
多くの人を悩ませる肩こり。だが、肩こりの原因にはなにか病気が隠れていることがある。
肩専門の整形外科医が世界中の論文をひもとき、年間手術数400超の臨床感とともに導いた新しい肩こりの本『じゃないほうの肩こり』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成して気をつけたい症状を説明する。
意外なつながり、肩こりと「アゴの痛みや口の開けにくさ」
一般的には、まだあまり注目されていないかもしれませんが、整形外科医療に携わる人の間で、さまざまな不調や病気と関係しているのではないかと懸念されているのが「アゴ・歯の問題」です。
なかでも患者さんは自覚していない「ブラキシズム」が心身に影響しているのではないかと考えられることは増えていて、私が「肩の問題」で患者さんを診察するときにも、「ブラキシズム」の悪影響を考える場面は増えています。
ブラキシズムとは耳慣れない言葉かもしれませんが、上下の歯を嚙みしめている「食いしばり」と、下顎の運動を伴う「歯ぎしり」のことです。
本来なら、上下の歯は食事や会話など必要なとき以外、接触していないもの。しかし脳の興奮やストレスなど、多くの原因の影響でアゴの筋肉(咀嚼筋)がほぼ無意識に動き、「食いしばり」「歯ぎしり」をしている人が増えているのです。
ここで言う「食いしばり」は奥歯をぐっと嚙み締めているとは限らず、上下の歯が弱い力で接触しているような場合も含みます。
病的かどうかの目安は?
そのような無意識のブラキシズムは睡眠中に限らず、覚醒時、つまり日中にも増えていて、寝ているときに現れるのを「睡眠時ブラキシズム」、起きているときに現れるのを「覚醒時ブラキシズム」と呼びます。
睡眠時ブラキシズムは、そのほとんどが覚醒前、脳がはたらき始め、全身の緊張を促す交感神経の活動が活発になっていく過程で起こるとされます。
つまり、脳からの指令で、誰にでもある程度は起きること。ですから病的でない場合、健康に影響はほとんどありません。
ただし病的なケースでは、背景に胃酸の逆流や睡眠時無呼吸症候群などの病気があったり、過度なストレスや、飲酒・喫煙の影響もあると考えられています。
病的かどうかの目安は、起きたときに「歯が痛い」「口が開かない」「歯に圧迫感」「歯が浮く」といった不快な症状を感じるか。
また、病的なブラキシズムでは歯や、歯の治療で被せたセラミックやインプラントの破損も起こり、そうした口腔環境の悪化が歯周病を悪化させる原因になることもあるとされます。
一方、覚醒時ブラキシズムのなかで特に問題視されているのは、緊張、不安、ストレスを感じるなど交感神経優位の状況下で、アゴの筋肉が収縮してアゴが閉じ、上下の歯が弱い力で接触し続ける「上下歯列接触癖〈TCH〉」になっているケースです。
現段階では仮説ながら、たとえ力は弱くても、歯や歯茎に長時間、力がかかり続けることから歯周病など歯のトラブルが「治りにくい」状態が続くと指摘されます。
また、歯の根の周囲の血流が悪くなったり、神経が刺激され続けたりすることから、嚙み合わせや顎関節症などのトラブルにつながるとも考えられています。
「上下歯列接触癖〈TCH〉」の原因としては姿勢の影響も指摘されていて、パソコンやスマートフォンの操作で、長時間、うつむきがちでいることから起こりやすくなるとされています。
さらに、嚙む力が加わらなくても、上下の歯が接触することでアゴの筋肉が緊張し、いっそう歯を押し付け合うようになる、アゴの筋肉の反射的な収縮が起こる可能性も指摘されています。
世界で見れば「4人に1人」が何らかのブラキシズム
「5分間意識的に上下の歯の隙間を維持する」「5分間意識的に上下の歯を接触し続けてみる」この両方を試してみて、どちらの方が楽に感じられたかが目安となります。
このうち、「上下の歯が接触している方が楽に感じられた」という方は、TCHが疑われます。
「上下歯列接触癖〈TCH〉」を放置していると、首や肩などの筋肉の過緊張や血流悪化、呼吸の低下といった不調につながる可能性は否めません。
2024年の国際的な系統レビュー研究(Zieliǹskiら)では、世界全体の総合的なブラキシズム有病率は約22・2%と推計されました。内訳を見ると、睡眠時ブラキシズムが約21%、覚醒時ブラキシズムが約23%であり、およそ4人に1人が何らかの覚醒時ブラキシズムを経験している計算になります(*1)。
また別に、ブラキシズム、顎関節症、頸椎障害との関連を調べた研究では、ブラキシズムと首の問題(肩こり)との関連性が示されています(*2)。この研究では、顎関節症は、いずれ頭や首の痛み、首の運動障害などを起こす可能性がある「予測因子」であるとも報告されています。
日本で同程度の人にブラキシズムがあるとは言えませんが、似たような現代生活をしているのですから、日本人だけ極端に少ないとも考えにくいです。つらい肩こりがあるなら、ブラキシズムが原因の1つかもしれないとも考えてみましょう。
少し意識的になったり、家族に協力してもらったりすれば、ブラキシズムが習慣になっているかどうかは見当をつけることができます。可能性がある場合は、ブラキシズムの治療ができる歯科を受診し、治療について相談してみましょう。
参照
(*1)Zieli3ński, G., Paj3ąk, A. & Wójcicki, M. Global prevalence of sleep bruxism and awake bruxism in pediatric and adult populations: A systematic review and meta-analysis. J. Clin. Med. 13, 4259 (2024).
(*2)Piekartz, H. von, Rösner, C., Batz, A., Hall, T. & Ballenberger, N. Bruxism, temporomandibular dysfunction and cervical impairments in females - Results from an observational study. Musculoskelet Sci Pract 45, 102073 (2020)
写真/shutterstock
じゃないほうの肩こり
歌島大輔
一般的な肩こりの原因とされる
「悪姿勢」「体型」「運動不足」……じゃない、
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内臓疾患や病気によって起こる肩こり
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もある!
肩専門の整形外科医が世界中の論文をひもとき、
年間手術数400超の臨床感とともに導いた
新しい肩こりの本。
「肩こりで病院なんて大げさ」と
思っている人は読んでください。
肩こりとは、
いわば、あらゆる健康トラブルの一部にあらわれる現象と言えます。
肩こりに気づいたなら、
この「じゃないほう肩こり」の可能性を「つぶして」から
セルフケアに臨むのが正しいのです。
肩専門の整形外科医が世界中の論文をひもとき、
年間手術数400超の臨床感とともに導いた、
新しい肩こりの本。肩こりをきっかけに、健康へと舵を切る1冊です。
【目次より】
姿勢や運動不足じゃないほうの原因はこんなにあった!
うつ病
睡眠障害
糖尿病(糖尿病予備軍)
脂質異常症(脂質異常症予備軍)
アゴ・歯の問題(食いしばり)
アレルギー疾患
眼精疲労
更年期障害
頭痛
胃弱・胃腸障害
狭心症・心筋梗塞
大動脈解離
がんなどの悪性腫瘍
帯状疱疹
椎骨動脈解離(脳梗塞)
第1章 “じゃないほう”の肩こり第1群 身近なトラブルが原因の肩こり
第2章 “じゃないほう”の肩こり第2群 見逃しNG! 緊急度の高い疾患が原因の肩こり
第3章 “じゃないほう”の肩こり第3群 紛らわしい!首肩トラブルが原因の肩こり
第4章 関節クイーン「肩関節」をまもろう
第5章 究極のシンプルさ! エビデンスに基づく肩関節セルフケア