
とある女性KPOPアイドルから派生し、国内外で流行しつつある「ウォニョンイズム」というライフスタイルトレンドをご存知だろうか。きれいになりたいと願う女子中高生たちを健康面の危険にさらしかねないこのトレンドの危険性について考える。
欧米のSNSでは「#wonyoungism(ウォニョンイズム)」がトレンドに
現在世界中を席巻しているKPOPだが、その中の人気ガールズグループ、IVE(アイヴ)のメンバーであるウォニョン(チャン・ウォニョン)から派生したライフスタイルトレンドが欧米を中心に流行しているという。
ウォニョンは2004年生まれの19歳で、華奢な体型と、うるっとした艶のあるロングヘア、ドーリーな見た目とは裏腹に、しっかりと芯のある発言をすることでも人気で、海外のみならず日本の女子中高生の間でもカリスマ的存在となっている。
そんな彼女にあこがれる女子たちが生み出したトレンドが「ウォニョンイズム」だ。
TikTokで「#Wonyoungism(ウォニョンイズム)」と検索すると、36万以上の動画がヒットし、ピンクを基調としたかわいらしい世界観で、健康や美容についてのセルフケア情報を発信するコンテンツがいくつもみられる。
またXでもプロフィールに自身のBMI(体重と身長から算出される肥満度を表す体格指数のこと)を載せ、痩せてスレンダーな体型の女性インフルエンサーの画像や動画を連投し、“美しい体型”を目指すことを促すアカウントも散見される。
しかし、ウォニョンイズムが一部の若者の間で特に流行している欧米圏ではこのトレンドが問題視されており、アメリカのニュースサイト「The Daily Beast」は「ウォニョンイズムが摂食障害を助長しているという批判にさらされている」と報道もしている。
ただし、ポイントはウォニョン自身が積極的にこのトレンドを広めているわけではなく、ファンが勝手に拡散して起こったムーブメントだということ。
ファンたちが「ウォニョンのように細く賢くきれいになりたい」と目指しはじめて広まったのがウォニョンイズムであり、むしろウォニョン本人は若いうちから不健康なダイエットをすることに否定的な意見を語ってさえいる。つまり、ウォニョン本人は悪くないのに、ウォニョンイズムがよくない風潮として問題視されてしまっているのだ。
あこがれの存在に触発され、過剰なまでの見た目への執着が及ぼす肉体的・精神的影響がもたらす危険について考えたい。
若い女性たちが陥る「痩せる」ことへの執着がもたらす肉体的・精神的影響
「ウォニョンイズム」についての記事を執筆し、海外カルチャーにも詳しい作家の竹田ダニエル氏にまずこのトレンドが流行した経緯について解説してもらった。
「ウォニョンは世界的に人気で、英語や韓国語や日本語などさまざまな言語を駆使し、自分の意見をしっかり述べるなど、外見だけでない部分にあこがれを抱く女の子たちが多いです。
そんな“推し”に近づくため、ダイエットや美容、勉強といったものへのモチベーションをあげようと、ウォニョンを崇拝する女の子たちが自発的にハッシュタグをつけたことで、ウォニョンイズムが流行しました」
こうした“推し”に近づくためのムーブメントはこれまでにもあったが、ウォニョンイズムが問題視されているワケとは何なのか。
「ウォニョンイズムに関するSNS上の投稿では、早起きをして白湯を飲みウォーキングをするといった、これまでのウェルネストレンドに沿ったものもあれば、学校の勉強がはかどる方法を伝授するものもあります。
しかし、過激なものになると『〇か月で〇キロ痩せるウォニョンのダイエット法』といったものや、『低カロリーでもお腹いっぱいになるウォニョン的食事』といった、ウォニョンの画像や名前を借りて極端な体型やダイエットに関する情報を発信する投稿もあります。
こうした過激なダイエットに関する投稿が、成長期にある若い女性たちを栄養失調や摂食障害にさせる危険性があると指摘されているんです」
竹田氏によると、そもそもウォニョンイズムがほかのヘルストレンドと一緒くたにされて間違った解釈をされていることが問題だという。
「欧米では『edtwt (eating disorder Twitterの略)』というXにおける摂食障害のコミュニティも存在していて、そこでは自分が食べたもの(いかに少ない食事をしているか)を投稿したり、フォロワーに何キロ痩せたかを報告し合ったりしています。
ウォニョンイズムとは本来『健康的に痩せてきれいになること』を前提としたトレンドですが、edtwtのようなコミュニティの一部として受け取ってしまう若い女性たちもいるようです。こうした間違った解釈によって、『とにかく痩せること』に執着し、自らを追い詰めてしまっていることが問題なのではないかと思います」
またウォニョンイズムには身体的影響だけでなく、精神的な影響もあるという。
「ウォニョンのように若くてきれいで賢い子が世間で注目され活躍している様を見れば、同世代の多感な時期の女の子たちは、おのずとそれが“よいこと”だと感じ、そうした“理想の姿”に対して劣等感をおぼえかねません 。
ウォニョンイズムにはまってしまっている女の子たちは向上心が高い反面、特にこうした劣等感を感じやすい精神状態に陥っているともいわれています」
大人と同じ世界を見せられ、生きづらさを感じる子どもたち
なぜ若い女性たちはここまで容姿にこだわるのか。その風潮をより強めた背景には、SNSの発達がある、と竹田氏は説明する。
「中高生の間で流行っているTikTokやインスタグラムといったSNSのタイムラインでは、大人が見るようなコンテンツも子どもたちに表示されています。つまり子どもたちは幼いうちから“大人たちの美の基準”に触れており、インフルエンサーを自身と同一視してしまうということが社会問題になっています。
欧米では“セフォラ・キッズ”というトレンドが問題視されていて、これはZ世代の下の世代であるアルファ世代(2010年代序盤から2020年代中盤にかけて誕生した世代)の12歳以下の子どもたちが『セフォラ』をはじめとする化粧品店で、アンチエイジングの化粧品などを購入するといった現象です。
このように今の子どもたちは大人の美の基準にとらわれることで、子どもが子どもらしくいられる時期は少なくなってきています。
――ウォニョンのような“完璧”なKPOPアイドルの台頭は、若い世代にポジティブなメッセージを伝えると同時に、その美の基準を誤ったベクトルに押し上げてしまっているともいえるのだ。
取材・文/瑠璃光丸凪/A4studio