ピクサー所属の日本人アーティスト奥村裕子が語る。「光をあて、アニメーションに命を吹きこむ」

『トイ・ストーリー』や『インサイド・ヘッド』など数多くの傑作を手がけるピクサー・アニメーション・スタジオには多くの日本人フィルムメイカーが所属しており、ライティングを手がける奥村裕子も多くの作品に参加している。CGアニメーションにおけるライティングは、現実の世界で撮影する際の照明部とは少し異なる部門だ。



ディズニー&ピクサーの最新作『星つなぎのエリオ』にも参加した奥村は創作の過程で何を目指し、何に力を注いでいるのだろうか?



ピクサー所属の日本人アーティスト奥村裕子が語る。「光をあて、アニメーションに命を吹きこむ」

言葉としては同じライティング(照明)でも実写映画の場合と、CG制作では作業の工程などが大きく異なる。実写映画を撮影する場合は、撮影場所に照明機材を持ち込み、その空間に光をあてる。物理的にライトが必要になるため、光がたくさんいる場合は機材は増えるか、大きくなるし、強く光を当てたくてもカメラや俳優が通る場所には照明を置くことはできない。



しかし、CGアニメーションにおけるライティングは、キャラクターアニメーションが組まれた後、作業の”仕上げ”の工程に出番がやってくる。物理的な照明機材が必要ないため、物理的な制約はない。奥村は「光を当て、アニメーションに命を吹きこむ、という感じです」と説明する。



「ライトがなければ、そのシーンは真っ暗で何もない状態になってしまいます。そこで光をあてて、昼間なのか、部屋なのか、屋外なのか……光を変えて世界観を表現して、仕上げをするのが仕事です。実際に撮影するのであれば、照明機材が限られますけど、CGの場合はそういった部分が自由なので、現実的には絶対にできないような影をつくったり、細部まで光を想像した通りに作り込むことができます。



もちろん、照明をあてる、という点では、ライブアクションもCGアニメーションも基本は同じです。でも現実の場合は太陽光は自分ではコントロールできませんから、バウンスライト(光は物体にぶつかると必ず跳ね返るため、反射光が発生する)もあらゆる方向に向かいますけど、CGの場合はレンダリング(コンピュータ内で処理してきたデータから私たちが目にするイメージを生成する作業)の時間もあるので、跳ね返る光線の数をこちらで変えたり、制御したりする場合もあります」



太陽は映画が発明するより遥か前からそこにあり、同じように光を発している。しかし、CGアニメーションの技術は現段階においてもまだまだ進化中。

CGアニメーションの技術も、ライティングのツールも、レンダリングの機能も常に進化を続けている。極端に言うと、毎回、“違う太陽”の下で仕事をしているような部分がある。



「本当に違うんですよね。10年前と現在ではまったく違いますし、ピクサーの場合は『モンスターズ・ユニバーシティ』から“グローバル・イルミネーション”という技術が使えるようになって、補助的に設定しているライトの数が減ったのが本当に大きかったと思います。



この世界は日進月歩で、1日1日違いますね。使用するツールによって出来ることが毎回違いますし、作業の工程もスタジオ・会社ごとに違うんです。作業してレンダリングするまでの間の作業もコマンドも変化する。そのたびに毎回、勉強し直さないといけないんですよ(笑)。同じスタジオにいても作品が変われば、照明や画面のルックに関するルールや方針も変わります。だから新しい技術を学ぶことができるのは刺激があっていいんですけど、やっぱり……大変な部分はありますよね(笑)」



ピクサー所属の日本人アーティスト奥村裕子が語る。「光をあて、アニメーションに命を吹きこむ」

さらに言うと、実写映画で照明部は撮影場所にいて、カメラが回っている時に活動するが、CGアニメーションではライティングは“仕上げ”の工程に属する。一度撮影してしまった映像の照明は修正できないが、CGの場合は監督が完成と思うまで何度もライティングをやり直すことができる。



「そうなんですよ! CGのモデルをつくる部門だと、モデルが完成したところで作業が終わりなんですけど、ライティングは次から次に仕事が発生するので本当に最後の最後まで仕事が終わらない部門ですね。



何かしらの方針やセットアップがあっても、演出が急に変われば照明はすべて変えないといけないですし、最後の最後まで“このキャラクターの顔のこの部分の影を修正したい”とか“メガネの影をここだけ消したい”みたいな微調整も発生します。だから正直に言うと“永遠にできる”って感じなんですよ(笑)。もちろん、監督も私もお互いが納得したところがあるわけですけど、その直後に、本当はもっとできることがあるんじゃないか? って思ったり、昨日のバージョンの方が良かったのでは? って思うこともあって、絵を描くことと一緒で正解がないというか、終わりがないんです」



キャラクターをデザインする部署などは映画づくりの前半の工程で作業があるため、場合によっては自身の作業を終えてから数年経って、完成した映画を観ることもあるという。しかし、ライティング部門は作品づくりのアンカー的な立場。最後の最後まで正解を求めて修正と微調整を繰り返すのだ。



ピクサー所属の日本人アーティスト奥村裕子が語る。「光をあて、アニメーションに命を吹きこむ」

現在公開中の新作映画『星つなぎのエリオ』はタイトルの通り、主人公の少年エリオが、惑星の代表が集まる宇宙空間“コミュニバース”に招かれて、大冒険を繰り広げる物語。ピクサーの近作『マイ・エレメント』や『インサイド・ヘッド2』とは異なる“にじみ”のないクリアで精彩なライティングが画面に施された。奥村によると制作前にみんなで観た参考作品には『未知との遭遇』や1980年代のSF映画もあったという。



「それまでずっと『マイ・エレメント』のライティングをやっていて、あの世界観に慣れてましたから、『…エリオ』を始めた時は、パステル色でなんて可愛らしい世界なんだ!って思いました。ピクサーは昔は『トイ・ストーリー』のような綺麗なパステル調のイメージでしたけど、今は作品ごとに見た目がまったく違うんです。CGっぽいルックが続いた後は絵画的な画面の新作がきたりしますし、スタジオ内でもこれまでにない新しいスタイルを常に研究していますから、もう“ピクサーらしい画面”というものを、ひとことでは説明できない。その多様性が面白いんです。



“エリオ”のライティングもこれまでのピクサー作品とは違って、私はこの作品のVRがあったら絶対に楽しいだろうなぁって思ってるんですよ! ずっとこの作品に関わっていて、この画面ばっかり見ていたものあるんですけど、コミュニバースを浮いてる夢を見たんです(笑)。本当に美しい空間で、目がキラキラするような綺麗なものが見えて……この映画で描かれる世界が本当に立体で観られたら、絶対に楽しいと思いますし、完成した映画もやっぱりCGならではの良さのすごく出ている画面になったと思います!」



ピクサー所属の日本人アーティスト奥村裕子が語る。「光をあて、アニメーションに命を吹きこむ」

なお、奥村は早くも次のプロジェクトに参加しており、その作業も「そろそろ終わりの段階まで来ている」という。もちろん、今後も変化と進化が続いていくことになりそうだ。



「ピクサーはすごく良い意味でセオリーがなくて、常に新しいものやスタイルを考えて挑戦しています。いろいろとやろうと思えば出来るし、余裕だったり遊び心が出てきて、映画によって違うチャレンジができるのがすごく楽しいです!」



『星つなぎのエリオ』
公開中
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