2021年4月に「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」の改正法が施行される。65歳から70歳までの高年齢者の就業確保、年金受給年齢の引き上げなど、いま企業のミドル・シニア人材の活用と、その渦中にいる就業者の行方が問われている。

働かないおじさんはなぜ誕生するのか
「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」の改正法が21年4月から施行される。それにより定年引き上げ、継続雇用制度の導入、定年廃止、労使で同意した上での雇用以外の措置など企業側にも努力義務が発生する。長く働けば働くほど、給料とポジションが上がると言われた終身雇用の絶対神話はいまや昔の話。若年層だけでなく、30代や40代以降の生活水準を老後まで維持するためには、これまで安定の立場にいたはずのミドル・シニア人材でさえ、スキルを磨き、お金を貯めて、増やしていくことが求められるようになったのだ。
かつてトヨタ自動車の豊田章男社長からはこんな意見があった。「終身雇用は難しい」。大企業の総合職の出世コースから外れた人材でも、年収で1200万円程度はあった。働くモチベーションは低いがそれでもやめるという選択肢はなかった。

また、こんなデータもある。ミドル・シニアの中で、仕事で成果を創出しているのは全体の約20%程度であるというのだ。企業のいわば“お荷物”とみなされつつあるミドル・シニア人材。いま個人個人がそのアイデンティティの再構築が求められている。パーソル総合研究所の石橋氏は、以下のように説明する。
「総合職としてキャリアを積んでこられたミドル・シニア人材の方は、名刺交換や自己紹介の時にどのように自分を表現するでしょうか。おそらく『●●会社●●部の●●です』と、このように答えるはずです。これまではどういう会社に属していて、何をしているのかが重要でした。これこそが総合職や事務職と言われるメンバーシップ型雇用の特徴です。
漫画「課長 島耕作(1983年~1992年)」をご覧になった読者も多いだろう。主人公の島耕作は、劇中で「初芝電機の課長です」と名乗っている。この自分=所属する組織の意識は、漫画のタイトルになるほど確立されている日本である。
また、出入国カードの職業欄に「会社員」と記載した人は少なくないだろう。しかし石橋氏が説明するように、会社や組織に依存した雇用形態であると、その拠り所がなくなった際、アイデンティティを失う可能性は十二分にある。だからこそ移り行く時代において、“働かないおじさん”と呼ばれないためにも、自分のキャリアの棚卸と向き合い方が問われるのだ。
現在、60歳70歳となっても働ける時代。雇用先や収入源があるということは、人生100年時代を迎える日本社会に生きる私たちにとってむしろ喜ばしいことのように思える。しかし現実は55歳前後で賃金ピークを迎えると言われ、定年が延長されることにより30代40代あるいはそれ以下の世代の賃金は引き下げられてしまう状況にある。
それにより現在の賃金や雇用体系を受け入れすぎている人材にとっては変わること、つまりアップキャリアのアイデンティティを享受できない人が大多数を占めているのだ。それが40代前後からキャリアの足踏みが起きて、その後努力をすることを辞め始めるのだ。つまりキャリア・プラトーが起こってしまうのだ。
パフォーマンスを出すことが減り、相対的な序列でしか考えない人材は、前述のとおり会社へのしがみつきにつながるのだ。ただしかし新卒雇用当時では現在の状況を予測するなど不可能だろう。いうなれば彼らにとっては雇用の契約不履行ともとれる。アップキャリアできない犠牲者ともとれるのだ。だからこそ、その挽回のために必要となるのがリカレント教育、つまり学びなおしである。
(※)キャリア・プラトーとは…キャリアが高台に乗り上げてしまい停滞期に入った状態のことを指す。組織内で昇進・昇格に行き詰まり、モチベーション低下や能力開発機会を失うこととして問題になっている

まずはもう一度、自分に問い直す(What you do?)
それでは企業にとって“お荷物社員”“働かないおじさん”と呼ばれないためには何が必要だろうか。
「かつて1998年、不良債権の処理などに約8兆円の公的資金を使った日本長期信用銀行(現 新生銀行)の経営破綻。その犠牲者となったのは当時の40代50代の人材でした。彼らは組織と総合職というあいまいなキャリアのため行き場を失いました。
ご存じのように米国では同一労働・同一賃金制度を敷いている企業が少なくない。世界的に見てもジョブ型雇用が主流であり、まずキャリア自律を果たすためにも「有限性を認識して自問自答する」ことが自律をコミットメントする有益な手段だと石橋氏は説明する。
「まず自分のスキルや経験が、ほかの会社だったらどんな賃金なのかを調べることから始めると良いでしょう。いまは賃金比較サービスサイトもありますし、単純に求人票を見比べてみてもいい。その上で年収比較など自分の気になった会社がどのような業務や仕事ができるのかを関心を持って見てみるのもいい。まずは自分自身のキャリアに興味を持つことです」(石橋氏)。

しかし単純に年収比較だけしてその会社に興味を持つことや転職活動を行うことはおすすめしないと石橋氏はくぎを刺す。一般的に給料を上げるためには2つの手段を試すべきだそうだ。
・自分の経歴をより高く買ってくれるところを探し転職(職務経歴書をブラッシュアップ)
・より専門性を磨いていく
1番目は、単純に職務経歴書をブラッシュアップしてアタックすべき会社に合わせたスキルやキャリアを積み上げていく手法。そして石橋氏の推奨が2番目の「より専門性を磨いていく」作業にあるという。つまり責任をもって自分を見ていく行為だ。その上で自分の仕事やスキル、経験は他の組織や団体でも活かし得るはずだと自覚することが大事なのだという。
さて、その作業で手っ取り早く想起するのが副業(複業)だ。なにも副業(複業)をおすすめしているわけではない。副業(複業)で大事なことは、組織の越境体験(自分とは異なる組織の人と働く)をすること、自分のバックグラウンドを活かして働くこと、意外と社外でも通用することを認識する(アンメットニーズを満たす)作業がポイントになるという。
現在所属している会社の仕事はメーンでこなしながらも、副業(複業)という形で自分の価値付けを、社内だけでなく社外にも作っていくということである。キャリアを広げるきっかけを創造するため、積極的に社外に働きかけていくというのだ。
「『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略』を執筆したイギリスのリンダ・グラットン氏によると、人生100年時代における“マルチステージキャリア”の概念を提唱されています。
このようなキャリア自律を果たすためには以下のような考えが必要になるという。
■変身資産を持つ…多様な価値観を身に着ける
■無形資産を持つ…人的ネットワークをつくる
■活力資産を持つ…肉体的な活動範囲を広げる
特に人的ネットワークについては、自分のキャリアの身元保証や価値保証してくれる人をしてくれるキーマンを増やすことが大事だ。例えばSNSなどのフォロワー数がその代表例だ。キャリアが広がるかどうか、その人物についての口コミがあるとそれ自体に価値が出てくるように。つまり人的ネットワークの形成が資格を取るより大事になってくる時代なのだ。
「スタンフォード大学などに在籍されておられるジョン・D・クランボルツ教授に学ぶキャリアデザイン『計画的偶発性理論』」という考え方が注目されています。個人のキャリアの8割は、偶然の出来事によって決定されるそうです。あえて明確なゴールを定めず、その時の偶発的な要因によってキャリア形成してもいいわけです。副業(複業)の効果はまさにこれです。キャリアの再発見ができるとともに、人的ネットワークが広がることで、自分で計画するより大きなキャリアアップの効果が望めるというわけです」(石橋氏)。

その努力は給与アップにつながっているか
「プロフェッショナル」。つまりその道を極めていくことに忠誠を誓うこと。会社から与えられたキャリアではなく、自分が究めようとしている「職務」に忠誠を誓うこと、さらにフィールドを限定せずに多様な場所で活躍できること。これらがキャリアの自律に必要なのである。これからのミドル・シニア人材が活躍するために重要なキーワードになることはご理解いただけただろうか。つまり自発的な学びなおしが必要であるということだ。しかし一方で、学ぶ、ということに対して、やみくもにビジネススクールに通ったり、資格取得のための勉強をしていては駄目だということを改めて認識してもらいたい。
「その“学び”が所属する会社での評価や給与アップにつながるかということを考えてみてください。現状の日本社会では、この評価や給与アップにつながらない“学び”を行う方が非常に多い。一方で、ジョブ型雇用が主流である米国を見てみると、『自分はどなりたいのか』『いくらぐらいの給料がほしいのか』をご自分で明確にしている人が少なくありません。自分の学んだスキルや経験で評価や給与に大きく反映されるからです。
これまでは会社が用意してくれる研修をこなせればそれなりの給与とポジションは保証されました。しかし時代は変わってしまった。実はキャリアの自律を阻む阻害要因の多くは、日本の人材マネジメントであり、自分たちそのものだったのです。ですから学ぶことに対して先述のような意識が必要ですし、雇用側である企業の課題としても学ぶ人が損をしない仕組みを作る必要があるということです」(石橋氏)。
ジョブ型雇用ではジョブディスクリプションが明確にされているため、会社の事業運営に積極的に介入しなくなるというデメリットの側面もあるとはいえ、やはりビジネスパーソン個人としては、「自分は、この仕事やスキルでは誰にも負けない」という内外での評価を作っていく必要があるだろう。また転職のゼロイチではない、パラレルキャリアという発想も大事だ。

「経験で培ったものを根拠に、何もしない、何も動かないことに対して一番リスクが高いという時代になりました。どうせ変わるのなら自ら働きかけていくことが時代にマッチしています。つまり次の段階へと移行するトランジションを自分で興す。それも外発的なトランディションです。働く上での動機の源泉を肩書、収入、権限といった外的なものから、自己に内在する価値観の充足、成長、他社への貢献といったうち的なものに根差して再形成していく必要があります。
ですから『仮に出向という辞令が我が身に起こった時でも絶望しないでください』と言いたい。これまでとは違う価値観やスキル、経験を持った人と関われるので改めて自分の価値を見直すチャンスでもあるからです。アンメットニーズをあぶりだし、自分の価値を再発見してポータブルスキルを見出していけば、しっかりとそれが学びなおしとなります。社内の専門家にはなってはいけません。アプリケーションとOSの概念でいえばOSのほうが潰しがきくので、自らのOSをアップデートする感覚で取り組むといいでしょう」(石橋氏)。
最後に -意識改革、キャリア自律とその支援を-
組織の高齢化、総額人件費のコストコントロール、そしてそこで働くミドル・シニア人材のキャリアの在り方。就労70歳、人生100年時代と言われる現代において、労働生産性の低い日本社会ではこれらの問題を喫緊に解決しなければならない。これまでのような画一的な人事制度や人事マネジメントでは機能不全を起こしてしまうだろう。社会は多様性を受け入れ、企業は年功のタレントマネジメントをどう運用していくか、そして働く個人に至ってはプロフェッショナルと学びなおしについて考える必要がある。高年齢化対策を行うには、制度、職域、意識の三位一体の改革が求められるのだ。すべてを多面的に見ていくことで見える私たち日本のこれから――。近い将来の人事課題としてここに提言したい。

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取材・文/鈴政武尊、編集/d’s JOURNAL編集部