずに走れるという夢のようなタイヤである「エアレスタイヤ」なんていう最新技術の塊みたいな商品を開発、展開している。

今回、そんなブリヂストンより「工場見学があります」という、案内が編集部にやって来たので、飛行機でひとっ飛び、山口県防府市へ向かってみた。
さて、今回の訪問地である防府市にあるブリヂストンの工場は、1976年に操業を開始した、社内では2番目に新しい工場で、国内の工場では9番目に動き出した場所(2011年に北九州工場が稼働している)。ここでは、ブリザックVRX3やVRX2といったスタッドレスタイヤや、海外向けのOEタイヤを製造しており、13インチから19インチまで製造できる金型などをもっているとのこと。
製造本数は1日になんと約1万3600本という、とんでもない数を作っている。サイズや銘柄は国内外のオーダーのバランスを見て決めているとのことだ。余談だが、ここは山口県随一の工業団地なので、裏にはマツダのミッション工場があるそう。

ちなみに工場内の人はほどほどの人数で、大部分がオートメーション化されているので、労働者が安全かつ快適に働ける環境作りにも配慮しているとのことで、労働者の満足度も高いそう。
新品タイヤに触れる機会の多い我々がゆえ、ゴムが発する独特の臭いを想像していたのだが、工場内がまったくゴム臭のない環境だったのには驚いた。さらにいうと、工場で発生した臭いや水は、臭いなどがしないよう工場内で処理して排出するという取り組みも行っている。

タイヤ作りに欠かせない機械や設備のメンテナンスは、なんと社内エンジニアたちだけで行っている。タイヤを製造する上で欠かせない加硫機は、日々メンテナンスをしながら、基本的には365日稼働し続けている。
見学開始時は、薄いゴムシートとワイヤーだけだった素材が、あれよあれよと見学するうちに、一気に見慣れたタイヤの姿になって我々の前に姿を表す光景は、ちょっと感動的。それも湯気を出しながら出てくるものだから、まるでその光景はSFの世界だ。なお、タイヤを成型する際の加硫時の温度は180度前後とのことだ。

それと、見学中にユニークに感じたのが、工場の徹底した生産管理体制だ。タイヤがクルマの安全に直結するというのは、散々WEB CARTOPでもお伝えしているが、そんなタイヤを製造する工場の機械にもし異常があって、規格外のタイヤが大量に生産されてしまったり、不純物が混ざったりして品質が低下したら、ブランドの信用問題にかかわるのは想像に容易い。
なので、取材班に配られた貸出用のボールペンには、1本1本管理番号が振られており、誰が何を使ったかわかるようになっていた。備品類のほとんどに、こういった番号が振られており、紛失時に、誰が何を紛失したのか各部署で連携が取りやすいように配慮しているとのこと。

「食品工場でもないのにたかだかボールペン1本……」と思うかもしれないが、この真面目な体制が、ブリヂストンの揺るぎない信頼性の背景にあるのだと感じた瞬間であった。
超巨大タイヤ製造現場に潜入!
さて、今回のこの工場見学のメインディッシュとなる工程を続いてお届けしよう。それが、”ORタイヤ”と呼ばれるタイヤのテスト現場だ。
ここで、「OR? なんだそのタイヤ?」となるのも無理もない。なぜなら筆者だってそんなタイヤ、このときまで知らなかったからだ(OEタイヤなら知っているが)。
ORタイヤとは、簡単にいえば鉱山などで使われるダンプが履く、「何インチだよこれ!」というくらいデカいあの超巨大タイヤだ。こういえば、きっと多くの人は理解できるはず(!?)。

ちなみにORの略は「Off The Road Tire」。なんとあの兵器のようなタイヤに関する試験をここ、防府工場で実施しているとのことで、先ほどのタイヤ工場見学のあと、その現場にも特別に潜入した。
……と、その前にORタイヤの概要について少し説明しよう。
ORタイヤに求められるのは、圧倒的な「高荷重性能」「高速耐久性」「寿命」「耐外傷性」が必要条件とされている。世界の鉱山はとにかく過酷極まりない環境かつ、現場のスケールも半端じゃない。それでいて、とにかくトラブルを減らさないと、現場全体が混乱するという、無理難題な使命が与えられている。

そこでブリヂストンは、そんな過酷な状況に耐えらえるORタイヤを日々研究、開発し現場に投入している。その中枢となるのがここ防府工場というわけだ。なお、超大型ORタイヤを製造しているのは世界でブリヂストンを含め数社のみという。
このORタイヤが使われる車両は高さ8~9mほどのダンプで、タイヤの直径は約4m。車両にもよるが、インチは63・57・51・45インチのバリエーションを揃える。乗用車にしか触れない我々からしたら何もかもが規格外の意味不明なスケール。理解が追いつかない。なお、63インチのタイヤは「59/80R63」というスペックで、タイヤ1本あたりの負最大負荷は115トン(乗用車では0.4~1.3トン、トラックで1.5~6トンほど)。文句なしにブッチギリの世界最大サイズだ。ちなみに車両は日本のコマツが作っているので、日本の企業がタッグを組んでる点も意外なところ。

しかし、日本では63インチクラスの車両は使われておらず、国内ではORタイヤでは最小サイズの45インチを使用する車両までが展開されている。「45インチで最小」というのはもはやパワーワード以外の何物でもない。

これだけ巨大なタイヤだが、気になる空気圧は概ね600kPa程度とのことで、サイズを考えたら意外と高くない数値となっている(乗用車はおおよそ220kPa前後が多い)。
さて、ざっとORタイヤについて触れたことで本題に移ろう。
ここ防府工場ではこのORタイヤの試験を毎日行っている。このテストセンターは1982年に開設され、3班2交代で動かしている。ちなみにこのORタイヤの試験場は社内に世界でここにしかない。
静特性、ドラム試験、切断試験といった工程を主に行っており、タイヤの性能が常に保たれているかをチェックしている。なお、製造は北九州工場と下関工場で、完成したものがここ防府工場に送られるのだが、船便で運んでいるので、海沿い同士にある両工場の立地はかなり都合がいいとのこと。

試験は1本あたり約1カ月かけて行うとのこと。それを同時進行で複数の試験機を使って進めるので、年間消費量は約400本ほど。こんな巨大なモノを400本も消費していると聞くと、そのスケールのデカさにただただ驚くばかり。
試験内容としていくつかピックすると、まず荷重試験がある。先述のとおり、このORタイヤは1本あたり115トンの負荷がかかっても問題ないように設計されているが、それにはある程度マージンをもたせないと危険なのはいうまでもない。そこで、この試験では1本に120~180トンという、もはや想像の範疇を超えた荷重をタイヤにかけ、問題がないかをチェックしている。この巨大なタイヤが目の前で潰れている姿は圧巻だ。潰しながら左右に捻ったりもして、さまざまな負荷をかけても異常がないかを常にチェックしているのだ。

ドラム試験では、実際にタイヤをセットして転がして、摩耗などをチェックする。なお、試験前にリム(トピー工業製)にセットする準備の時間も一般的なタイヤと比べたら桁違い。我々が使う乗用車用のタイヤであれば、1台分せいぜい1時間もあれば組み終わるが、ORタイヤともなれば、まず横に向けてリムに組むのに40分、エアを充填するのに2時間、セットに30分ほどかかるそう。ちなみにこれ、1本あたりにかかる時間だ。
これもオートメーション化されたからこの程度で済んでいるが、人力でやってたころは1~2週間かかったそうだ。重労働にもほどがある世界に、理解が追いつかない。これは本当にタイヤなのか? と疑いたくなる代物である。

なお、これを何日もかけて回すのだが、過去にはバーストなどのトラブルも起きており、その際は衝撃で社屋の屋根が吹き飛んだ……というデータもあるそう。サイズから想像できるとおり、破壊力が半端じゃないので、現場は機械による監視などもフル投入し、とにかく安全第一で稼働しているとのこと。
そして、最後にタイヤをカットして、ワイヤーなどの状態を確認し、東京都小平市にある研究所に送られる。このタイヤをカットしている写真を見てほしいが、とにかく分厚い。カット中の光景も火花が大量に散っており、金属加工でもしているのかと勘違いするレベル。

さて、そんなORタイヤだが、もちろん我々一般人がこれを買うことはできない。というか、1本あたり重さ4トン超えのタイヤはオブジェにもできないだろう。
気になる販売経路を聞くと、基本的には鉱山(とその関連会社など)に直接納品しているとのことだ。鉱山には専門スタッフも常駐しており、組んであるタイヤセットもいくつか予備があり、パンクなどが起きたらすぐに交換できる体制になっているそう。なお、1本の交換は意外や意外、30分ほどで終わるそうで、ジャッキアップなども我々が使うクルマと同じようにやるとのこと。

パンク修理も、我々がお願いするのと同じ容量で、ゴム片を詰め込むような形らしく、何もかもスケール違いのタイヤのわりに、装着・着脱のプロセスは変わらないそうだ。ただし、タイヤの価格は1本あたり数百万レベルとのことで非現実的な面もちゃんとあり、期待を裏切らなかった。
世界中の鉱山では、我々の生活に欠かせないクルマや電子機器などに使われているレアメタルなどが、日々採掘されている。そんなレアメタルなどの資源は、ブリヂストンのORタイヤを履いたダンプたちが運んでいるのだ。我々の生活を、じつはブリヂストンのORタイヤが支えているんだと、ふとしたときに思い出してみてほしい。そんな1日であった。