
本業の落語のみならず、映画や音楽など幅広いカルチャーに造詣が深い21歳の落語家・桂枝之進。自身が生まれる前に公開された2001年以前の作品を“クラシック映画”と位置づけ、Z世代の視点で新たな魅力を掘り起こす。
大規模な日本ロケを敢行
Album/アフロ
昔の作品でも見たことがなければ新作映画!
一周まわって新しく映った作品の数々をピックアップする「桂枝之進のクラシック映画噺」、今回は『ブラック・レイン』(1989)をご紹介。
レストランで起きた殺人事件の犯人・佐藤(松田優作)を逮捕したニューヨーク市警のニック(マイケル・ダグラス)とチャーリー(アンディ・ガルシア)。
佐藤を日本へ護送するものの、空港に着いた途端、ニセの警官に騙され逃げられてしまう。
捜査のため足を踏み入れた大阪で、堅物の松本警部補(高倉健)ら日本の警官とぶつかり合いながらも核心に迫り捜査を進めてゆく……。
当時のアメリカ映画としては珍しい、大規模な日本ロケが行われたことでも有名な本作。
監督のリドリー・スコットは当初、新宿・歌舞伎町を中心とした東京ロケを望んでいたそうだが、東京の街並みが想定より近代化されていて作品のイメージにそぐわなかったこと、また、警視庁や東京都の撮影協力が得られなかったことから、最終的に大阪や神戸でのロケが行われることとなった。
しかしながら関西も当時はフィルム・コミッションが存在しておらず、現場は混乱を極めたという。
関西出身の筆者にとってなじみ深い、道頓堀やサカエマチ商店街、神戸・元町などが舞台となっているのだが、見慣れている街並みが、バブル期真っ只中の空気とフィルムの質感によって、どこかファンタジックに映った。
阪急百貨店のステンドグラスやそごうのネオンなど、今では見ることの叶わない風景も作中に数多く収まっていて興味深い。
美術が入っているとはいえ元気な頃の日本がアーカイブされているという点も、この映画の歴史的価値と言えるだろう。
日本人俳優のプライドをかけた演技

(左から)佐藤を怪演した松田優作、ニックを演じたマイケル・ダグラス
Photofest/アフロ
キャスティングされた日本の俳優陣も、他に類を見ないほど豪華絢爛で、高倉健や松田優作、神山繁や若山富三郎など日本映画界を代表する名優が名を連ねている。
日本市場に外資を投入した破壊的なスケールの大きさは、今でいうNetflix製作のドラマのようだと感じた。
これだけの俳優がアメリカ製作のアクション映画でどのような演技をするのか。
なかでも松田優作の怪演っぷりは、まるでジョーカーのようなダークヒーローの身のこなしで、思わず目を引くものがあった。
高倉健ただひとり、極めていつも通りの控えめな演技をしていたのがいかにもで、そのバランスが気持ちよく、より一層、松田優作の快演を引き立てているようにも見えた。
日本人俳優らのプライドをかけた演技と、アメリカ映画らしいド派手なアクションをひとつの作品にまとめ上げるのは、想像を絶する苦労があっただろう。
リドリー・スコット監督は黒澤明を敬愛していると公言しているだけあって、日本人俳優の持ち味の引き出し方や、任侠映画特有の“すごみ”の描き方が丁寧で、終盤の田畑を舞台にしたアクションシーンでは、1950年代の黒澤作品へのリスペクトが伺えた。
「あの頃はよかったな」の、あの頃を知らない筆者にとってはただただ眩しく、どこか嘘みたいに映る作品だった。
文/桂枝之進
『ブラック・レイン』(1989)Black Rain 上映時間:2時間5分/アメリカ
レストランで偶然、日本のヤクザによる殺人を目撃したニューヨーク市警のニック(マイケル・ダグラス)とチャーリー(アンディ・ガルシア)は、犯人である佐藤(松田優作)を日本へ護送することに。ところが、空港で警察官を装った佐藤の手下たちに引き渡してしまう。大阪府警の松本(高倉健)の監視のもと、ニックとチャーリーは権限がないにもかかわらず、強引に捜査に加わることに……。