今の技術であれば実質64馬力以上にすることも可能
軽自動車のエンジンは、排気量がわずか660cc以下に限られている。もともとは1954年に規格改定された360ccの時代が長く、スバル360やホンダN360など多くの名車が世に送り出されている。1976年に排気ガス対応などによる出力不足を補う観点から排気量上限が550ccに拡大され、1990年には660ccまで引き上げられた経緯がある。
その時代を知る者にとっては、現代の軽自動車のエンジンはどれも超高性能に見える。実際、各社のエンジン性能は素晴らしい領域に達している。1987年の550cc時代に登場したスズキのアルトワークスが64馬力の最高出力を発揮し、ライバルを圧倒したことが軽自動車業界を震撼させた。普通車クラス同様にハイパワー競争の波に飲み込まれそうになった。
しかし、一方で軽自動車は国民車的な存在で多くの国民にとってなくてはならない存在に成長していた。一家に1台といわれた時代から一人1台というモータリゼーション拡大の流れを加速させるために、価格の上昇が不可欠となる無用なパワー競争に歯止めをかけたいという願いが各社一様にあり、メーカー間の自主規制というカタチで最高出力を64馬力までに制限するという流れが出来上がったといえる。
したがって現在販売されている軽自動車のカタログ値は、どのメーカーのどのモデルでも最高出力は64馬力となっているわけだ。一部、イギリス製のケーターハム160はスズキから軽自動車用の660cc 3気筒ターボチャージャーエンジンを調達し、80馬力を引き出して搭載している。

国内で販売される場合は軽自動車として登録されるので80馬力の軽自動車として注目を集めた。すると、それなら「俺の軽も80馬力にしてくれ!」という声が多く上がった。
価格を考慮すると馬力アップのメリットは少ない
かつて1.5リッターターボ時代のF1マシンは排気量1500ccから1000馬力を超える最高出力を生み出していた。ただし、こうした高出力化は技術的には可能であるとしても、価格の上昇は抑えられない。
軽自動車で100馬力を引き出すならエンジンのシリンダーブロックやピストン、コンロッド、クランクシャフトなどのエンジン各部の基本パーツ強化はもとより、シリンダーヘッド、ガスケット、バルブまわりの耐久性も上げなくてはならない。また十分なクーリングを確保するためにウォータージャケットを拡大し、大型のラジエータの装着が必要となる。さらにトランスミッションやドライブシャフト、アクスルやハブ、ブレーキなどシャシー全般をハイパワーエンジン搭載に相応しい仕様へと変更しなければならないこととなる。その結果、価格に上昇率は20~30%でも収まらないだろう。
現状でも軽自動車は装備や安全性能、運転アシストなど普通車と変わらないレベルに揃えるだけで200円以上となり、生活必需品である国民車としては高価になりすぎていると指摘する声もある。もし100馬力のエンジンとするなら、250万円以上の価格となることを覚悟しなければならないだろう。そこにメリットを感じるユーザーもメーカーも今は存在しないといっていい。

カタログ表記は64馬力でも、実際に計測したらそれ以上の馬力が出ていると思える軽自動車はすでに多く存在している。ホンダN-BOXのターボモデルをテストコースで試したら、140km/hの最高速度でも静かにクルージングできるほどパワーに溢れていた。スズキのハスラーやダイハツ・タフトはパワー感でさらに上まわっている。軽自動車は今のままの思想で、技術革新によってさらに秘かにパワーアップと燃費向上を果たしていけばいい。64馬力というカタログ記載数値を必要以上に意識する必要はないのだ。