
保有株がTOBの対象となったら?
ご自身が保有している株式がTOBによる買収対象となった場合、TOBに応募するのかしないのか。また、応募しないのであれば、市場で売却するのか保有を続けるのかの判断を迫られることになります。
TOBに応募した場合、課税関係がどうなるのか、よく知らないという投資家の方も多いでしょう。
なお、TOBには応募した株数の全てを買い取るケースと、買収する側が買い取り株数の上限を定め、それ以上の応募があっても上限を超えた分は買い取らないというケースがあります。後者のケースは、TOBに応募しても落選してしまう可能性がありますが、その場合は保有していた株が返却されることとなります。
TOBに応募する際はどのような手続きが必要?
TOBに応募する場合の手続きは、公開買付代理人となっている証券会社の口座にTOB対象の株式が保管されているかどうかで異なります。
TOB対象の株式が公開買付代理人証券会社の口座に保管されているのであれば、その証券会社内での手続きで応募は完了します。
しかし、TOB対象の株式が公開買付代理人証券会社の口座に保管されていない場合は、いったん公開買付代理人証券会社の口座に株式を移管してから、公開買付代理人証券会社を通じてTOBに応募するという流れになります。
このとき、当初保有している証券会社で特定口座にて保有している場合は、移管先の公開買付代理人証券会社においても特定口座に、一般口座で保有している場合は公開買付代理人証券会社でも一般口座に引き継がれることになります。
実はこの移管手続きにより、確定申告時に注意すべき点が生じてくるのです。それは「特定口座年間取引報告書」が複数の証券会社にて作成されるために起きる問題です。
特定口座年間取引報告書が複数生じてしまうと・・・
例えば、全ての株取引をA証券会社で行っていた場合で考えてみましょう。
A証券会社の特定口座で保有していた甲株式会社がTOB対象となり、TOBに応募することにしました。
しかしA証券会社は公開買付代理人証券会社ではないため、公開買付代理人証券会社であるB証券会社に甲株式を移管したうえでTOBに応募し、無事TOBは成立しました。
その結果、特定口座年間取引報告書が、A証券会社とB証券会社の2通が発行されます。(A証券会社、B証券会社とも、源泉徴収ありの特定口座を前提とします)
数値例で確認すると
仮にTOB応募による売却益が150万円、それ以外の売却損益が年間トータルでマイナス50万円だった場合、次のような状況になります。
〇A証券会社 マイナス50万円
〇B証券会社 プラス150万円 (約30万円が源泉徴収されている)
合計 プラス100万円
本来は合計でプラス100万円ですから、それの20.315%である約20万円の源泉徴収だけで済むはずです。したがって、A証券会社、B証券会社とも売却損益を確定申告することで、納め過ぎた10万円が戻ってきます。
しかしそれにより課税される所得が増加し、扶養控除、配偶者控除や国民健康保険料といった他の部分に影響が生じてしまい、かえって税負担と社会保険料負担を合わせた負担額が大きくなる可能性もあります。
ですから、B証券会社の分は確定申告せず、A証券会社の損失だけ確定申告してとりあえず損失を繰り越しておく、という判断を下すことになるかもしれません。でもこれだと、繰り越した損失につき、翌年以降3年間で利益が出なければ損失は切り捨てになりますので、納め過ぎている10万円が戻ってこない恐れもあります。
株式市場で売却したらどうなる?
では、このような状況を避けるためにはどうすればよかったのでしょうか?
答えは、「TOBに応募せず、A証券会社で保有している甲株式を株式市場で売却すればよい」のです。
多くの場合、TOBが発表された後は、TOB価格と株式市場でついている株価はほぼ同じ水準になっています。ですから、TOBに応募せずとも、株式市場で通常通り売却すればほぼ同じ利益を得ることができます。
そうすれば、上の事例の場合だと
〇A証券会社 プラス100万円 (約20万円が源泉徴収されている)
合計 プラス100万円
となり、すでにあるべき額が源泉徴収されていますから、確定申告をする必要がなくなります。
NISA口座で保有していた場合はどうなる?
TOB対象となった保有株式を、NISA口座で保有しているケースもあるでしょう。
まず、TOB対象の株式を、公開買付代理人となっている証券会社のNISA口座で保有している場合です。
実は、証券会社によって扱いが異なっており、NISA口座のままTOBへの応募ができる証券会社*と、一旦課税口座(特定口座もしくは一般口座)に移管してからTOBへの応募をしないといけない証券会社があります。
*編集部注:SBI証券、auカブコム証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券など
もし、課税口座に移管してからでないとTOBへの応募ができない証券会社の場合、TOB応募による売却につき、売却益に課税されてしまいます。
ただ、NISA口座から課税口座に振り替える際は、振り替えた日の終値が課税口座での取得価格となります。
例えば、TOB価格が2,000円、NISA口座から課税口座に移管する際の終値は1995円、というイメージです。この場合ですと、1株当たり利益は2000円-1995円=5円ですから、課税される金額も少額にとどまるはずです。
また、TOB対象の株式を、公開買付代理人証券会社ではない証券会社のNISA口座で保有している場合は、いったんNISA口座から課税口座に振り替えてから、公開買付代理人証券会社の課税口座に移管し、TOBに応募する流れになります。
この場合も、課税口座の取得価格は、NISA口座から課税口座へ振り替えた日の終値となりますから、上記と同様に利益が大きくなって多額の課税がなされるという心配はなさそうです。
TOBに応募せず市場で売却するのも一考
このように、TOBに応募した場合、課税関係は市場で売却した時と概ね同様になりますが、他の証券会社への移管手続きを取らないといけないケースが多く、かなりの手間や時間がかかります。
筆者であれば、例えばTOB価格2000円、株式市場でついている株価が1995円、というような状況であれば、TOBに応募せずに株式市場で売却してしまいます。ちなみに筆者はこれまで、保有株がTOB対象となった場合はTOBに応募せず、全て株式市場で売却しています。
TOB価格と遜色ない株価で売却できるのであれば、TOBに応募するより早期に現金化でき、他の有望な銘柄へ資金を回すこともできますから、資金効率の面でいえば有利です。大いに一考の余地があると筆者は思います。
文:公認会計士・税理士 足立武志(足立公認会計士事務所代表)
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