
安倍晋三元首相が銃撃され死亡してから、7月8日で丸2年を迎える。すでに政界関係者の間では三回忌も営まれたが、元首相が公衆の面前で銃撃されるという衝撃的な事件も、時間の経過とともに「過去のこと」になりつつある。
あれから2年、宗教2世が語る残された課題とは
「安倍晋三元首相が死去―」2022年7月8日、週末の日本列島は大きな衝撃に包まれた。テレビ各局は報道特別番組に切り替わり、ネット上の話題も事件一色。あれから丸2年、今年は三回忌にあたり、6月30日には増上寺で法要が営まれた。
しかし、あれだけの衝撃も、時間とともに人々の記憶からは遠ざかっている。事件後に大きな社会的テーマとなった宗教2世問題も、今ではすっかり「のど元過ぎれば熱さ忘れる」状態と言ってもいいだろう。
この問題が議論されるきっかけとなったのは、銃撃事件で逮捕・起訴された山上徹也被告の供述だ。
山上被告は、母親が世界平和統一家庭連合(旧・統一教会)の敬虔な信者である宗教2世。母が教団に高額な献金を繰り返し、幼少期から家庭が崩壊状態になるなど、厳しい環境にさらされたことから教団に恨みを持ったと、一連の取り調べで語っている。
銃撃の動機も、安倍元首相が政治家として、教団と代々深い関係にあると指摘されていたことからだと語っている。こうした経緯から、宗教2世問題はメディアで連日報じられるなど、社会的議論を呼ぶ一大テーマとなった。
「国会では救済法が成立するなど政治も動いたが、まだまだ根本的な対策とはほど遠い状態にある」
そう語ってくれたのは、「宗教2世問題ネットワーク」の代表を務める団作氏だ。
同団体は宗教2世問題の防止・啓発活動を推進しており、団作氏自身も、親がエホバの証人の信者だった宗教2世だと公言している。
また、行政に関しても、「動きがあったのは2022年度中までで、以降は人事異動や組織変更も重なり、かなり動きが鈍くなっている」と指摘。報道だけでなく、対策にあたらなければならない当事者すら、問題を風化させつつある実態が垣間見えた。
貧困やDVに比べて“見えにくい”宗教虐待
団作氏は事件で得られた教訓に関して、「銃撃事件以降、子どもに宗教を強制することが“虐待”であるとの認識が広がったことはよかった」としたが、そもそもこの宗教虐待には、被害者である子どもにスポットが当たりづらいという根本的な問題があると語る。
宗教虐待は貧困やDVと異なり、行政などの目が届きにくく、支援や救済の網から外れてしまうというのだ。
「例えば、奨学金や福祉を受ける要件は、貧困家庭と児童養護施設等で生活した人に限られている場合がほとんどです。宗教2世の家庭というのは、数字だけ見れば貧困ではない場合もある。山上被告の家庭も、ほぼすべてを献金してしまうだけで、収入自体は低くありませんでした。
しかし、宗教2世を含め、貧困や虐待家庭以外にもさまざまな環境で生まれ育ち、困難を抱えている子どもたちがいます。なかなか社会に気付いてもらえなかったから、児童養護施設には行ってない。そういう子たちって実はいっぱいいるんですが、彼らをどう支援していくのかという議論は深まりませんでした」(団作氏)
確かに、ある程度可視化されやすい貧困や身体的虐待に対し、内面の問題でもある宗教虐待は目に見えにくい部分があるだろう。どのように把握し、どのように支援の手を差し伸べるかは、難しくも対策が求められる部分だ。
取材中、団作氏はこの点について、「貧困と社会的養護、この2つだけでは把握できない困窮状態の子ども・若者をどう支援していくかっていう話がもっと進んでほしかったんですけど、残念ながらまったく進んでいない」「我が国の支援が全然できていないという点について、社会でもっと議論してほしい」など、重ねて指摘していた。
「トー横キッズ」よりも後回しの宗教2世
これについて、分かりやすい例えで引き合いに出したのが、昨今問題になっている「トー横キッズ」だ。
いわゆるトー横キッズをめぐっては、都が臨時相談窓口を設置したり、警視庁が一斉補導に踏み切ったりと、行政の動きも目立っている。団作氏の私見では、これは宗教2世と違い、トー横キッズが目につきやすいからではないかという。
「トー横キッズの周りに変な大人が集まったり、子どもが犯罪に巻き込まれたり、治安の問題があるからすぐ動くんだと思いました。宗教2世含め、虐待経験者は精神を病んで家の中にずっといるんですよね。だから社会に出てこないんですよ」(団作氏)
返す返すも、宗教2世の“見えにくさ”が、とても大きなハードルになっていることが分かるだろう。
銃撃事件後、2022年12月に不当寄付勧誘防止法、昨年12月に旧統一教会の被害者救済特例法がそれぞれ成立したが、団作氏はこれについて、「あくまで過度な献金を防止したり救済したりする法律であって、宗教2世問題と直接的な関係は薄い」と指摘する。あれだけ議論になった宗教問題だが、2年が経っても2世問題は“後回し”になっているようだ。
こうした現状を進展させるためにも、下火になった議論を改めて呼び起こすことが求められる。それは、団作氏の言葉からも明らかだろう。
「例えるなら(その場しのぎに)絆創膏を貼っているだけじゃないですか? 困難に陥っている子どもや若者について、『どうしていこう』という議論もないまま絆創膏を貼るんじゃなくて、もっと大きな議論を国にはしてもらいたいですね」(団作氏)
事件をめぐっては7月3日、山上被告も出席のもと、奈良地裁で第4回公判前整理手続きが開かれた。日本中の注目が予想される裁判だが、改めて宗教問題の議論が深まることはあるのか。
取材・文/久保慎