田久保前市長の「私文書偽造」に“印章業界”も怒り… 報道による“風評被害”の懸念も
伊東市の田久保真紀・前市長が3月30日に有印私文書偽造・同行使、地方自治法違反の罪で起訴された件で、全日本印章業協会が4月1日にホームページ上でコメントを発表した。
前市長がインターネット上の業者に印章の作製を依頼し、卒業証書を偽造したとする報道を受けて「遺憾に思います」とする内容である。

印章を「信証の具」とする同協会では、起訴状で示された前市長の行為と、あたかも業者が証書の偽造に協力しているかのような報道について危機感をあらわにしている。(ライター・松田隆)

会長の怒り「迷惑でしかない」

報道によると、田久保被告はインターネットで業者に「文学博士○○之印」「法学博士○○之印」という印章の作製を依頼し、2025年5月29日頃から6月4日にかけて、東洋大学を卒業したかのように見せかけた証書に押印し、卒業証書を偽造した容疑で起訴されている。
会員数666、業界最大の団体である全日本印章業協会(公益社団法人)の福島恵一会長は、報道に接した際の所感を以下のように振り返る。
「一報を聞いた時に、偽造する証書に対してハンコが使われた(可能性がある)ということを考えると、風評被害につながるおそれがあると思いました。このことがハンコに対して悪い影響が及ばないように、協会としてもコメントをホームページに掲載しようということになりました。
私たち印章業界の人間からすると、田久保さん(に関する被疑事件)から被害を受けていると言っていい、心外な話です。私たちの所属団体に、このような犯罪行為に自ら手を染めなければならない人間などいません。この種の犯罪に加担する義理もなければ、メリットもなく、やる必然性がありません。そういう問題で騒がれるのは迷惑でしかありません」
同協会では印章憲章という基本理念を掲げており、その第3項は以下のように規定している。
「三、印章業者は、印章の本来の目的、信証の具としての約束を忘れてはならない。
信証の本質は『唯一無二』の形であり個の表現である。
もし、その信憑(ぴょう)性を疑われるようなことになれば業界の危機となる。そのような社会的危惧を引き起こすことのない確固たる営業の姿勢こそ大切である」
つまり、印章が強力な法的効果をもたらすことを認識し、それに関わる専門家として技術を悪用してはならないのは当然のこととしつつ、第三者によって印章が悪用されることもあってはならないという意識で仕事をしなければならない、とも理解できる。

福島会長が「やる必然性がない」と発言した背景には、憲章が定めるような倫理観が全会員の根底にあるという前提に加え、印章を作製して得られる利益はその後に有印私文書偽造・同行使の共犯とされるリスクには釣り合わないという合理的な判断も存在すると考えられる。

印章業界の信用の危機

報道があった2日後の4月1日付けで、同協会はその公式サイト上で「卒業証書偽造報道に関して」と題するコメントを会長名で発表した。
同コメントを、会長への取材内容も踏まえて読むと、同協会は、印鑑登録された実印などの既存の印影から全く同じ印章を複製するなどの行為を典型的な偽造と捉える認識を前提に、今回の事件で問題となった「博士」の印章のように特定の印影を模倣したものではなく文字情報のみに基づいた新規の注文については、通常の受注業務の範囲内にあるとの認識を示したものといえる。
それをあたかも「犯罪への加担」であるかのように報じられることに対して、協会側が強い違和感を抱いていることを表明する趣旨と言っていい。法的な当否そのものを論じたものというより、業界が築いてきた社会への信頼を毀損されることへの危機感や不快感を示したものとみることができる。
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熱弁する福島会長(撮影・松田隆)

「依頼があれば注文通りに作製」が基本だが…

実際の印章の作製現場について聞くと、たとえば今回のように「文学博士○○之印」「法学博士○○之印」といった文言でも、依頼があれば、基本的にはその内容どおりに注文を受けて作製するという。
「ウチの店に『作ってくれ』と来た場合、用途は聞きますけど、(犯罪行為に関係していることが確実に疑われるのでない限り)作ってしまう話です。『弁護士○○之印』『行政書士○○之印』というのと同じ、個人の認印と同じ扱いです。最近は企業(の依頼主)であれば、発注書をもらって、こちらが受領書を発送します。
そうして(発注書を出して)くれるところはいいのですが、こちらから『お客さんを信じていないから、証拠として発注書を書いてください』とは言えませんし、そういうビジネスをしている業界はないでしょう」(福島会長)
もっとも、「実際に卒業証書へ押印されるのは『△△大学学長之印』や『△△大学法学部長之印』などです。『法学博士○○之印』などが押印されるはずがありません」とのことであり、学長印などの作製を依頼された場合には、以下のような対応になるという。
「身元の確認は行います。自分の店に限れば、学校関係のお客様がいらっしゃるので、その方が学校の方なのかどうか本人確認はさせてもらっています」(福島会長)
前述のとおり、同協会には犯罪に加担する人間はいないと考えている福島会長は、毅然(きぜん)とした態度を示す。

「もし、印章憲章に反する業者の存在が判明した場合、私たちの仲間が悪意を持ってやったということであれば、除名です(※)。犯罪行為に加担したことがわかれば除名扱いになりますので」
※印章業協会の定款では「総会の決議によって当該会員を除名することができる」(9条)と定めている。また、除名の決議には「総正会員の半数以上」および「総正会員の議決権の3分の2以上に当たる多数」が必要とされる(18条)
業界では最も大きな団体とはいえ、すべての業者が全日本印章業協会に加盟しているわけではない。また、インターネットを見れば、「偽造を請け負う」と堂々とうたっている、反社会的な業者の存在も確認できる。
真実は、これからの公判の過程で明らかにされるかもしれない。しかし、今回の問題や報道によって印章業界が受ける影響の大きさに、福島会長は最後まで懸念を示していた。
「相手が証書を偽造しようとしている時に印章業者側も騙される方で、何ら間違ったことはしていない(犯罪を行う意思がない)状態と考えられます。それをあたかも間違えたこと(犯罪)をしているかのように記事が次々と出てくるのは、おかしくないですか、と言いたいです」
◾️松田隆
1961年埼玉県生まれ。青山学院大学大学院法務研究科卒業。日刊スポーツ新聞社に約30年在職し、退職後にフリーランスとして活動を始める。2017年に自サイト「令和電子瓦版」を開設した。現在は生殖補助医療を中心とした生命倫理と法の周辺、メディアのあり方、冤罪と思われる事件の解明などに力を入れて取材、出稿を続けている。



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