現在のペットショップというビジネスモデルは、「大量生産」「大量消費(販売)」という構造があり、そのため「大量遺棄」という問題が起きている。その問題で儲けようと考える悪人をも大量に生み出しているというが、一体どんなことが実際に起きているのか。
『猫を救うのは誰か ペットビジネスの「奴隷」たち』(朝日文庫) より、一部抜粋、再構成してお届けする。
横行する「回しっこ」
大量遺棄が横行する一方で、業者間で売れ残りの犬猫や繁殖用の犬猫を転用・転売しあう、一部で「回しっこ」と称される商行為も活発化した。
高崎市動物愛護センターに「自分の敷地内に犬が捨てられていた。飼えないので引き取ってほしい」などと虚偽の通報をし、2015年1月、群馬県警に逮捕された繁殖業者の男がいる。
この男の場合、虚偽通報で同センターに引き取らせようとしていた計11匹の雌犬を、回しっこによって入手していた。
同センター指導管理技士の大熊伸悟氏によると、犬たちは、もともと群馬県太田市内の繁殖業者のもとで繁殖に使われていた。その後、高崎市内の別の繁殖業者が犬たちを取得。そこからさらに、逮捕された男のもとへと流れてきた。
男はもともと日本犬の繁殖業者だった。業容を拡大しようと、チワワやシーズーなどの洋犬に手を出した。ところが、その犬たちが、繁殖に使えるような健康状態ではなかった。
一般社団法人「ジャパンケネルクラブ」理事長の永村武美氏の言葉を借りれば、「知恵の出しどころ」の一つとして、繁殖に使えないような年齢、体調になった犬たちが「ババ抜きのババ」のように扱われている実態がそこにはある。
「繁殖用に譲ってもらったがあまりにひどい状態だったため、困ったらしい。
闇ビジネス「引き取り屋」
第1種動物取扱業者への規制強化が不十分なものとなったために、犬たち、猫たちを巡る「闇」はさらに深さを増した。
栃木県内の大量遺棄事件で逮捕された、ペットショップ関係者の男。この男は実は、犬猫の「引き取り屋」という、一般には聞き慣れないビジネスを営んでいた。
事件は死んだ犬たちの大量遺棄として発覚したが、問題の根は、男が営む引き取り屋というビジネスにあった。前述の通り男は、愛知県内の繁殖・販売業者から100万円を受け取って犬80匹を引き取っていた。それらの犬を運搬中、結果として多くを死なせてしまったのだ。
そもそも動物愛護法は、「引き取り屋」というビジネスを想定していなかった。こうしたことから、行政の監視、指導の手は届きにくい。
「(栃木県で大量遺棄事件を起こした男が)犬の引き取り屋をしていたことを把握していなかった」(栃木県動物愛護指導センター)
「そういう業者がいるかもしれないと懸念しているが、把握できていない」(群馬県動物愛護センター)
埼玉県の橋谷田元・県生活衛生課主幹も言う。「栃木県で起きた大量遺棄事件の犯人が逮捕されて初めて『引き取り屋』という業態があることを知った。動物愛護法第35条の改正で、業者は引き取り先を探すのに苦労しており、闇でこういう商売が出てきているのだろう。潜在的にいくつもあるのかもしれないが、把握するすべがない」
「僕みたいな商売……、必要でしょう」
引き取り屋とはどんなビジネスなのか――。
引き取り屋ビジネスの実態を探るため2014年1月、15年3月、16年8月の3回にわたり、私はある引き取り屋を訪ねた。
栃木県矢板市内の最寄りのインターチェンジから車で数分も走ると、コンテナやプレハブが雑然と並んだ一角が現れる。
2度目に訪ねた時、白取氏は時間をかけて引き取り屋ビジネスについて語った。
「僕が引き取りやってるのをペットショップや繁殖業者が知っていてね。依頼を受けて犬や猫を引き取っている。お金をもらって」
建物からはひっきりなしに犬の鳴き声が聞こえてくる。白取氏に案内されてプレハブのなかに足を踏み入れると、犬たちの吠え声につつまれた。会話もままならない。放置されたままの糞尿のにおいで、息をするのが苦しい。犬たちは小さなケージに入れられ、足元は金網。ケージには犬の毛がびっしりとからみついていて、多くが3段重ねにされている。なかには2匹一緒に入れられ、ほとんど身動きできない状態の犬たちもいた。
圧倒的に犬が多いが、猫たちの部屋もあった。猫もケージに入れられたまま。爪が伸びっぱなしで何重にも巻いてしまっている猫や、皮膚病でかきむしったのか流血している猫がいて、ほとんどがじっとうずくまっていた。
白取氏は栃木、群馬、茨城、千葉など関東各地のペットショップ、繁殖業者から依頼の電話を受けて出向き、犬や猫を引き取っていた。埼玉県内の競り市(ペットオークション)に行き、「欠点」があって売れ残った犬や猫を引き取ることもあるという。
「週に1、2回は必ず電話があって、どこかに出向いている。1回あたり5~10頭、多い時は30頭くらいを引き取る。昨日は繁殖業者から7頭引き取った。その繁殖業者は『皮膚病になって、それはもう治ったんだけど、治るまでの間に生後何カ月にもなっちゃった。市場(競り市)では売れないから持って行って』って言っていた」
こうして敷地内に、常に150匹以上の犬を抱えていると説明する。白取氏も含めて3人で犬の面倒を見ており、「毎日、掃除して、すべての犬を運動させている。売れそうな犬がいれば、繁殖業者や一般の人に5000~2万円くらいで販売する。
白取氏の手元には小型犬だと1万円、中型犬だと2万円、大型犬だと3万円が引き取り料として入ってくる。猫は5000~1万円程度を取る。買い手が見つかりにくい6、7歳以上だとその倍の料金を取ることもある。白取氏はこう話す。
「ショップからもよく電話がかかってくるよ。ショップの場合はだいたい5、6カ月以上の子犬を引き取ってほしいと言われる。ペットショップの店頭には20万、30万で売れる新しい犬を置いたほうがいいと、賢い社長はわかってるんだよね。でもバカな社長は、大きくなってしまっても、1万、2万でもいいから売ろうとする。僕はそういうバカな社長には『新しい犬をどんどん入れろ。
驚くべきことに、栃木県動物愛護指導センターは、白取氏のビジネスを容認してきた。たとえば2014年6月、同センターは事前に連絡したうえで立ち入り検査をしている。だが、「特に問題はないと認識している」と実際に検査に入った県の担当者は取材に答えている。
既に、目が見えなくなっている…
一方で動物愛護団体の依頼で現地を確認した獣医師は、適正飼育から大きく逸脱した状況だったと指摘する。
「換気できる窓が見あたらず、全体に薄暗くて十分な採光が確保されていない。いずれの建物も、鼻をつくような糞尿のにおいが充満しており、犬たちが暮らすケージに清掃の形跡は見られなかった。脚に糞を付着させている犬も多くいて、長毛種では犬種が判断しがたいほど全身が毛玉に覆われ、四肢の動きが制限されている犬も確認した。皮膚炎や眼病などの可能性がある犬がいたが、適切なケアが行われている様子はなかった」
このような環境で飼育されている犬たちがどうなってしまうのか。私が朝日新聞に引き取り屋のことを初めて書いたのは2015年3月24日付朝刊だ。記事には、14年冬に動物愛護団体が内部の様子を撮影した写真を添えた。
同じ動物愛護団体が15年12月に再び、この引き取り屋の様子を確認、撮影した。
被毛の状態がかなり悪く、四肢や臀部(でんぶ)については脱毛も見られる。この写真が撮影された際、動物愛護団体とともに内部を確認した獣医師はこう話す。
「記事に載った写真に写っていたパピヨンと見られる犬は、皮膚炎にかかっているのになんの治療もなされていませんでした。あの環境ですから、ノミやダニなどの感染からは逃れられません」
このパピヨンも含め、散歩など適切な運動をさせてもらっていないことが明らかな犬がほとんどで、なかには獣医師による治療が必要な状態の犬も少なくなかった――と指摘する。いくつかの事例をあげる。
爪が伸びっぱなしで、毛玉に覆われている犬。
精神疾患の一つである、常同障害の症状が出ている犬。
緑内障のため、眼球が突出している犬。
既に、目が見えなくなっている犬。
さらには、狭いケージの床面は金網状になっているため、前脚が湾曲したり、後ろ脚が骨格異常を起こしていたり、という犬たちも……。列挙していけばキリがないほどに、悲惨な状態だった。獣医師は言う。
「狭いケージに入れられたまま、適切に管理されずに飼養されているために、犬たちはボロボロの状態でした。猫も数多くいて、巻き爪が肉球に食い込んでいる子や、耳の後ろをかきむしったために肉が露出している子もいました。しかもケージには糞尿が堆積(たいせき)しており、本当に最悪の環境。動物愛護法に違反しているのは明らかでした」
白取氏は2016年4月、公益社団法人「日本動物福祉協会」から刑事告発された。告発を受けた栃木県警は捜査をすすめ、同年10月に動物愛護法違反と狂犬病予防法違反容疑で、宇都宮地検大田原支部に書類送検した。
栃木県警によると、白取氏は15年12月10日~16年2月1日の間、犬や猫を飼育する施設の清掃や汚物処理を十分に行わず、犬10匹と猫5匹を皮膚病などに感染させ、虐待した疑いがあったという。
また、白取氏は16年4月5日~5月4日の間、犬1匹に狂犬病の予防注射を受けさせなかった狂犬病予防法違反(未登録・予防注射の未接種)の疑いもあったともする。栃木県警は白取氏について、起訴を求める「厳重処分」の意見を付けた。
17年7月27日、栃木県大田原簡裁は白取氏に狂犬病予防法違反(未登録・予防注射の未接種)の罪で10万円の罰金を支払うよう命じた。
動物愛護法を巡っては、繁殖業者やペットショップなど第1種動物取扱業者に対して、地方自治体が法律を適切に運用しようとしない事例が散見されてきた。引き取り屋の白取氏については栃木県警が書類送検した後も、栃木県動物愛護指導センターはこの業者の第1種動物取扱業登録の更新を認めるなどしており、行政による業者の取り締まりが有名無実化している実態が改めて浮き彫りになった。
その原因を、行政職員の多くが「動物愛護法には具体的な数値規制がないことが大きい」と指摘する。
文/太田匡彦
『猫を救うのは誰か ペットビジネスの「奴隷」たち』(朝日文庫)
太田 匡彦 (著)太田さんが執筆されたこの本には、
今の日本における動物愛護・保護の現状が全て記されています。
教科書レベルと言っても過言ではないかと。(解説より)
——坂上忍
猫は蛍光灯を1日12時間以上あてると、年3回は産める──。
人の都合で無理な繁殖、病を招く交配、幼くても出荷、「不良在庫」を引き取る闇商売……。
「かわいい」の裏側でビジネスの「奴隷」となる犬や猫たち。
凄惨な実態を、信念の取材が暴く。
《解説・坂上 忍》
【『「奴隷」になった犬、そして猫』に第5章・第6章を大幅加筆し文庫化!】
〈目次〉
文庫版まえがき
第1章:猫ブームの裏側、猫「増産」が生む悲劇
第2章:「家族」はどこから来たのか、巨大化するペットビジネス
第3章:12年改正、あいまい規制が犬猫たちの「地獄」を生む
第4章:19年改正、8週齢規制ついに実現
第5章:数値規制をめぐる闘い
第6章:アニマル桃太郎事件から、5度目の法改正へ
終章:幸せになった猫
文庫版あとがき
解説:坂上 忍
※本書は、文庫化に際し『「奴隷」になった犬、そして猫』を改題し、大幅に加筆・修正したものです。