あの直木賞作家が、20年以上にわたる週刊文春「顔面相似形」コーナーへの投稿をやめた理由

著名人の顔を凝視しつづけて半世紀──「週刊文春」の「顔面相似形」など、雑誌の“似てる顔”コーナーに20年以上、覆面投稿を続けていた直木賞作家・姫野カオルコ氏。だが、とある理由から投稿をやめてしまうことに…姫野氏の並々ならぬ観察眼が炸裂する、抱腹絶倒のマニアック・エッセイ「顔面放談」(挿画は人気漫画家のもんでんあきこ氏)より一部を抜粋、編集してお届けする。

素性を隠して週刊文春に20年以上投稿

「顔面相似形」という特集が「週刊文春」では毎年組まれる。20年以上続く大人気コーナーだ。〈人気〉ではなく〈大人気〉と〈大〉を付けるのは、私がこの特集に、20年以上、欠かさず応募し続けてきたからである。

『読売ウィークリー(現在は休刊)』にも「ギャグアップ・顔面」というコーナーがあった(こういう名称ではなかったが、こういう主旨の)。このコーナーにも応募し続けていた。

あの直木賞作家が、20年以上にわたる週刊文春「顔面相似形」コーナーへの投稿をやめた理由

写真はイメージです

ほかにも同種の公募を見かければ、投稿していた。カオ助、ルー坊などといった投稿ネームとは別に、住所氏名も添えなくてはならない。

これは複数の友人に頼んで借りていた。

姫野姓の人は存外いるので、そんな手間をかけなくてよかったのだが、「もし面識のある編集者が、このコーナーを担当していたら、おやっ、と気づかれて、知り合いの誼で採用してくれるかもしれない」と(甚だ自意識過剰で)思った。それは断じていやだった。縁故採用ではなく実力のみで採用されたかったのだ。ど真剣だったのだ。

20年以上、ど真剣に投稿してきた。
何回か採用され、賞品(図書券など)ももらってきた。

「ねえ、Aさんて、Bさんとちょっと似てない?」「ああ、そうかしらね」などという、まるで「まだ暑さが残りますね」「そうですわね」といった無難な挨拶のようなおしゃべりを、地下鉄やジム更衣室やファミリーレストラン等々で、ときに耳にするが、そのたびに聞き捨てならない。

「ううん、ぜんぜん似てないと思う」と、いきなり割って入って異議を唱えたくなる。だれかとだれかが似ていることを、お天気の話題のようにおしゃべりしている人の「似ている」の組合せは、まず、似ていないからだ。

だれかとだれかの顔が似ている。これに気づくことを、私は《発見》と言う。
自宅本棚には「似ている人発見」とラベルを貼ったノートがある。

松村邦洋とコロッケのものまね芸のちがい

日々の暮らしの中、《発見》すると、すぐこのノートにつけるのだ。外出中はスマホのメモ機能に入力しておき、帰宅後に転記する。

この《発見》における価値は、だれかとだれかの距離が離れているほど、つまり「意外」であればあるほど高い。

「顔面相似形」も「ギャグアップ・顔面」も、この価値観は同じだった。

〈だった〉と過去形である。「ギャグアップ・顔面」は雑誌が休刊になったからだが、「顔面相似形」は続行中である。

にもかかわらず過去形にする。ここ数年の「顔面相似形」は、価値観が変わってしまったからだ。

ものまね芸にたとえるなら、松村邦洋からコロッケに変わってしまった。

拙宅にはTVがないのでラジオでのみ松村邦洋のものまね芸を聞く。実にそっくりで、笑福亭仁鶴笑福亭鶴瓶津川雅彦となると、本人と区別がつかないほど巧い。阿部寛、貴乃花、堺雅人も巧い。
本人の風貌から離れた人のまねをするので「意外」な驚きが手伝って、聞くたびにおそれいりやの鬼子母神だ。TVではこの芸を存分に発揮する場がないようで残念しごく。

あの直木賞作家が、20年以上にわたる週刊文春「顔面相似形」コーナーへの投稿をやめた理由

写真はイメージです

比してコロッケの芸は、オカシな顔をしてみせる、滑稽な動作をしてみせるという、ものまねとはまた違う芸風である。

コロッケを全国的に有名にした、岩崎宏美のものまね(と、なぜか呼ばれている)芸は、岩崎宏美には少しも似ていない。大勢の人が笑ったのは、コロッケがしてみせる顔、だったのであろう。

あろう、と言うくらいだから推測で、私にはおもしろさがわからなかったからであるが、人の嗜好は各々である。

コロッケの芸風が好きな人はたのしめばよい。「コロッケの芸風に変わった〈顔面相似形〉」が好きな人も。

ただ私は、変わったことで、20年以上の投稿をついにやめてしまった。

「これはきっと、顔面相似形コーナーのトップを飾るはず!」

話題になった政治家(不祥事で話題になった政治家)とお笑い芸人を似ていることにして、お笑い芸人にヘアメイクをほどこし、衣装と美術(車や、話題になった場所)もコーディネイトして、カメラマンに撮影させてグラビアで見せる。コロッケと同種の芸風である。これがたのしいと感じる嗜好もあるのだろうが、私が求める、似ている人の《発見》は、殆どなくなってしまった。

A プーチン(ロシア大統領)とサタンの爪(『月光仮面』)

B ポール・モーリア(作曲家)と森村誠一(作家)

C 初井言榮と鷲尾真知子(共に名助演女優)

D 石川ひとみと倉田まり子

これらの組合せで、過去に投稿したことがある。いわば妥当なセンであるが、賞品獲得には至らなかった。獲得できなかった理由はよくわかる。

Aは発見者の数が多かったため。この発見自体はコーナーで採用されている。同じ発見の投稿が多くて抽選にもれた。

BとCは、どちらか一方の(あるいは両方の)、大衆的知名度が、いまいち低い。

Dは、投稿時の時点で、消えた芸能人になっていた。

かたや、過去に採用された投稿の例は、

E 長谷川町子とキム・ヨナ

F 大橋巨泉ドン小西(ファッションデザイナー)

などである。EとFも理由はわかる。組合せの二人ともが(日本人に)有名=大衆的知名度が高い。発表のころに、何かで話題になっていた=タイムリーさ。

投稿を続けて、私は学んだのだ。「顔面相似形」にかぎらず、たんにカフェでのおしゃべりにおいても、「某と某は似ている発見の、大勢にウケる組合せ」の「傾向と対策」を。

G ナブラチロワ(テニス)と真田広之

H 長谷川一夫とちあきなおみ

これらなど、姉弟(兄妹)のように似ているのだけど、時代的にウケない。だから、だから山中伸弥教授がノーベル賞を受賞された年には、

「これはきっと、顔面相似形コーナーのトップを飾るはず!」

と、絶大なる自信を持って投稿した。

I 山中伸弥教授とタマラ・ド・レンピッカ作『ピエール・ド・モンターの肖像』

タマラ・ド・レンピッカという画家を知らなくても、彼女の作品がわからなくても、画像を横に並べれば、一目瞭然だから、大衆的知名度のハードルはやすやすとクリアできる。そう思った。

あの直木賞作家が、20年以上にわたる週刊文春「顔面相似形」コーナーへの投稿をやめた理由

画像左:朝日新聞社/Getty Images 画像右:“Portrait of Pierre de Montaut” Tamara De Lempicka,1931

ところが落選した。この年の落胆といったらなかった。

007ダニエル・クレイグと脚本家久世光彦

豊田真由子議員の秘書に対する言動が話題になった年には、TVを持っていない私も連日、豊田議員の画像を見ることになり、「だれかに似ている。だれだろう、だれかに……」と気になって、とうとう「わかったー!」と《発見》し、それを投稿した。《大発見》レベルと自負していた。

J 豊田真由子と東野英治郎(『水戸黄門』)

ところが落選した。採用されていたのは豊田真由子と星田英利(元・ほっしゃん。)だった。

「似たらへん!」と、その号の『週刊文春』をバンバンと叩き、友人知人に抗議したが、さらに落胆したのは、Jの発見に理解を示してくれる人が少なかったことである。

異性の組合せに、人は、似ているかどうかを観察する前に、まずとまどってしまう傾向があるようだ。

おかしいではないか。世界的にたいていの親子は、母と長男、父と長女が似る(異性親に似る)。「まあ、ぼっちゃん、ママそっくり」とか「まあ、娘さんはパパそっくり」は、昔からどこででも言われてきたコメントではないか。

落胆を経て、徐々に私はわかってきた。多くの人は、人を見る時、顔の造作を見ていないのだ。雰囲気だけ見ているのだ。

いや、雰囲気すら見ていないかもしれない。髪形と、メガネをかけているかいないか、太めか細めか、丸顔か面長か、これくらいしか見ていないとさえ言っても過言ではない。

ストレートのロングヘアの妙齢女性がいると、たちまち小松菜奈に似ている、仲間由紀恵に似ている、浅野温子に似ている(時代順)。ショートカットでミニスカートをはいていると、たちまち波瑠似、吉瀬美智子似、黛ジュン似(世代順)。

やれやれだ。髪形とメガネしか見てない世の中の人々は、もしかしたら「南海キャンディーズ山里亮太と画家の藤田嗣治は似ている」などととんでもないことさえ言い出しかねない。

ちなみに山里亮太が似ているのは、松田優作だ。このさいついでに、爆笑問題田中と郷ひろみ、007ダニエル・クレイグと脚本家久世光彦、ゴルフ宮里藍とキャプテンウルトラ、ダルビッシュ有とつみきみほ。

あの直木賞作家が、20年以上にわたる週刊文春「顔面相似形」コーナーへの投稿をやめた理由

イラスト/もんでんあきこ

しかし、ほとんど理解してくれる人がいなかったのが、これまでの私の発見人生だった。

文/姫野カオルコ イラスト/もんでんあきこ

※続きは、ぜひ本書『顔面放談』にてお楽しみください。

顔面放談

姫野 カオルコ

あの直木賞作家が、20年以上にわたる週刊文春「顔面相似形」コーナーへの投稿をやめた理由

2023年9月5日発売

1,760円(税込)

四六判/240ページ

ISBN:

978-4-08-788088-5

あなた、本当に「顔」見てますか?
著名人の顔を凝視しつづけて半世紀――直木賞作家・姫野カオルコの並々ならぬ観察眼が炸裂する、捧腹絶倒のマニアック・エッセイ! 漫画家・もんでんあきこによる豪華挿絵つき。

【目次】
1. 顔色をうかがい、顏もうかがう
2. 不公平な検索をされている女優No.1
3. サラリンとオロナイン
4. 岩下志麻の正三角形
5. 声は見えない顔
6. 松田優作の遺伝力
7. フルオヤさんへ
8. 小池栄子の白目
9. 「顔面相似形」ヒメノ式・中期発表
10. イケメン科ショールーム属
11. 田宮二郎を鑑賞する
12. 東京ボンバーズと太地喜和子
13. 世界で一番美しい少年
14. マチ子と蝶子 マドンナのほほえみ
15. 可笑しくてかわいい人
16. 世界一の美人 カトリーヌ・ドヌーヴ
17. 哀しみのオリジャパ日記
18. きれい・好き・うらやむ・なりたい、四種の顔
19. 『無法松の一生』は阪妻版で
20. 好きな映画を聞かれたら?