「オッペケペー選挙と優良政策だけでは政権交代は起きない」2つの市長選から見えた自民党の地盤のゆらぎと野党の非力

2月6日にJNN が発表した世論調査によると、支持率は23.7%と政権発足後で最低を更新した岸田内閣。自民党派閥政治資金パーティー裏金事件をはじめ、深刻化する物価上昇に対して一向に適切な対策を講じようとしない姿勢など、多くの国民が不信感を募らせている。

2つの市長選で見えた自民党のゆらぎ

実際、2月4日に開票が行われた2つの市長選では、自民党の地盤のゆらぎを感じる結果となった。まず群馬県前橋市では、群馬県議会議員時代に立憲民主党系会派に所属していた新人・小川晶氏が、自公推薦の現職・山本龍氏を下して当選。

「オッペケペー選挙と優良政策だけでは政権交代は起きない」2つの市長選から見えた自民党の地盤のゆらぎと野党の非力

保守王国・前橋市の市長選で当選した前橋初の女性市長・小川晶氏

“保守王国”として有名な群馬県で野党系の候補者が当選したことに驚いた人は多い。

また、新人対決となった京都市長選では、自民党、公明党、立憲民主党、国民民主党が推薦した松井孝治氏が、共産党、れいわ新選組が推薦した福山和人氏を退けた。とはいえ、票数を見ると松井氏(17万7454票)に対して福山氏は(16万1203票)と善戦。

幾度となくスキャンダルが発覚してきたものの、一向に自民党のその地盤の強さは変わらなかったが、ここに来て徐々に国民の気持ちが変化してきたように見える。『「NHKから国民を守る党」とは何だったのか?』(新評論)の著者で、選挙ウォッチャーとして日々選挙の動向を追っている、ちだい氏に話を聞いた。


前橋の勝敗は現職の自滅

まず前橋市長選を制した小川氏の勝因について、「立憲の支持団体・日本労働組合総連合会(連合)が表立ってプッシュしたことが大きかったです」と、ちだい氏は分析する。

「野党共闘として共産と手を組むことはありますが、前橋市長選で共産党は“候補者を出さない”というかたちで間接的に協力しました。共産党支持者の中にはプラカードを掲げて応援する市民団体も少なくないのですが、そういった選挙活動にネガティブなイメージを持っている人は多い。団体との連携を限定的にして距離をおいた結果、現職の山本氏は『共産党ガー』『立憲共産党ガー』と批判できず、そのおかげで当選につながりました」

ただ、大きな勝因としては山本氏の自爆が大きいのかもしれない。

「山本氏は公約として『1世帯3万円のインフレ対策給付金』『市長給与50%カット』などを掲げましたが、3万円給付金の対象は高齢者・子育て世帯のみ。もらえない人が多いため不満が噴出しました。

自身の給与カットもあまりインパクトはありませんでした。

さらには、山本氏はワンマンな言動が目立っていたのですが、選挙演説では市民に『風邪ひかないでね~』と声をかけるなど“いい人戦略”を講じました。だけど、イメージとは違うことを急に言い出す人ってなんか嫌じゃないですか。山本氏の立ちまわりは全体的に空回りしており、無党派層が小川氏に流れたことは間違いありません」

続けて、「前橋市長選の結果からは“自民の支持が揺れ動いている”と決めつけることは難しいです。そもそも、八王子市長選や京都市長選など大きい都市での市長選は負けていません。同じく保守王国の茨城県でも、今年行われた取手市議選や守谷市議選で、自民の公認候補は堅調でした」と話した。

共産党の“オッペケペー選挙”の悪影響

次に京都市長選はどのように見ていたのか。

ちだい氏は「1月中旬、京都市長戦に出馬した村山祥栄氏が架空パーティーの件が発覚した結果、維新から推薦が取り下げられました。

村山氏は過去に2度京都市長選に出馬して、いずれも敗戦していたのですが、今回はスキャンダル発覚さえなければ当選していた可能性は低くなかった。かなりの“村山票”が当選した松井氏に動いたことが大きかったです」と振り返る。

「維新同様に前原誠司氏が代表を務める教育無償化を実現する会も村山氏の推薦を取り止めました。前原氏の奥さんは熱心な創価学会信者という噂があり、前原氏自身それを母体とする組織票を多く持っています。そんな前原氏が松井氏の応援に回ったことも追い風になりました。
他にも、私は共産党支持者による着ぐるみを着たり、プラカードを掲げたりする選挙活動を“オッペケペー
選挙”と呼んでいるのですが、前橋市長選とは異なりそのオッペケペー選挙が見られたことも、大きく票を減らすことにつながりました」

「オッペケペー選挙と優良政策だけでは政権交代は起きない」2つの市長選から見えた自民党の地盤のゆらぎと野党の非力

ちなみに共産党支持者がオッペケペー選挙をいまだにやってしまう理由を聞くと、「共産党支持者は社会をよくするためのアクションとして、賃上げを訴えたりなどする市民運動を繰り返してきた過去があります。

そのため、どこか市民運動と選挙運動を同じように考えているところが強い。

とはいえ、デモ行進をしたりプラカードを掲げたりといった活動に対して、ネガティブなイメージを持つ人は増えています。価値観をアップデートした選挙運動に変えていかないとイメージ払拭にはつながりません」と答えた。

立憲の相乗りは珍しくない

京都市長選の話に戻すと、松井氏の推薦には自民党、公明党、国民民主党に加えて立憲も名を連らねており、「立憲民主党が福山氏を推薦していれば勝てた」という声はSNSで散見された。なぜ与党候補者に立憲は相乗りしたのか。

大阪府では、維新を倒すために自民と立憲が手を組むことは珍しくなく、京都でも共産を倒すために同様のケースは昔から頻繁に見られています。特に京都3区の泉健太代表は“反共”を前に打ち出すことで地元の支持を得ており、福山氏を共産と一緒に推薦することは考えられません。



ただ、仮に立憲が福山氏を推薦していた場合でも、票数を減らしていた可能性が高い。京都は共産の人気が根強い地域でもあり、“反共意識が強い立憲の推薦を受けた候補者”となれば共産党支持者の票を失うことになるからです」

「オッペケペー選挙と優良政策だけでは政権交代は起きない」2つの市長選から見えた自民党の地盤のゆらぎと野党の非力

立憲民主党の定期党大会で「政権交代を実現する」と、あいさつする泉代表

ある意味、“いつも通り”の立ち回りを見せた立憲ではあるが、「こういった事情を知らない人にとっては、今回の立憲の動きにガッカリした人が多いのは事実。なんにせよ、誰も推薦しないことが最善だったと思います」と話した。

政治経済の関心が高まることの弊害

前橋市と京都市の選挙結果から、今現在の国民心理をどのように分析しているのか。

「与党に逆風が吹いていることは間違いありませんが、あまり怖いものにはなっていません。というのも、今現在政治に対する関心は高まっているからです。日本人はとにかく権力に弱いため、一般的に政治経済が注目されればされるほど、偉そうな人が当選しやすくなる。



つまりは自民が票を集めやすくなります。もちろん、自民に『NO』を突きつける有権者も増えていますが、それ以上に『なんとなく権力を持っているから』という理由で自民に投票する人も多いです」

さらには、2022年の参議院選挙で当選した“ガーシー”こと東谷義和氏が、ふだんは選挙に行かない層を取り込んだことで当選したことにも言及する。

「結果的に東谷氏は国民のために何か政治活動をしましたか。していないですよね。政治経済を理解していない人は少なくなく、そういう人たちが投票に向かうことを歓迎していいのか悩ましいところです」と困り顔を見せた。

ちなみに前橋市長選の投票率は、4年前の前回選挙から3.77ポイント低い39.9%。一方、京都市長選は前回より0.96ポイント高い41.67%だった。ちだい氏の指摘を鑑みると、政治の関心と自民党の強さにはある程度の相関があるように感じられる。

解散総選挙の可能性は低下

いずれにせよ、内閣支持率は下がっており、政権交代や解散総選挙を望む国民も一定数いる。まず解散総選挙の可能性について「私は以前『早期の解散もあり得る』と予想していました。しかし、年初に発生した能登半島地震に対応する必要が生まれました。

また、今国会の目玉である“共同親権の導入”という子どもやDV被害者にとってセンシティブな法案を通すことで、与党としての存在感を示そうと必死です。自民としてはしばらく解散は頭にないように思います」と予想。

「もし解散総選挙が実施された場合、自民が少し議席を減らすでしょう。立憲は微妙に議席を伸ばす程度で、政権交代を果たすことは難しいです。政権交代を果たすために今できることは、なんとか国民の期待感を集めるしかありません。とはいえ、支持者が失望することを繰り返しており容易ではないです。真面目にコツコツと政権批判を続けることに鉱脈があると思います」

優良な政策を掲げるだけでは支持されない

具体的に野党が期待感を持たせる方法はなんなのか。

「立憲や共産からは『いい政策を掲げ、発信を続ければ国民もわかってくれる』という認識が大きいように感じます。実際、掲げている政策は悪くありません。とはいえ、先述した通り、意識無意識にかかわらず少なくない国民が“偉そうかどうか”を大きな判断基準にしています。どれだけいい政策を掲げても大きなインパクトはありません。

自民や維新は優秀な選挙アドバイザーがおり、素晴らしい政策ではなく『どう次の選挙で勝つか』ばかりを考えています。立憲もそういったしたたかさを身に着け、イメージアップを図っていくしかない。選挙アドバイザーを雇ったり、SNS戦略に注力したりなど、これまでとは違うアプローチを実施しなければいけません」

いい政策を掲げたり、与党の問題点を指摘したりなどは野党として適切な動きである。ただ、今の立憲にとって、そういった野党が、本来“やるべきこと”をしているだけでは、泉代表が掲げる「政権交代」は成し遂げられない。もう少し“選挙に勝つ”ためにはどうすればいいか、ということにも目を向ける必要があるのかもしれない。

取材・文/望月悠木