「なぜIT長者は一夜で巨万の富を手に入れられるのか?」「なぜイーロン・マスクは、Twitter社を6.4兆円で買収したのか?」など、ニュースを見ていて疑問に思うことはあってもその回答について明確に答えられる人は少ないのではないでしょうか? 思想家で投資家の山口揚平氏は著書『3つの世界 キャピタリズム、ヴァーチャリズム、シェアリズムで賢く生き抜くための生存戦略』(プレジデント社)の中で、世界は単一なあり方から急速に複雑に分化し、「キャピタリズム」(資本主義社会)、「ヴァーチャリズム」(仮想現実社会)、「シェアリズム」(共和主義社会)という3つの世界へ分化することを論じ、それらの世界のメカニズムを理解することで冒頭の疑問が自然と解消されると述べています。本稿では同書の中から「お金を取り巻く世界の変化」について一部抜粋してお届けします。
お金を取り巻く世界の変化:偏在、分割、逆行
近年、お金を取り巻く世界の環境が大きく変わった。キーワードは「偏在」「分割」、そして「逆行」である。それぞれ説明しよう。
偏在 偏りすぎて破綻寸前の貨幣経済
まずは「偏在」。一般市民の収入はことごとく7割経済(売上が7割や8割に減ってなかなか戻らない状況)になったのに対し、億万長者の富はコロナ禍のわずか半年で44%増加した。
ここまで資産のありどころが偏ってしまうと、社会インフラとしても貨幣経済システムは成り立たなくなってしまう。ゲームで考えるとわかりやすいが、一人が圧倒的優位な状況では他のプレーヤーが冷めてしまう。ゲームに参加する動機づけができず、ゲームバランスが崩れて、革命放棄を誘発してしまう。
本来望ましいのは「偏在」ではなく「遍在」だ。つまり皆がやや等しくお金を持っている状態が、全体の成長を促す。今の貨幣経済は偏り過ぎている。
分割 社会は加速度的に階層化している
2点目は「分割」。アベノミクスから始まった異次元レベルのお金のばらまきは当然、円そのものの価値を薄めてしまっている。理屈では、今100円の価値は10年前の半分くらい(50円)になっている。だが、100円で買えるものはあまり変わっていない。
牛丼の値段も給料もあまり変化がない。これだけたくさんお金を作ってばらまけば、牛丼は300円から600円になっていなければならないし、給料も30万円から60万円に増えていなければならない。
しかし、そうはならない。すでに述べたように、社会は上下の二層構造になっており(分離)、刷ったお金は上の器に貯まって下には降りてこないからだ。だから下は下でやりくりし、上に貯まったお金は澱(よど)みながら不動産や株・奢侈(しゃし)品など不必要なものに回される。
お金の量が倍になり、本来なら2倍にしかならない不動産価格や株価が4倍になっているのに牛丼と給料が変わらないのは、上の層は4倍に薄まり、下の層ではお金の量が変わらないからだ。
この信用の薄まり方(希薄化という)が上の層で異常な状態になっている。
その背景には社会の層の分離がある。下の層になるほど人数が多いので選挙では有利だ。この論理によってアメリカではトランプ大統領が生まれた。資本主義では負けるが、民主主義(多数決)では勝てる、という仕組みがあったのだ。
しかし、その流れもまたこの2年で変わった。分離された下の層が今度は「分割」されたのだ。こうなると民主主義(多数決)でも手が出ない。バイデンの勝利はその証左だ。
この分割統治システムによって新しい階級奴隷社会が早晩生まれるだろう。加速度的に階層化される社会、その中で生き抜くためには牛丼と缶コーヒーで食ってゆけるなどと居直ってはならない。
Zoomの遠隔会議はポーカーだ。コロナ禍の水面下、パソコンの画面に映る笑顔の下で、相手は実は別のカード(副業・ボランティア・転職)を使ってより豊かなコミュニティへの逃走を図っている。
じわじわ進む階層化コミュニティのどこに自分がいるのかがわからなければ、それはあなたがカモになっているということだ。
逆行 8割の貨幣が価値と逆行して進む
最後に「逆行」。実はこの2年でもっとも大きな変化は、「貨幣と価値は一致しない」ことの証明がなされたことである。たとえば「自動車の社会的費用」などである。
経済学者の宇沢弘文氏は30年以上前に著書『自動車の社会的費用』(岩波新書)で、こんなことを説いている。すなわち、自動車は一台あたり500万円で売っているけれども、社会的には一台あたり1,500万円のマイナスを生み出している、と。
このように、大抵の場合、利益とは、害を他者と社会に押しつけて生み出すものとして慣例化されており、そのことに皆が薄々気づいていたのである。
今は銀行の存在の社会悪や、逆に介護士の低い給料と高い社会価値の創造など、あらゆる仕事とビジネスの側面で、貨幣と価値が一致しないことが計算され始めている。
8割の貨幣は実は価値と「逆行」して進む。添加物、ギャンブル、無駄な作業と生産性のない上司の給料などである。これらは短期の利や快に応えても、時間軸や社会軸ではマイナス付加価値である。
価値と価格の矛盾は、実は矛盾なのではなく、「そもそも貨幣は社会価値に『逆行』しているのではないか?」と私たちは考え始めている。
そうなると価値を出してお金をもらうという大前提が成り立たなくなるので、頭が混乱するだろう。それでもお金はある程度必要で、貨幣経済は淡々と回り続ける。我々はお金に縛られ続ける。「稼ぐ(搾取。マイナス価値)」という行為と「仕事(貢献。プラス価値)」をくり返しながら……。
では、なぜこんなことになったのだろうか? 一体、私たちはどのようにお金とつき合ってゆけばいいのだろうか。
山口 揚平
ブルー・マーリン・パートナーズ株式会社
代表取締役