「自分の身体がゴミ箱のような感覚」盗食と過食をやめられない…「クレプトマニア(窃盗症)」の不安にも苛まれる女性の苦悩
「自分の身体がゴミ箱のような感覚」盗食と過食をやめられない…「クレプトマニア(窃盗症)」の不安にも苛まれる女性の苦悩

大きな仕事が終わった後や、我慢を強いられているとき、ストレス解消の「ドカ食い」は経験のある方もいるだろう。満腹感は気分の高揚をもたらしてくれるが、毎日は続けられない。

九州地方に住むAさん(25歳)は、長年過食の問題を抱えており、自分はクレプトマニア(窃盗症)ではないか……という不安もあるのだという。

お金を払うか、それとも盗むか

コンビニでじっとパンを手にしたまま、お金を払うか、それとも盗むかをひたすら逡巡する──学生時代のAさんはそんな経験を何度もしてきた。欲しかったのは過食のための食べ物だ。

「過食をしているときは自分の身体がゴミ箱のようなもので、作業的に食べ物を詰め込む。ゴミ箱に捨てていくだけなんだから、お金を払う意味ないな、みたいな気持ちになっていました」(Aさん、以下同)

元マラソン日本代表・原裕美子さんがクレプトマニア(窃盗症)に悩む記事を目にし、Aさんはその存在を知っていた。依存的に窃盗を繰り返す精神疾患で、摂食障害との関連が深いとされている。一線を越えてしまう怖さを、Aさんも自分の中に感じていた。

「監視カメラがあるので結果的にはやらなかったですけど、もし誰にもバレない保証があったら盗ったかもしれない。逆にこの気持ちが早くバレて、盗らなくてもいい場所、食べなくてもいい安全な場所に行きたい、みたいな気持ちもありました」

十代半ばから過食の傾向はあったが、大学進学時に始めた一人暮らしでエスカレートした。仕送りやアルバイト代は食費に消え、クレジットカードの請求があるたび預金残高がなくなる。荒れた部屋でセルフネグレクト状態になりつつも、家族の目を気にしなくて済むことから一日に何度も食料を買いに出かけた。

「食べないとどうにかなりそうだから、スーパーに行かなくちゃ、コンビニに行かなくちゃという感じで。生活リズムが崩れて授業に出られないし、友達との約束も守れない。

かと思うと、急に部屋を片付け始めて『何でもできる』『学校も行くぞ』という気持ちになることもありました」

気分が上向く時期と重なったこともあり、2~3か月で一気に書き上げた卒業論文は学内で表彰を受ける。大学在学中、Aさんが精神科で受けた診断は「双極Ⅱ型障害」だった。うつ状態をベースに、ごく短期間だけ軽い躁に転じる病気だ。

盗食くり返す子ども時代、過食は「穴を埋める感覚」

幼児期から食欲旺盛だったというAさん。家族はそれを無邪気な子どもらしさだと考え、「大人になったら痩せるから」と鷹揚に構えていた。しかし、小学校入学の頃から様子が変わってくる。

「自分の分だけでは満足できなくて、妹のお菓子を盗んで食べるようになりました。二人の分として買ってもらったのに我慢できずに食べてしまう。家族の目が気になるし、食べることに罪悪感や自己嫌悪を抱くようになりました」

自分の食行動が普通ではないと、はっきり自覚するようになったのは中学2年生のときだ。同じ頃、急に勉強に意欲がなくなり、人目が怖くなった。運動部の顧問が厳しく、体型を指摘されたことも強く記憶に残っている。

「すぐ隣に祖母の家があって、よくお菓子をくれたので食べ物があることを知っていました。勝手に入って冷蔵庫をあさって、調味料まで食べました。

近くに親のやっている自営業の事務所があったんですが、夜中に音を立てないよう裸足で窓から出て行って、盗んだ茶菓子や飲み物を立ったまま外で食べることが週に何度もありました」

最寄りのスーパーやコンビニまで車で10分以上かかる田舎だったため、万引きの機会はなかった。手に取るのは菓子パン、スナック菓子、揚げ物、アイス、ジュースなど味が濃くて高カロリーなもの。皿も箸も使わず、手づかみで口に詰め込む。

「自分でも取り繕えない感じが出てきて、なんでこんな風に隠れて食べているんだろう、何かおかしいと思いました。でもやめられなかった」

Aさんの過食には嘔吐が伴わないため、体重増加以外に見た目の変化はない。また、きっかけとなる特定の出来事があったわけでもない。

「常に胸のあたりがスースーして、穴が開いているみたいな感じで、それをどうにか埋めないと、と思って食べ物を詰め込む。お腹がパンパンになる感覚を“穴が埋まった”と錯覚して、ちょっと安心できる部分もありました。でも食べたら食べたで太るから、罪悪感も一緒についてくる」

過食が改善されたことを「素直に喜べない」

Aさんの不調には、虐待や性暴力やいじめといった明確な誘因はない。性的マイノリティである「クィア」(既存の性の概念に属さない人々の総称)を自認するが、それが直接の原因とも考えていない。ただ、子どもの頃から考え込みやすい性格だった。

「内向的というか、自分の感情や思考をずっと気にしてしまう、自分に矢印が向かってしまう性格。

こうなるように生まれてきたのかな、なるべくしてなったのかな、と思っています」

大学卒業後は実家に戻って就職したが、オーバードーズ(過量服薬)などを経て退職に至った。現在は定期的にカウンセリングに通い、過食も一時期に比べると落ち着いているものの、Aさんはそれを素直に喜べない気持ちでいる。

「心の病気は完治ではなく寛解を目指すと言いますが、結局健康な自分にはなれない。どっちつかずな状態が苦しいです。20代半ばにもなると周りはライフステージが進んでいきますけど、そういう方向に自分は行けないという焦りもあります。それなら、どこまでも落ちちゃえばいい……みたいな」

入院を必要とするような重度の摂食障害や、逮捕を繰り返すクレプトマニアとは、Aさんの様相は異なる。しかしその曖昧さが、かえってAさんの寄る辺なさにつながっている。

「よく目標にされる“低め安定”という言葉は、やっぱり正常や標準よりも低いという意味で、いつ底に落ちるとも限らない。新しい方向に進める状態ではありません。一人暮らしの部屋でスーパーのご飯を貪っていた最悪の状態の自分は、幸せではなかったけど、そこに居場所を見出していた部分もあったので……あんなに辛かったのに戻りたいという気持ちもどこかにあるんです」

ときに考え込み、慎重に思考をたどりながらAさんは複雑な気持ちを語ってくれた。その言葉には、ギリギリのところで踏みとどまっているような危うさが感じられる。生来の繊細さや思慮深さが、状況を好転させる方向に働くことを願わずにはいられない。

取材・文/尾形さやか

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