そのお米を活用した花粉症対策として、「スギ花粉米」の研究が農林水産省の主導で進められていることを知っているだろうか。
政府によれば、今や国民の3人に1人がスギ花粉症にかかっているといい、まさに「国民病」と言える状況だ。スギ花粉米は、スギ花粉症に苦しむ人たちの“希望の光”となり得るのか――。研究開発に取り組んできた「国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構」(以下、農研機構)に聞いた。
「お米」に着目した理由
スギ花粉米とは、コメ胚乳タンパク質顆粒(かりゅう)に、アレルギーを引き起こさないように改変したスギ花粉のアレルゲンを蓄積するイネ(の種子)のこと。農研機構では「多くの日本人が悩むスギ花粉症対策として、ヒトの免疫作用(経口免疫寛容)の利用ができないか」との考えから、2000年に開発を始め、遺伝子組換え技術によって2003年にスギ花粉米が誕生したという。お米に着目した理由について、担当者はイネ種子(お米)が持つ以下のような特性をあげる。
「イネ種子の重量の約9割は『胚乳』という組織が占めていますが、胚乳中には胃液や腸液に対して難消化性の性質を持つ『PB-I(プロテインボディ・タイプI)』というタンパク質顆粒が存在します。
スギ花粉米は、有効成分である改変タンパク質(アレルギーを引き起こさないように改変したスギ花粉のアレルゲン)を胚乳で高発現させ、PB-I に蓄積させることで、有効成分が胃液や腸液で分解されず、免疫寛容の作用点である腸管関連リンパ組織に到達するため、腸管免疫を利用できると考えました」
第1回スギ花粉米の実用化に向けた官民連携検討会 資料2「スギ花粉米の実用化に向けた状況」より
「スギ花粉米」期待できる“効果”は?
農研機構が開発したスギ花粉米に国も期待を寄せる。昨年4月から開催されている「花粉症に関する関係閣僚会議」では、スギ花粉米の実用化が発症・曝露(ばくろ:さらされること)対策の1つに位置づけられた。これを受け、農林水産省が今年1月に「スギ花粉米の実用化に向けた官民連携検討会」を設置。同検討会は、課題や解決の方向性をまとめた「中間とりまとめ」を6月に発表しており、農研機構ではこれに基づいて、実用化に向けた取り組みを続けているという。
ではスギ花粉米には、どの程度の効果が期待できるのだろうか。これまで農研機構や東京慈恵会医科大学などが協力し、健康な人とスギ花粉症患者それぞれに対する安全性や、スギ花粉症患者への有効性を確かめるため、小規模な臨床研究を実施してきた。その結果について、農研機構の担当者は以下のように説明する。
「スギ花粉症患者を対象とする臨床研究では、鼻症状などの臨床症状は改善しなかったものの、スギ花粉アレルゲンを認識するT細胞の増殖活性の低下がみられました。このことから、スギ花粉アレルゲンに対する免疫寛容を誘導する可能性があることや、副作用としてのアレルギー反応が起きる可能性が低いことを示唆する結果が得られています。
しかしながら、臨床研究の規模が小さく、治療薬としての明確な効果は得られていません。また、医薬品原料として安定した品質や収量のコメの確保が難しいことなどが課題として残ったため、『中間とりまとめ』では、その解消に向けて取り組むという方針が示されたところです」
まずは「医薬品」を念頭に実用化の予定
「中間とりまとめ」において、スギ花粉米は医薬品を念頭に課題の整理、解決の方向性が整理されている。「実用化に向けた剤形(薬の形状)の検討にあたっては、有効性が期待できる用法・用量や、作用機序(薬が作用する仕組み)などの検討のしやすさ、服用しやすさを踏まえて、お米の中にある有効成分の抽出物である『PB分画』の粉末を候補とすることが示されています。
ただし、有効性・安全性、作用機序から用法・用量の見通しを明らかにした上で、製造コストや流通面なども含めて検討する必要があり、剤形については今後、変更されることもあり得るでしょう。
具体的にどういった用法・用量、期間で治療効果が感じられるのかについては、今後の研究によって見通しを明らかにしたいと考えています」(農研機構・担当者)
なお、実用までどのくらいかかる見込みか、将来的に医薬品の原料だけでなく「食用のお米」として実用化される可能性があるのかについては、「研究開発段階であるため、見通しを示すことは難しい」(同前)とのことだった。
スギ花粉症治療の新たな選択肢となるよう、今後さらに研究が進むことに期待したい。