「『シャングリラ』は暗い曲のつもりで書いた」元チャットモンチーの作詞家・高橋久美子が語る「言葉とビート」の奥深さ
「『シャングリラ』は暗い曲のつもりで書いた」元チャットモンチーの作詞家・高橋久美子が語る「言葉とビート」の奥深さ

人気ロックバンド「チャットモンチー」の元ドラマーであり、「シャングリラ」「風吹けば恋」などの数々のヒット曲の作詞も手がけた高橋久美子氏(高橋氏は2011年に脱退)。現在は詩やエッセイ、小説、絵本の執筆をはじめ、さまざまなアーティストへの歌詞提供など、多岐にわたる創作活動を続けている。

今年初めに、「音」と「言葉」の関係を紐解く最新刊『いい音がする文章』(ダイヤモンド社)を上梓。誰もが発信者になれる時代に、「自分らしい文章」を書くにはどうすればよいのか。自身の作詞活動を振り返りながら、話を聞いた。 

「言葉は、自分の想像のうえで覚えていくもの」

――今年上梓された新刊『いい音がする文章』は、これまで手がけてこられたエッセイや小説とは異なり、文章の書き方や魅力そのものに焦点を当てた1冊ですね。執筆を振り返って、いかがですか?

高橋久美子(以下、同) まず、私は言語学者ではありませんし、音楽について何でも知っているわけでもありません。だからこそ、最初は「私が書いて大丈夫なのかな?」という不安がありました。

でも、書き進めるうちに、どんどん面白さを感じるようになっていって。自分が作詞家としてこれまで当たり前だと思ってやってきたことの“裏付け”というか、人生を振り返る意味でも意義のあることだと感じました。

――そもそも、高橋さんはなぜ“作詞”という行為に興味を持ったのでしょうか?

私は最初、歌詞ではなく「詩作」から始めたんです。中学生のとき、授業で詩を書く機会があったのですが、その先生が一風変わった方で。授業の前に、小さく切った藁半紙を配りながら、「今日のお題は『光』です」と生徒に3分間で詩を書かせる時間があったんです。それが、詩というものを作り始めたきっかけでした。

その先生は子どもたちのイマジネーションを大切にする方で、「もう二百字帳は捨てちゃおう!」なんて、よく言っていたんですよ(笑)。

それまでは、宿題で毎日二百字帳に漢字を書き並べるようなことが多かったのですが、その先生は「言葉は、自分の想像のうえで覚えていくものだ」と教えてくれました。詩の魅力に惹かれたのは、間違いなくその先生のおかげです。

――そこから、詩作にのめり込んでいったんですね。

いえ、当時は中学・高校と吹奏楽部に入っていたので、どちらかといえば音楽にのめり込んでいましたね。ただ、クラスに「友だち」と呼べる子があまりいなくて。昼休みにやることもなく、二百字帳に何か書くか、詩を書くかのどちらかをしていました。

あとは、授業で習った谷川俊太郎さんなどの詩人の本を図書館で借りて、読んで過ごすことが多かったです。今ならスマートフォンでなんとなく時間を潰せると思いますが、当時はなかったので……(笑)。

「シャングリラ」は「暗い曲のつもりで書いたんです」 

――チャットモンチー在籍時には、「シャングリラ」など数々のヒット曲の作詞を担当されました。改めて、自分が書いた歌詞に曲がつけられていくのは、どのような感覚なのでしょうか?

チャットモンチーを始める前から、オリジナルバンドを組んでライブハウスに出入りしていて。その頃から自分で作詞をしていて、書いた詩に曲がつくこと自体はとてもうれしいことでした。それまでは、書いた歌詞を自分の中の引き出しにしまっておくだけだったのに、そこに音が乗って、誰かに届けられる。それが純粋にうれしかったですね。

同時に、不思議な感覚もありました。音楽における歌詞は、言葉だけのときとは違い、感情のようなものが上乗せされる。たとえば、自分ではじっとりとした詩を書いたつもりなのに、曲がつくことで思いがけず明るい印象になったり、悲しい雰囲気に仕上がったりします。

チャットモンチー時代にも、そうした経験がありました。たとえば「シャングリラ」は、歌詞を読めば理解してもらえると思うのですが、もともとすごく暗い曲のつもりで書いたんです。でも、完成した曲はとてもポップな仕上がりになった。そうした経験を通じて、「楽曲と歌詞は、ぴったり一致していないほうがクールかもしれない」と思うようになりましたね。

――ご自身のバンドで作詞されていたときと比べて、他のアーティストへ歌詞を“提供”する際に、意識していることはありますか?

いくつかありますが、やはり「等身大ではない」という点が大きいですね。歌い手が10代の方もいれば、50~60代の方もいる。たとえばチャットモンチーでは、ボーカルのえっちゃん(橋本絵莉子)の人となりをよく知っていたので、完全にイコールとはいかなくても、自分の声に近い感覚で書くことができました。

でも、ももいろクローバーZや私立恵比寿中学に提供する際は、そうはいきません。誰が歌うのか、どんなファン層の方々が聴くのか――そこはやはり意識して書くようにしていますね。

ただ、ファンの方々が好みそうなものをそのまま書くのではなく、いい意味で裏切るような歌詞にすることもあります。

――高橋さんは小説集なども執筆されていますが、それらを書く際と作詞では異なる視点があるのですね。

まさに今回の本のテーマにもつながりますが、小説とは違って、歌詞では「論理」よりも「言葉の響き」や「リズム」のほうが重要になることがあるんです。多少辻褄が合わなくても、そこから生まれる違和感が逆に面白くなることもある。言葉が音楽と重なったときに、リスナーの中でどう“弾ける”のか――そのコンビネーションを一番意識していますね。

尊敬するスピッツからの影響「語り出すとキリがなくて……」 

――書籍内で、スピッツについて「語り始めたら終わらない」と書かれていました。具体的に、どのような部分に感銘を受け、ご自身に影響を与えたのでしょうか?

本当に語り出すとキリがないのですが、わかりやすい部分で言うと、単語と単語の組み合わせですね。スピッツの歌詞には、それまで誰もつなげなかったような言葉の組み合わせが、さりげなく散りばめられています。

たとえば「空も飛べるはず」に出てくる《ゴミできらめく世界》というフレーズ。「ゴミ」という言葉は一般的にネガティブなものですが、そこに「きらめく」と相反する表現を続けることで、独特の美しさが生まれていますよね。また、「スピカ」の《幸せは途切れながらも 続くのです》という歌詞も、「幸せ」という言葉のすぐ後に「途切れる」を持ってくるのがすごく新鮮で、普通はなかなか思いつかない組み合わせだと思います。

これまで歌詞の世界では、「綺麗なものは綺麗なもの、汚いものは汚いもの」と分けて描かれることが多かった気がします。でも、スピッツの歌詞では、綺麗なものとそうでないものがいつも隣り合わせになっていて、その世界観に、すごく感銘を受けましたね。

――作詞をするうえで、ターニングポイントとなった歌詞や出来事はありますか?

歌詞そのものではないのですが、原田知世さんと伊藤ゴローさんと一緒に楽曲制作をした経験は、自分にとって大きな出来事のひとつです。

お二人とは、歌詞も含めて3人でセッションしながら作ることがあり、スタジオに入って、原田さんが実際に私の書いた歌詞を歌ってみて「しっくりこない」と感じたら、その場で書き換えたり、伊藤さんが楽曲自体を少し変えたりすることもあって。

これまでも歌録りに参加することはあったのですが、作詞家がプリプロ(リハーサルを含めた準備演奏)の段階から関わるというのは、自分にとって新鮮でした。「作詞もこういう形で作品に入り込んでいいのか!」と、すごく勉強になりましたね。

デジタルネイティブ世代は表現が上手い?

――近年音楽プラットフォームが変化する中で、若い世代のアーティストの歌詞に対してはどのような印象をお持ちですか?

書籍の中でも触れましたが、たとえば優里さんの「ドライフラワー」。普通、ドライフラワーというと「永遠」の象徴として捉えられがちですが、この曲では「いつかは色褪せる」と表現されているんですよね。それを聴いたとき、「素晴らしいな」と思いました。

もちろん何に影響を受けているかは人それぞれですが、デジタルネイティブと言われる世代は、すでに「表現すること」に慣れているのかなと感じます。

――SNSの発展もあり、「バズる文章」を作るのが上手ということでしょうか?

それもあるかもしれませんね。ただ、それだけではなく、自分自身の体験がそこに加わっていないと、「ドライフラワー」のような歌詞は生まれないと思います。

 ――チャットツールやメールでのやりとりが一般的になったことで、文章で自分らしさを表現することが難しくなっているのかなと思います。書籍の主題にもなっていますが、「自分らしい文章」とは、どのようなものを指すと思われますか?

「普段、自分が喋っている感覚に近い“ビート”で書く」ということなのかなと思います。ビジネスシーンでは、どうしても自分のありのままを出してメールや文書を書くのは難しいですが、プライベートな文章では、なるべく普段の話し言葉に近い感覚で書くと、自分らしさのある素敵な文章になるのではないかなと。

そういう意味で、今だとスマートフォンの「予測変換機能」によって、自分の言葉のビートが乗っ取られてしまうこともありますよ。たとえば「さすがです!」と送りたいだけなのに、普段使わない「流石です!」と何気なく予測変換で漢字にしてしまう。無意識のうちに、自分のリズムや言葉の選び方が影響されてしまい、文章が自分のものではなくなってしまったり。だからこそ、できるだけ自分のビートを意識しながら、言葉を選ぶことが大切なのかなと思います。

――最後に、『いい音がする文章』を書き下ろすことで、ご自身の中で新しい気づきありましたか?

たくさんありましたね。これまでも「歌詞はビートに近いものがあるな」と何となく感じていたのですが、書きながら見つめ直すことで、それが確信に変わった気がします。

「言葉が好き」ということと「リズムが好き」ということは、まったく同じとは言えないかもしれませんが、どちらも自分にとって同じくらい好きなもの。これからも、今までどおり大切にしていきたいですね。

いい音がする文章 あなたの感性が爆発する書き方

高橋久美子
「『シャングリラ』は暗い曲のつもりで書いた」元チャットモンチーの作詞家・高橋久美子が語る「言葉とビート」の奥深さ
いい音がする文章 あなたの感性が爆発する書き方
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