「最も消滅する危険が高い」ランクの自治体も…韓国では1億ウォンの子育て支援策を実施しても若い世代に響かず、人口減に歯止めが効かない理由
「最も消滅する危険が高い」ランクの自治体も…韓国では1億ウォンの子育て支援策を実施しても若い世代に響かず、人口減に歯止めが効かない理由

日本以上の速度で少子高齢化が進む韓国。それにともない、「異常な受験競争」などさまざまな問題に直面しているが、政府は子育て支援の拡充を早急に進めている。

なかには1億ウォンをかけて取り組む自治体もあるというが、そもそも韓国の少子化の問題点とは何か。

『縮む韓国 苦悩のゆくえ 超少子高齢化、移民、一極集中』より一部抜粋・再構成してお届けする。

人口3割減へ 1億ウォンの子育て支援の自治体も

韓国南西部の中心都市で、約145万人が暮らす光州市。高層マンションが立ち並ぶ住宅街の一角にある高齢者施設は、もともと子どもたちの声にあふれた幼稚園だった。急速な少子化で園児がみるみる減り、閉園から改装を経て、2022年から高齢者施設へ「業態転換」した。

施設内には、幼稚園時代に園児たちが使っていた太鼓やおもちゃなどがそのまま残されている。それらはいま、施設に通ってくる高齢者らの活動に使われている。

こうした状況は幼稚園に限らない。韓国保健福祉省によると、ここ数年は全国で保育園の数が毎年、約2千カ所ずつ減っている。韓国教育開発院によると、全国の小中高校の児童・生徒数は24年で約513万人。これが2年後には約483万人に、5年後には約427万人に減る見込みという。首都のソウルでも廃校する小学校が出ているほどだ。

こうした状況にどう対応していくかは、韓国の政府や自治体にとって最優先とも言うべき課題になっている。



いくつもの紙コップを積み重ね、崩し、また積み重ねていく。10人ほどの子どもたちが、遊びに夢中になっていた。笑い声と歓声が途切れることがない。

ここは、韓国南東部の慶尚北道・義城郡。小学校の近くに「共同育児分かち合い」と記された施設があった。郡内に住む共働きなどの世帯が夕方6時まで小学生の子どもを預けられるように、その名の通り、住民と子育てを「分かち合う」ために郡がつくったものだ。

2019年以降、3カ所まで増えており、定員は計50人。利用料はかからない。

24年春から小学校6年生と3年生になる娘2人を育てている母親の白殷正さん(42)に、記者は話を聞いた。以前は車で1時間ほどの大都市・大邱で暮らしていたが、義城に戻って農業を営んでいる。「作業が終わる夕方まで、子どもを見てもらえて助かります」

大邱にいたころは、長女の塾代だけで、毎月70万ウォン(約8万円)ほどかかっていた。美術、テコンドー、そして勉強。
「友達がみんな通っていて、うちだけ行かせないわけにも……」。当時のそんな心境を振り返った。韓国では都市部を中心に教育費の負担の大きさが少子化の大きな要因になっているが、義城の施設では、絵を描いたりスポーツに取り組んだりといったプログラムもすべて無料だ。

学歴社会の韓国で、自身の子どもが塾も少ない地方で育つことに不安がないわけではない。とはいえ、「子どもたちが生活を気に入って、よく笑うんですよ」とも白さんは話してくれた。

「最も消滅する危険が高い」に区分する自治体の支援策

郡はなぜこうした施設を設けたのだろうか。

義城郡は、約5万人が暮らすのどかな農村地域だ。だが1960年代半ばに20万人を超えていた人口は、産業化とともに流出が続き、今や4分の1以下にまで減った。高齢化率も45%ほどに達し、韓国で「最も消滅する危険が高い」というランクに区分される自治体の一つになっている。

郡のトップである金周秀郡守がインタビューに応じた。

金郡守は「地域が活性化し、未来に向けて発展していくためには若い世代を呼び込み、流出を防ぐことが重要です」と危機感を率直に語った。郡は起業支援や公共住宅の建設など、若い世代の移住誘致に積極的なことで知られる。国などの補助も活用して、出産や子育てへの支援策の充実も図っている。

出生率は22年に1・46で、全国でも4位と高かった。

出産や育児を支える「出産統合支援センター」にも取材に向かった。

まだ真新しいこのセンターは19年に開設しており、ベビーカーやおもちゃの貸し出し、育児相談なども行っている。

案内された2階の部屋に入ると、貸し出し用の育児用品でびっしり埋まっていた。担当者によると、おもちゃは毎年、親の希望を聞き取って購入している。貸し出しも無料だ。「子育て支援を充実させることは、若い世代に移り住みたいと思ってもらう環境づくりにつながります。仕事や住居も含めた総合的な支援が重要になります」と金郡守。

「子育て支援」の充実はいま、韓国の自治体が競う施策の一つだ。ソウル近郊の仁川市が23年末に打ち出した、「1億ウォン(約1100万円)」の子育て支援策も話題を呼んだ。仁川市は韓国の「空の玄関口」となる国際空港を抱え、人口は約300万人に達する都市だ。ただ、出生率は23年に0.69で全国平均を下回っている。

「仁川型の政策大転換の始まり」などと称した支援策は、市内で生まれた子どもは市内で暮らす限り、18歳まで計1億ウォンを支給するという内容だった。

これまでの児童手当や保育料支援などに加えて、教育費がかさむ8歳以降も市が独自に1980万ウォンの手当を上乗せするなどしたものだ。

1億ウォン、というわかりやすく、少なくない額で、インパクトもある。だが、子ども1人を育てるのに実際はその数倍かかる、とも言われる現状をふまえれば、それだけで子どもを産もうと思うだろうか。そんな疑問を、市庁で取材に応じてくれた柴賢晶・女性家族局長に問うてみた。

柴さんはうなずき、こう続けた。

「結婚しない若い世代には、子どもを産んだらお金がたくさんかかる、自分の給料ではだめだ、という認識が刻まれています。(そうした認識を)少しでも解消しつつ、子育てを自治体が責任を持って支える、という姿勢を肌で感じてもらうようにしたいんです」

加えて、より根本的な「構造」に対する取り組みが重要とも柴さんは強調した。支援額を増やすだけで終わりということではなく、若い世代向けの住宅の供給や雇用対策なども力を入れる方針だという。ただ、簡単ではない。

韓国の総人口と年齢の割合の劇的な変化

韓国では少子化が大きな社会的課題であるとの認識が強まった00年代以降、政府が繰り返し総合的な少子化対策の基本計画をつくり、保育所を増やし、無償保育や育児休業制度を拡充する、といった取り組みを進めてきた。

ある自治体の担当者は「少子化で先行した日本の政策も参考にしていますが、おおむね取り組みは似ている印象です」と話す。打ち出の小づちのような政策はないわけだが、取り組みに力を入れる背景には、進む少子化を食い止めたいという強い危機感がある。



23年12月に韓国統計庁が発表した72年まで50年間の人口推計は、少子化が今後の韓国社会をどれだけ変容させるかを改めて示す内容だった。

推計によると、22年に5167万人だった全人口は72年には3622万人に減るという。経済活動の主な担い手となる15~64歳の割合は71.1%から45.8%に減る一方、65歳以上の高齢者人口は17.4%から47.7%に急増する。

「現在の韓国のように人口構成がこれだけ急激に変われば、社会が耐えられません。人口減少が仮に避けられないとしても、その速度を緩和するためにも少子化対策は必要です」

記者が数年前にインタビューで聞いた、韓国の専門家の見方だ。

韓国では24年4月に予定された総選挙に向けても、与野の2大政党が仕事と子育ての両立支援や結婚・出産時の金銭的な支援の強化など、少子化対策を主要公約に打ち出した。

尹錫悦大統領も、24年2月に行った韓国KBSテレビのインタビューで、少子化対策が「最優先の国政課題」と強調した。

ただ、韓国の対策はこれまで主に子育て世帯の支援が中心だった。結婚や出産に踏み切れない、あるいは考えない若い世代が多い、という中では効果が限られるとの指摘は少なくない。

取材・文/朝日新聞取材班 写真/shutterstock

『縮む韓国 苦悩のゆくえ 超少子高齢化、移民、一極集中』(朝日新聞出版)

朝日新聞取材班
「最も消滅する危険が高い」ランクの自治体も…韓国では1億ウォンの子育て支援策を実施しても若い世代に響かず、人口減に歯止めが効かない理由
『縮む韓国 苦悩のゆくえ 超少子高齢化、移民、一極集中』(朝日新聞出版)
2025年5月13日990円(税込)256ページISBN: 978-4022953179日本以上の速度で少子高齢化が進む韓国。「異常な受験競争」「貧困に陥る高齢者」「移民による混乱」「首都圏の超一極集中」など様々な問題に直面している。これは日本にとって対岸の火事ではない。
朝日新聞取材班による渾身のルポ。
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