〈三原じゅん子センセイに言いたい!〉保育士の人件費10.7%引き上げも…「私たちの給与には反映されない!」“極限の保育現場”当事者たちのホンネ
〈三原じゅん子センセイに言いたい!〉保育士の人件費10.7%引き上げも…「私たちの給与には反映されない!」“極限の保育現場”当事者たちのホンネ

11月22日、会見で三原じゅん子こども政策担当大臣は「現状からの大脱却を図る抜本的な処遇の改善を行ないます」と述べ、保育士の人件費について“過去最大”「10.7%」の引き上げを発表した。現場の保育士たちはこれをどのように受け止めているのか。

保育士に話を聞いた。

「『本当に自分の給料に反映されるの?』という疑いの気持ちしかない」

保育士の1日は長い。早い人は朝7時に出勤し、7時半に登園した園児を保護者から預かると、常に子どもたちの顔色や表情、健康状態をチェックしつつ、年齢や季節に合わせたプログラムを行なう。

お昼寝時にも、こまめに様子を見ながら連絡帳や保育日誌の記入も欠かさない。20時頃まで開園している園では、退勤が20時半になる。

「毎日、サービス残業に加え、休憩も満足に取ることができません。うつ病になってしまい、一時仕事を休んでいた時期もあります。それでも、子どもたちの日常での小さな成長を間近で感じられることがやりがいでなんとか続けていますが、勤務量や仕事への重責を思うと給与が低すぎます。

今回の人件費引き上げについて、新人保育士が『どのくらい増えるのかな』と喜んでいましたが、私たちベテラン組は『本当に自分の給料に反映されるの?』という疑いの気持ちしかありません」(都内民間保育園で保育士歴25年の主任保育士・アヤカさん)

アヤカさんがそう感じるのには、苦い経験があった。

コロナ禍で登園する園児が減少した2020年。多くの職員が休業するも、コロナ禍後の保育体制を維持できるように特別措置として、国から認可保育園などへ運営費を通常通り支給していた。だが、勤務者へ休業補償を十分に支払わずに、6割補償や中には無給で休まされ、退職を余儀なくされる者もいた。

副業でキャバクラに勤務し、なんとか食いつなぐような女性保育士も少なくはなかった。

当時を知るベテラン組からすれば、国からのお金が自分の懐に収まるとはとうてい思えないという。では、保育士に支払われるべきお金は一体どこへ消えているのか?

「弾力運用ができてしまう保育士の人件費の出し方に疑問があります」と問題提起するのは、九州の公立保育園で保育士歴21年のコムムさんだ。

弾力運用とは、運営費収入や積立資産などを項目ごとに何%と定めずに柔軟に使途を決められることだ。保育園の場合は主に“委託費”が運営費にあたる。委託費は、市区町村を通じ私立の認可保育園や各事業所に渡るもので、税金に加え、保護者が支払う保育料が原資になっている。

「以前は、人件費は人件費に、管理費は管理費に、事業費は事業費に、と使途制限があったんですが、2000年に民間企業が参入したことで規制緩和があり、委託費の弾力運用が認められました。それにより、保育士の人件費が他に使われているんです」」(コムムさん)

「『人件費が上がる』という報道への怖さもある」

国の想定では、人件費に81%をあててくれると想定している委託費は、実際には社会福祉法人では70.5%、株式会社では51.9%にとどまっている(※東京都の「保育士等キャリアアップ補助金の賃金改善実績報告等に係る集計結果」2017年度実績)。

代わりに、管理費や事業費、関連事業や本部経費などに、幅広く流用されているのが現実だ。今回引き上げられる10.7%の人件費は果たして保育士の手に渡るのだろうか。

「弾力運用できてしまう“委託費”から“人件費”を分離しない限り難しいと思います」と前出のアヤカさんは話す。

「国も民間に頼った弱みか義理からなのか、弾力運用しやすい民間のメリットを残しているようですが、現状では人件費が増額されようと保育士の手元にお金は渡りません。運営側の民間企業の理事やトップが、本部経費などの名目でそのお金を吸い上げてしまいます」(前出・アヤカさん)

では、公立の保育園はどうなのだろうか。

「私のような公立保育園の保育士、地方公務員の給与はラスパイレス指数(地方公務員の一般行政職の給与水準)を基に決められているので、今回の増額分は反映されないと思います。

それでも、過去に勤務した民間の保育園は年収が400万円ほどだったので、今630万円いただけていることを思うと、万が一、きっちり増額分をいただける民間の保育園があったとしてもそれで転職しようなんて思いません。

現在のシステムでは、人件費が増えようと、もらえない保育士がほとんどですから、継続的に国から確実に支払われる地方交付金(公定価格)を上げてほしいのが本音です」(前出・コムムさん)

地方交付金は、公的サービスの格差などをなくすために国から地方公共団体、保育園などへ、4月、6月、9月、11月の年に4回支給される。この金額を増やすことで、保育士の給与アップにつながるのではないか。

 「ただ、あまり語られてはいませんが『人件費が上がる』という報道への怖さもあるんです。額面が大きく上乗せされるわけでもないのに、園長や上から『お給料が上がるんだからもっと頑張らなくちゃ』と言われます。言葉では『頑張ります』と返しますが、内心『これ以上何を頑張れと?』と精神が追い詰められるんです。

実際に受け取れるお給与アップに加え、このようなプレッシャーを与える発言やパワハラがなくならない限り、人手不足は加速する一方です」(前出・アヤカさん)

「あと1人保育士がいれば」

今年11月20日、神奈川県厚木市でパワハラ被害と労働環境の改善を訴え、6名の保育士がストライキを決行した。5年間で(園長4名を含む)29名もの保育士が離職するも、放置してきた運営元の対応に疑問を投げかけたのである。

こうした保育士の大量離職は、全国的に起きている。限られた職員で、子どもの命を預かる現場はすでに極限の状態だ。

「人手が多ければ助かったのでは……とニュースで子どもたちの不慮の事故を見るたびに悲しくなります」と話すのは、関東の民間保育園に15年勤めてきた保育士のサオリさんだ。

「正直、仕事中に『あと1人保育士がいれば』と思った場面はたくさんあります。

加配(通常より多く人を配置すること)が必要だと感じる子もいますが、人手不足で手が回っていません。その余裕のなさが職場の人間関係の悪化、さらには激しい叱責や遊びの不足などの不適切保育へつながっていると感じます。早急に、3歳以降の幼児1クラスにつき2名の保育士を配置してほしいです。

また、休日には自宅へ仕事を持ち帰ることも多く、有休も満足にとれない。各保育園に1人ずつフリーの保育士を配置し、有給休暇をとりやすい体制にすることも必要なのでは」(サオリさん)

配置基準については、今年見直しがなされた。3歳児は従来の20人に1人から、15人に1人保育士を配置するように法律が改められた。また、4、5歳児に対しては30人に1人ではなく、25人に1人保育士がつくよう定められた。

だが、実現するには時間を要しそうだ。

「この15対1、25対1の数字は、あくまで経過措置が可能な改定です。つまり『自治体によっては、集まらなければ前の基準で行なってもいいよ』というもの。私の自治体では、4、5歳児は2030年までに、3歳児は2032年までに配置基準改善を目標にすることを保育課に伝えてきましたが、市長が代わればどうなるかはわかりません。

さらに、私が、以前から早急に見直すべき配置基準として挙げているのは、0歳児3人に対し、保育士1人というもの。

その体制では災害時に全ての子どもを避難させることができません。0歳児は、2人に対して保育士1人を配置し、災害時には全員を救出できるようにしたい。切に願います」(前出・コムムさん)

人件費10.7%の引き上げ。一見するとありがたいことのように思える。

しかし、こうした人件費は現場の保育士の手には満足に行き渡ってこなかったのが現実だ。まずは現場の声に耳を傾け、保育業界を抜本的に改善する策をあらためて講じるべきではなかろうか。

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取材・文/山田千穂    集英社オンライン編集部ニュース班

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