松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中
第三部『野田版研辰の討たれ』カーテンコール 左より)中村扇雀、中村七之助、中村勘太郎、野田秀樹、中村勘九郎、市川染五郎、坂東新悟、片岡亀蔵

8月3日に東京・歌舞伎座で開幕した松竹創業百三十周年「八月納涼歌舞伎(はちがつのうりょうかぶき)」。初日公演のオフィシャルレポートが到着した。



平成2(1990)年に十八世中村勘三郎(当時・勘九郎)と十世坂東三津五郎(当時・八十助)らが中心となって始まった歌舞伎座の「納涼歌舞伎」は、花形俳優による三部制の人気公演。古典から新作、華やかな舞踊まで多彩な演目が並び、毎年注目を集めている。 開場前には、松本幸四郎、中村勘九郎ら歌舞伎俳優18名がそれぞれ直筆の言葉をしたためたうちわを手に、揃いの浴衣で登場し、幸四郎が代表して「歌舞伎座でお待ちしてます!」と呼びかけた(https://stage.parco.jp/program/seafarer2023) 。



今年の「納涼歌舞伎」の第一部は、31年ぶりの上演となる新歌舞伎『男達ばやり(おとこだてばやり)』で幕開け。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第一部『男達ばやり』 左より)三浦小次郎=中村隼人、朝日奈三郎兵衛=坂東巳之助

坂東巳之助が町奴の朝日奈三郎兵衛、中村隼人が旗本奴の三浦小次郎、“粋”な男伊達が互いの意地を張り合う。上野不忍池で老人六兵衛(嵐橘三郎)が池の中に飛び込むところに出くわした三浦小次郎(隼人)と奴権平(市川青虎)だったが、ふたりは水が苦手。溺れる六兵衛を目前にした可笑しみのあるやりとりに場内からは笑いが起こる。そこへ現れた船頭があっという間に六兵衛を救い出す。この男こそ、「人助け屋」と名高い朝比奈三郎兵衛(巳之助)。娘の死後、入り婿の又兵衛と後妻のとまに疎まれていることを嘆き身投げをしたという六兵衛を助けようと互いの男伊達を競い合う朝比奈と三浦。又兵衛の茶店では、女房とま(中村米吉)の尻に敷かれている又兵衛(中村橋之助)が痴話喧嘩の最中。あたふたとして惚けた又兵衛と、次から次へと嘘を並べ立てる口達者なとまの様子に客席からは笑いが。

そんな茶店にやって来た朝比奈と三浦は……。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第一部『男達ばやり』 左より)又兵衛女房とま=中村米吉、茶屋亭主又兵衛=中村橋之助、三浦小次郎=中村隼人

新作歌舞伎『NARUTO-ナルト-』をはじめ、近年ライバル関係の役柄を多く演じてきている巳之助と隼人。江戸の“粋”を競い合うふたりが、それぞれの男としてのプライドや正義感で、自分を大きくみせようとする言動をコミカルに描いた作品に、満場の客席は大いに盛り上がった。



続いては、松本幸四郎と中村勘九郎という舞踊巧者のふたりが、それぞれの個性を見せる注目の舞踊二題。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第一部『猩々』 左より)猩々=中村勘九郎、猩々=松本幸四郎

荘厳な雰囲気で始まる『猩々(しょうじょう)』は、中国の霊獣“猩々”の伝説をもとにした義太夫節の舞踊だ。酒売り(市川高麗蔵)に勧められるままに大好きな酒を飲む猩々(幸四郎、勘九郎)は、ほろ酔い加減で戯れ、酒に酔った足取りで見せる。時にかわいらしく、時にダイナミックに、同じ振りでもそれぞれの個性が発揮され、幸四郎と勘九郎が息の合った踊りを見せると、「高麗屋!」「中村屋!」の大向うと共に、大きな拍手が沸き起こった。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第一部『猩々』 左より)猩々=中村勘九郎、酒売り=市川高麗蔵、猩々=松本幸四郎

続く『団子売(だんごうり)』は、『猩々』から一転、賑やかな天神橋を舞台に、仲睦まじく愛嬌のある団子売りの夫婦、杵造(幸四郎)とお福(勘九郎)が明るく朗らかに踊る。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第一部『団子売』 左より)お福=中村勘九郎、杵造=松本幸四郎

花道から餅屋台を担いでやって来た杵造とお福が餅をつき始めると、まるで本物のような餅つきの様子と、その小気味のよさに場内が沸き立つ。杵造がひょっとこ、お福がおかめの面を付けて夫婦愛と長寿を祝いお目出度い踊りを披露。それぞれが手にする団扇には、幸四郎・勘九郎の家の紋が描かれている。ふたりの踊りで幸福感に満ちた雰囲気に客席が包まれると、第一部は華やかに打ち出しとなった。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第一部『団子売』 左より)杵造=松本幸四郎、お福=中村勘九郎

“永遠とは何か” 玉三郎が演じる火の鳥
歌舞伎座に舞い上がる

第二部は、日本神話の八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治をもとにした『日本振袖始(にほんふりそではじめ)』で幕を開ける。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第二部『日本振袖始』 左より)稲田姫=中村米吉、素盞嗚尊=市川染五郎、岩長姫実は八岐大蛇=中村七之助 

今回の上演では、これまで岩永姫を演じてきた坂東玉三郎が監修をつとめ、『天守物語』富姫ほか玉三郎の芸を継承してきた中村七之助が初役で岩永姫を勤める。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第二部『日本振袖始』 岩長姫実は八岐大蛇=中村七之助

八つの頭と尾を持つ八岐大蛇に悩まされる人々は、毎年美しい娘を生贄として捧げている。稲田姫(中村米吉)のもとへ、どこからともなく岩長姫(中村七之助)が姿を現すと、素盞嗚尊(スサノオノミコト)(市川染五郎)が仕込んだ毒酒を飲み干して……。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第二部『日本振袖始』 前)素盞嗚尊=市川染五郎  後)岩長姫実は八岐大蛇=中村七之助

花道から岩永姫が登場すると、場内からは大きな拍手が起き、その一挙手一投足を固唾をのんで見守る。壺に入った酒を飲み干し、舞に興じながら岩永姫は徐々に本性を現す。素盞嗚尊が登場すると、その凛々しい姿に場内の空気が引き締まり、大蛇の分身も加わった八岐大蛇との迫力ある立廻りに客席のボルテージは上がる。妖しくも美しく、豪奢で古風な雰囲気の漂う舞踊劇をお楽しみあれ。



続いては、『火の鳥(ひのとり)』。永遠の生命を授けるという「火の鳥」伝説をもとにした新作歌舞伎として、坂東玉三郎が演出・補綴、オペラ演出などで活躍する原純が初めて歌舞伎を手掛け、演出・補綴・美術原案をつとめる話題作だ。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第二部『火の鳥』 前)ヤマヒコ=市川染五郎  後)火の鳥=坂東玉三郎

病に伏せった大王(松本幸四郎)は、国土のさらなる拡大、その治世を望み、永遠の力を持つという火の鳥の捕縛を息子のヤマヒコ(市川染五郎)とウミヒコ(市川團子)に命じる。ふたりの王子は、火の鳥を求める道中の大河、山、砂漠を越える過酷な旅の中で互いの絆を深めていく。黄金の実をつけた林檎の樹の枝で羽を休めるという火の鳥(坂東玉三郎)に出会ったふたりは……。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第二部『火の鳥』 左より)ウミヒコ=市川團子、ヤマヒコ=市川染五郎、大王=松本幸四郎

幕開きから、衣裳や鬘、照明、舞台装置など、新作『火の鳥』の世界観が表れた歌舞伎座の空間に客席からはため息が漏れる。ふたりの王子の旅路の場面では、舞台上の出演者の動きに映像が融合し、火の鳥が登場する場面では、舞踊家・森川次朗の振付のもと男性ダンサーが舞台を彩る。作曲家・吉松隆の壮大な音楽が全編にわたり鳴り響き、幻想的な世界をつくり出す。“永遠とは何か”を説く火の鳥の出現によって、心を改める人間の姿。玉三郎が演じる火の鳥が歌舞伎座の空間に舞い上がると、場内からは割れんばかりの拍手が送られた。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第二部『火の鳥』 左より)火の鳥=坂東玉三郎、ウミヒコ=市川團子、大王=松本幸四郎、ヤマヒコ=市川染五郎/figcaption>

現代社会にも通じる群衆の怖さを描く
笑って泣ける極上のエンタテインメント

第三部は、賑やかな舞踊『越後獅子(えちごじし)』から。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第三部『越後獅子』 左より)角兵衛獅子=中村歌之助、中村玉太郎、中村虎之介、中村橋之助、市川青虎、市川男寅、中村福之助

江戸は日本橋。舞台上には獅子頭をかぶった角兵衛獅子の中村橋之助、市川男寅、中村福之助、中村虎之介、中村玉太郎、中村歌之助、市川青虎と華やかな顔ぶれが揃い、浜唄やおけさ節、布を波に見立てた布さらしを披露して、華やかに踊る。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第三部『越後獅子』 左より)角兵衛獅子=中村玉太郎、中村歌之助、中村虎之介、中村橋之助、中村福之助、市川青虎、市川男寅

越後獅子とは、毎年初夏から秋にかけて越後国の月潟村からやって来る大道芸人のこと。花形俳優7人の角兵衛獅子が披露する様々な踊りが目に楽しく、若々しいエネルギーが躍動し、歌舞伎座は華やかな空気に包まれた。



続いては、『野田版 研辰の討たれ(のだばん とぎたつのうたれ)』を上演。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第三部『野田版 研辰の討たれ』 花道)守山辰次=中村勘九郎

歌舞伎作品として上演されてきた『研辰の討たれ』を当り役としていた十八世中村勘三郎(当時・五代目勘九郎)が演劇界の奇才・野田秀樹とタッグを組み、野田の脚本・演出により平成13(2001)年8月の歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」で初演。

古典作品を現代的な視点と野田独自の解釈で生まれ変わらせる「野田版」歌舞伎の第一弾の上演は大きな話題に。さらに、平成17(2005)年には、歌舞伎座と松竹座の十八代目中村勘三郎襲名披露狂言で再演。それから20年――父・勘三郎が当り役として演じた主人公の辰次、“研辰”を中村勘九郎が勤め、初演以来、松本幸四郎(当時・七代目染五郎)が勤めてきた平井九市郎役を幸四郎の長男・市川染五郎が、勘九郎(当時・二代目勘太郎)が勤めてきた平井才次郎役を勘九郎の長男・中村勘太郎が勤めるなど、新世代による“新たな研辰”が誕生する。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第三部『野田版 研辰の討たれ』 左より)八見伝内=市川中車、守山辰次=中村勘九郎、平井才次郎=中村勘太郎、平井九市郎=市川染五郎

物語の始まりは、赤穂浪士による討入り数日後。江戸から離れた近江国・粟津藩の剣術道場もその快挙の話題で持ちきり。そんな中でたったひとり、赤穂浪士を非難するのは、元は町人で研屋あがりの守山辰次(中村勘九郎)。研屋の辰次で、“研辰”だ。お調子者の辰次は家老の平井市郎右衛門(松本幸四郎)に叱りつけられた挙句、散々に叩きうちにされると、市郎右衛門に仕返しを企む。抜け目なく口達者でありながらどこか憎めない魅力を放つ勘九郎演じる辰次は観客の心を惹きつける。幸四郎演じる平井市郎右衛門が、辰次の仕掛けに引っかかる場面では客席から大きな笑いが起り、初演時から強烈な存在感で観客に衝撃を与えた片岡亀蔵によるからくり人形も健在。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第三部『野田版 研辰の討たれ』 左より)からくり人形=片岡亀蔵、家老平井市郎右衛門=松本幸四郎

不本意にも市郎右衛門を殺めてしまった辰次は、市郎右衛門の息子である平井九市郎(市川染五郎)、才次郎(中村勘太郎)兄弟の“仇”として、追われる身に。粟津藩主奥方萩の江(中村七之助)の勧めで仇討ちの旅に出ることになるまだ若い兄弟ふたり。

今回、初演時から父が演じてきた役をそれぞれ受け継いだ染五郎と勘太郎は、ひたむきな存在感を溌剌と放ち、キレのある立ち合いを披露する場面も。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第三部『野田版 研辰の討たれ』前列左から、姉娘およし=中村七之助、平井九市郎=市川染五郎、守山辰次=中村勘九郎、平井才次郎=中村勘太郎、妹娘おみね=坂東新悟、番人番五郎=市川中車

「若い! そしてエモい!!」と勘九郎が言うと、場内は笑いと温かな空気が広がる。勘九郎の次男・中村長三郎は、辰次が逃げた宿屋の子・蔦屋長三郎役で登場し、舞台を盛り上げる。七之助は、辰次の口車に乗せられるほど真っすぐな萩の江と、人を蹴落としてでも幸せを掴もうとするおよしという異なる二役を演じ分け、舞台を引き締める。「英雄の妻になりたい」と願うおよし、おみね(坂東新悟)姉妹の存在は、コミカルでありながら群衆の怖さを象徴し、そんな大衆の声を背に、真っ直ぐに辰次への仇討ちと向き合う九市郎と才次郎。生きることを願う辰次の運命は……。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第三部『野田版 研辰の討たれ』 中央)守山辰次=中村勘九郎  前列左より)姉娘およし=中村七之助、角力取=市川猿弥、やじ馬の町人=中村橋之助、蔦屋長三郎=中村長三郎、宿屋番頭友七=市川中車、妹娘おみね=坂東新悟  右端)番人番五郎=片岡亀蔵

怒涛の如く繰り出される膨大なせりふ、躍動感あふれるエネルギッシュな姿、さまざまな表情を見せる勘九郎演じる辰次をはじめ、個性豊かな登場人物が生き生きと描かれ、幕切れには鳴り止まない拍手と共に大きな感動に包まれると、野田秀樹も舞台に駆け付けてのカーテンコールも。コミカルな展開の中に、現代社会にも通じる群衆の怖さが描かれた、笑って泣ける極上のエンタテインメント『野田版 研辰の討たれ』。「野田版歌舞伎」に新たな歴史を刻む。



松本幸四郎「歌舞伎座でお待ちしてます!」 「八月納涼歌舞伎」上演中

第三部『野田版 研辰の討たれ』 守山辰次=中村勘九郎

「八月納涼歌舞伎」は8月26日(火)まで、東京・歌舞伎座で上演される。




<公演情報>
松竹創業百三十周年
「八月納涼歌舞伎」



【第一部】11:00~
一、男達ばやり
二、猩々 団子売

【第二部】14:15~
一、日本振袖始
二、火の鳥

【第三部】18:15~
一、越後獅子
二、野田版 研辰の討たれ

2025年8月3日(日)~26日(火)
会場:東京・歌舞伎座

※【休演】12日(火)、20日(水)



チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2560825(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2560825&afid=P66)



公式サイト:
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/936



※無断転載禁止



編集部おすすめ