
漫才の賞レースは、ネタの制限時間がシビアである。M-1グランプリでは1回戦は2分、2回戦・3回戦は3分、準々決勝・準決勝・敗者復活戦・決勝戦は4分と定められている。
石田明氏の新著『答え合わせ』(マガジンハウス)より一部抜粋、再構成してお届けする。
「つかみ」でお客さんの緊張をほぐす
若手の子たちから「賞レースでつかみを入れるかどうか迷っています」と相談されることがあります。賞レースはネタの制限時間がシビアなので、つかみに時間をかけずにすぐメインのネタに入ったほうがいいんやないかと考えているんでしょう。
僕自身の考えをいえば、賞レースでも寄席でもつかみは入れたほうがいいと思っています。
漫才はいかに早くお客さんとの間に「聞いてもらえる雰囲気」を作れるかが勝負です。ネタに入ったら基本的には「2人の会話」になるので、お客さんを引きつけるチャンスはやっぱり最初です。
だから、舞台に出てきた開口一番につかみを入れる。要はアイスブレーク的なやりとりを入れて緊張を解いたほうが、その後、漫才がやりやすいんです。
「緊張を解く」というのは、漫才をする側の緊張ではありません。
実はつかみによって、漫才を見ている側の緊張を解くことができるんです。それもコアなファンの緊張をほぐすことができます。なぜなら、近しい人ほど、最初の笑いが起こるまで「今日は、大丈夫かな」と緊張してくれているものだからです。
お客さんも緊張している
その緊張には拡散作用があります。コアなファンたちから一般のお客さんにまで緊張が広がり、会場全体がピンと張り詰めている。
2023年のM-1決勝の令和ロマンは、見事なつかみをしていました。まず、くるまくんが相方のケムリくんのヒゲをいじる。
くるま:(こちら)松井ケムリさんという方でして、ヒゲともみあげがつながっております。反対側もつながっている。なんでつなげてるんだろうっていう疑問、湧きますよね……
このあと、すぐに答えを言わず、妙な間を空けます。お客さんは「これで小顔に見せようとしている、とか言うのかな?」と想像する。するとくるまくんが、こう続けます。
くるま:これ簡単でして……、毛でもって、自分の顔を、ぐるりと囲うことによって……顔の内側を日本から独立させようとしてるんです
このように誰も想像がつかないことを、もったいつけながら言う。ここでケムリくんが「そんなわけないだろ」とシンプルなツッコミを入れて、ドカンと笑いが起きました。
ちなみに決勝の2本目はこんな振りでした。
くるま:こちら覚えてますかね、松井ケムリくん。ヒゲともみあげがぐるっとつながっている。なんでつなげているのか覚えていますか? ……顔を毛でぐるっと囲わないと、スタジオと自分の境い目がわからなくなるからです。
同じ振り、似たような間で、1本目とはまた違う意外なボケを入れて確実に笑いをとっていました。あれだけゆっくり客席に向かって話すのは、芸人としてはかなり勇気のいることです。
くるまくんは、「間のファンタジスタ」みたいなところがありますね。フットボールアワーの後藤さんと話したときも、「あいつ、ほんま怖い間で待ちよるやろ」と言っていましたが、同感です。芸人だったら怖いくらいの「間」を作っておいて笑いをとる。くるまくんの度胸なのか余裕なのか勇気なのか、よくわからんけど見事なもんやと思います。
「令和ロマン」はつかみからネタの流れがよかった
2023年のM−1で、しっかりお客さん全員と会話をしたのは令和ロマンと、あとはさや香やったと思います。
採点基準でいうと、つかみがあるか、それがウケたかどうかは、僕の中では直接的に点数には影響しません。
でも、つかみで最初に笑いをとれると、スタートダッシュがよくなります。そのおかげで、本ネタに入って1つめのボケのウケ量が大きくなります。
もちろんつかみからの流れも重要です。一度笑いをとって場の温度が上がったものを落とさないように、スッとネタに入るのが理想的です。
たとえば真空ジェシカも、毎回つかみを入れますが、そこからスッとネタに入るという感じではありません。川北くんがすぐには意味がわからないボケをして、ガクくんが説明しながら突っ込む。そこから、いったん間を空けて、再スタートでネタに入るという展開が多い。決してスベっているわけではない、ちゃんと面白くてウケるんですけど、これだとネタへの入りはあまりスムーズではないと思います。
令和ロマンは、そのあたりのさじ加減も上手い。つかみでボケて、いったん笑いが起こってからも、ブツクサつぶやくようなボケとツッコミを何ターンか入れつつ、スッとネタに入るあたり、技術が高いなと思います。
ただし、つかみで失敗すると後が難しくなるというリスクもあります。最初にスベって仕切り直してネタに入る。そうなると、マイナスからのスタートになって、それを挽回できないまま終了……というパターンもよくあります。
そうしたリスクもありますが、基本的にはメリットのほうが大きいと思うので、僕はつかみを入れたほうがいい派なんです。
『答え合わせ』(マガジンハウス)
NON STYLE 石田明