【展示レポート】特別展『江戸☆大奥』 想像の世界と対比させ大奥の真実を明らかに
展示風景より NHKドラマ10「大奥」で使用された御鈴廊下のセット

かつて、江戸城内に存在した「大奥」をテーマにした特別展『江戸☆大奥』が7月19日(土)より東京国立博物館 平成館にて開催されている。



三代将軍徳川家光の乳母として強い影響力を持った春日局(斎藤福)がその礎を築いた大奥は、将軍の妻である御台所(正室)や側室、女中たちが、徳川家の血筋を受け継いでいくという使命のため、厳格な規律のもと日々を過ごしていた男子禁制の空間。これまで何度となく映画やドラマ、マンガなどで描かれてきたが、それはあくまでも想像の範疇のこと。では、本当はどのような世界だったのか? 同展では、「大奥」に生きたヒロインたちのゆかりの品々や、さまざまな歴史資料などから大奥の真実を浮かびあがらせていく。



【展示レポート】特別展『江戸☆大奥』 想像の世界と対比させ大奥の真実を明らかに

展示風景より 江戸城の四季が大スクリーンに映し出されている

展覧会は全4章で構成されている。第1章は「あこがれの大奥」。江戸時代以降の庶民にとって大奥は、江戸城の奥深くに存在する閉ざされた世界。どんな世界なのだろうと想像を膨らませ、そのイメージは浮世絵や物語として表現され、世の人々を楽しませてきた。
本章では江戸時代から現代にいたるまで庶民たちが憧れ、想像したイメージのなかの「大奥」を紹介する。



展示室に入ると、まず目に入るのはドラマなどでお馴染み、江戸城の大奥と中奥の間を繋ぐ「御鈴廊下」(おすずろうか)の再現展示だ。こちらは昨年放送されたNHKドラマ10「大奥」の撮影で実際に使われたもの。本作はよしながふみの原作を元に男女が逆転した大奥の世界を描いていたが、ドラマで使用された衣装も展示されている。現代の私たちが思い描く華やかな大奥のイメージは、こうしたドラマや映画などの映像から形成されていることがほとんどだろう。



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御鈴廊下にはドラマで使用された衣装も展示されている

本章でいちばんの見どころとなるのが、明治期に浮世絵師・楊洲周延が大奥での生活を懐古的に描いた全40場面からなる大作『千代田の大奥』だ。江戸時代は、幕府の出版統制があったため浮世絵に大奥が描かれるようになるのは明治に入ってからのことだった。「御花見」「七夕」「婚礼」など、大奥における季節の行事や生活風俗の場面を描き女性たちがどのように暮らしていたかを紹介した本作は、大正時代まで販売されロングセラーになったという。



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楊洲周延筆『千代田の大奥』 明治27~29年(1894~96)東京国立博物館蔵 ※会期中展示替えあり
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楊洲周延筆『千代田の大奥』(おさざれ石) 明治28年(1895)東京国立博物館蔵 元旦のお清めの儀式の場面
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楊洲周延筆『千代田の大奥』(御花見) 明治27年(1894)東京国立博物館蔵

柳亭種彦の『偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』は、『源氏物語』を大奥の世界になぞらえて描いた長編小説。光源氏をモデルにしているようでいて実は11代将軍徳川家斉を主人公に大奥の様子を描いたもので、最後には発禁処分となったが、江戸時代最大のベストセラーとも言われるほどの人気を博した。



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柳亭種彦作、歌川国貞( 三代豊国)筆《偐紫田舎源氏》 江戸時代 文政12~天保13年(1829~42) 東京・法政大学図書館 古川久文庫蔵

同展を担当した東京国立博物館の小山弓弦葉研究員は、「なぜこのように想像の中で多くのものが描かれてきたのかと言いますと、それは実際の大奥がどのような世界だったのかよくわからなかったからです。将軍のプライベートな世界ということもあり、固く閉ざされた世界だったんですね。最近になりさまざまな研究や資料の調査も進み、本当の大奥がどのような世界だったのか、次第に理解することができるようになってきました」と解説する。



では、浮世絵や小説などの想像上の世界ではなく実際の大奥とはどのようなものだったのか。第2章「大奥の誕生と構造」では、大奥の最初の基礎的な構造をつくった人物といわれている三代将軍・徳川家光の乳母であった春日局(斎藤福)、草創期の大奥を支えた二代将軍・徳川秀忠の娘、天樹院(千姫)らに関する貴重な資料などを通して、大奥の成り立ちについて紹介する。



大きな権力を持った女中たちにまつわる品も

【展示レポート】特別展『江戸☆大奥』 想像の世界と対比させ大奥の真実を明らかに

《春日局坐像》江戸時代 17世紀 京都・麟祥院(京都市)蔵
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伝狩野探幽筆《春日局像》 江戸時代 17世紀 東京・公益財団法人 德川記念財団蔵
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《掛絡 白地幸菱葵紋散模様浮織物》天樹院( 千姫)所用 江戸時代 17世紀 茨城・弘経寺(常総市)蔵

江戸城の本丸御殿は、「表」「中奥」「大奥」に分かれていた。《江戸城本丸大奥総地図》は、江戸時代中期から後期の本丸御殿の大奥部分を描いた絵図面だ。黄色く塗られている部分は「御殿向(ごてんむき)」と呼ばれ、将軍の寝所や御台所の居室などが備えられた空間。赤く塗られている「長局向(ながつぼねむき)」には、側室や女中たちが暮らしていた。前述の御鈴廊下の場所もこちらで確認することができる。



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《江戸城本丸大奥総地図》江戸時代  19世紀 東京国立博物館蔵

「大奥には、正室や側室だけではなく、非常に大きな力を持った女中たちもいました。女中の中で最も権力を持っていたのは御年寄(老女)と呼ばれる人たちです。本章ではそのなかでも有名な瀧山、絵島にまつわる品も紹介しています」(小山研究員)



7代将軍・家継の生母である月光院に仕えていた御年寄、絵島は、歌舞伎役者の生島新五郎との密通を疑われたことをきっかけに、関係する約1400人もが処罰された粛清事件の中心人物。ここでは、「絵島生島事件」として名高いこの大スキャンダルに関わり流罪となった浮世絵師、懐月堂安度の作品や、絵島所用の衣装などが展示されている。



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懐月堂安度筆《遊女立姿図》 江戸時代 18世紀 東京国立博物館蔵 ※展示期間:7月19日(土)~8月17日(日)

瀧山は、13代将軍家定、14代将軍家茂に仕えた最後の将軍付き御年寄として大きな権力をもっていた。瀧山所用とされる《女乗物》は、江戸城から下がる際に使用したと言われているもので、内部には瀧山が実際に履いていたと言われている草履も残されている。ぜひ籠の中ものぞいてみよう。



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《女乗物》瀧山所用 江戸時代 19 世紀 埼玉・錫杖寺(川口市)蔵

ゆかりの品が語るヒロインたちの素顔

つづく第3章「ゆかりの品は語る」では、御台所や側室など歴代大奥のヒロインたちにまつわる品々が紹介されている。



三代将軍家光の側室で五代将軍綱吉の生母である桂昌院(お玉の方)は、京都の八百屋の娘だったという説があり、そこから将軍の生母にまで上り詰めたことから「玉の輿」という言葉の元になったと言われている。ここでは桂昌院が実際に着用していた振袖や、綱吉の裃(かみしも)などが展示されている。



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《振袖 黒綸子地梅樹竹模様》桂昌院( お玉の方)所用 江戸時代 17世紀 東京・護国寺(文京区)蔵 ※展示期間:7月19日(土)~8月17日(日)
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《長裃 鶸色麻地松葉小紋》伝徳川綱吉所用 江戸時代 18世紀 東京国立博物館蔵

本章で見逃せないのは、綱吉が側室の瑞春院(お伝の方)に贈ったものとされ、奈良の興福院に伝わる全31枚の掛袱紗だ。年中行事の祝い事に用いられたもので、1点1点に吉祥文様が刺繍で施されている。全て重要文化財に指定されている貴重な品だが、今回は前後期にわけて全点を展示。洗練された模様のデザインや刺繍の見事な技をじっくりとみてほしい。



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《刺繡掛袱紗》 瑞春院(お伝の方)所用 江戸時代 17~18世紀 奈良・興福院(奈良市)蔵 ※会期中、展示替えあり

ほかにも、十三代将軍家定の正室、天璋院(篤姫)と、孝明天皇の妹で十四代将軍家茂の正室となった静寛院宮(和宮)とを比較しながら紹介するコーナーも。武家流の生活を重視した篤姫と、宮廷の流儀を持ち込もうとした和宮は対立していたともいわれているが、美しい衣装や生活用品など、愛用の品々からも武家と公家との文化の違いが見えてくるだろう。



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左:《道服 淡紫紗地筥牡丹模様》天璋院( 篤姫)所用 江戸~明治時代 19世紀 東京・公益財団法人 德川記念財団蔵 ※展示期間:7月19日(土)~8月3日(日)
右:《単衣 浅葱絽地春景模様》天璋院( 篤姫)所用 江戸時代 19世紀 東京国立博物館蔵 ※展示期間:7月19日(土)~ 8月17日(日) 《提帯 白縮緬地網桜藤蝶模様》天璋院(篤姫)所用 江戸時代 19世紀 東京国立博物館蔵 ※展示期間:7月19日(土)~ 8月17日(日)
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《搔取 白綸子地桜牡丹藤源氏車模様》伝静寛院宮(和宮)所用 江戸時代 19世紀
東京・公益財団法人 德川記念財団蔵 ※展示期間:7月19日(土)~8月3日(日)
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《桜花唐草蒔絵十種香道具》静寛院宮(和宮)所用 江戸時代 19世紀 東京都江戸東京博物館蔵 ※展示期間:7月19日(土)~8月17日(日)

絢爛豪華な大奥での歌舞伎衣装

最終章となる第4章は「大奥のくらし」。外出もままならない閉ざされた世界で女性たちはどのように暮らしていたのか、四季折々の衣装や遊び道具、婚礼調度品などから、大奥での女性たちの暮らしを紹介する。



大奥では、四季の移り変わりにあわせ月ごとに着用する衣装の種類や、模様や紋所の付け方などについても細かく定められていた。ここでは、江戸後期の武家女性の所用の品を中心に、大奥で用いられていたと考えられるさまざまな衣装がズラリと展示されている。マネキンに着付けられた衣装もあり、当時の人々がこれらをどのように身に着けていたのか、実際の着こなしも見ることができる。



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展示風景より
【展示レポート】特別展『江戸☆大奥』 想像の世界と対比させ大奥の真実を明らかに

中央:《帷子 白麻地花束紗綾形源氏車模様》江戸時代 19世紀 《腰巻 黒紅練緯地梅椿亀甲花菱模様》貞恭院(種姫)所用 江戸時代 18世紀 《提帯 萌黄白段格子源氏車藤牡丹模様錦》貞恭院(種姫)所用 江戸時代 18世紀 いずれも東京国立博物館蔵

ほかにも、歴代の正室が使っていた器や布団、化粧道具などの生活用品や、楽器、かるたなどの遊び道具も。静寛院宮(和宮)が所持していたとされる手廻り小物は、貝殻や知恵の輪、鳥の羽根など、高価なものだけでなく、身の回りの何気ないものを集めて大切にしていたひとりの女性の日常を伺い知ることができるユニークな資料だ。



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《和宮手廻り小物》 静寛院宮(和宮)所用 江戸時代 19世紀 東京・公益財団法人 德川記念財団蔵

展示の最後には、大奥で行われていた歌舞伎で用いられたとされる衣装が紹介されている。



「歌舞伎といえば江戸時代の三大娯楽の1つと言われていますが、庶民だけではなく、大奥の女性たちもとても見たいものでした。でも、なかなか外に出て見に行くことはできません。そういったことから、11代将軍徳川家斉の時代に、坂東三津江という女性の歌舞伎役者が大奥で歌舞伎を演じるようになりました」(小山研究員)



ここでは、家斉の妹の蓮性院や側室の専行院らの前で演じたと伝えられている歌舞伎衣装がステージごとに紹介されている。贅沢を好んだと伝わる家斉だが、これらの衣装からも、絢爛豪華な大奥での歌舞伎舞台を想像することができるだろう。



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展示風景より

7月18日(金)に行われたプレス向けの内覧会には、同展の音声ガイドナビゲーターを務めている女優の冨永愛が登場。男女が逆転した大奥のパラレルワールドを描いたNHKドラマ10『大奥』では徳川吉宗を、現在放送中の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK)では大奥総取締役・高岳を演じるなど、近年、大奥を舞台にした作品に出演している冨永は、「瀧山の日記とか、絵島の打掛とか、なんかこう、親戚の私物を見るような感覚で(笑)。すごく楽しく拝見させていただきました」と、鑑賞後の感想を語った。



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冨永愛

また、今回、大奥の女性たちの衣装が数多く展示されることに関連し、江戸時代のファッションについて尋ねられると、「(着物の)形としては、そんなにかわり映えはしないんですけれども、模様や生地、その技法や帯の合わせ方などで、人との違いを見せたり、自己主張をしてみたりと個性を出していたと思います。形が決まっていない洋服とは違って、そういった部分が非常に面白いと思います」と着物ならではの楽しみ方について解説。



さらに、「実際にいろいろな方々が着られた着物もたくさん展示してあって、実感が湧くといいますか、こういう身長の方たちで、こういう着物を着て、こういうものを使って日常を過ごしていたんだなと想像がしやすい。大奥の世界をより身近に感じられるような、そんな展示だと思います」と、同展の魅力を語った。



<開催概要>
特別展『江戸☆大奥』



2025年7月19日(土)~9月21日(日)、東京国立博物館 平成館 特別展示室にて開催
※前期展示: 8月17日(日)まで、 後期展示は8月19日(火)から
※会期中、一部作品の展示替えあり



公式サイト:
https://ooku2025.jp/



チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2556557(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2556557&afid=P66)




■特別展『江戸☆大奥』展示風景の動画はこちら



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