​​タイ国内に10000店舗以上ある「大麻販売店」では再規制で何が起きている?  日本人オーナーは「街の空気としては、まだ自由な雰囲気が残っていると思う」
​​タイ国内に10000店舗以上ある「大麻販売店」では再規制で何が起きている? 日本人オーナーは「街の空気としては、まだ自由な雰囲気が残っていると思う」

​​2022年6月に大麻が“解禁”されて以降、タイ国内には10000店舗以上の合法的なディスペンサリー(大麻販売店)がひしめいていると言われる。ところが、タイ政府は2025年に「大麻を購入する際に医師の処方箋の提出を新たに義務づける」という規制強化を実施。

 

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​これでバンコクの「大麻市場」はどう変わるのか。バンコク在住の日本人ライターによる、現地ルポをお届けする。〈前後編の後編〉​ 

​​バンコクの「大麻カルチャー」中心地​ 

​​タイ・バンコク、カオサン通り。古くから“バックパッカーの聖地”として知られるこのエリアが今、大きく揺れている。

2022年の大麻“解禁”以降、観光客向けディスペンサリーが次々と開業し、タイは「アジア唯一の合法国」として急速に大麻カルチャーを拡大させた。しかし、2025年6月、政府が打ち出した再規制の方針により、現場には動揺と慎重な空気が広がっているのだ。​

​​この再規制の柱は、「大麻の使用と販売は医療目的に限定し、購入には医師の診断と処方箋を必須とする」というもの。加えて、エディブル(食用大麻製品)の販売禁止、SNSを通じた宣伝活動の制限といったルールも併せて発表され、急成長している大麻業界に大きな影響を与えている。

​実際に、バンコク市内には500バーツ(約2300円)程度で診断と処方箋を提供しているクリニックも存在する。​

​​筆者はバンコクのカオサン通りにある日本人運営のディスペンサリー「ピーチパンティーズ(Peach Panties)」を訪ね、マネージャーのKen氏に話を聞いた。2022年の解禁当初から現場に立つ彼の目に、再規制を前にした業界の“今”はどう映っているのか。​

​​今も路上喫煙が当たり前? “通常運転”の現場​ 

​​「カオサンの空気は、やっぱりちょっとザワついてますね」(Ken氏、以下同)​

​​再規制が発表された直後、同業者同士で情報を交換し合い、当局の動向や今後の方針について話し合う光景が日常になった。スクンビットやシーロムといった他のエリアでは、すでに処方箋がなければ大麻を購入できない店が登場し、店舗内での喫煙も規制され始めている。​

​​一方、カオサンは喫煙については比較的緩く、今も路上喫煙が当たり前のように行なわれており、筆者も“通常運転”の空気感に拍子抜けしたのが正直なところだ。

​​規制の運用には、地域ごとの“温度差”が浮き彫りになっている。​

​​「正直、カオサンはまだ緩いです。もちろんそれがいつまで続くかわかりませんけど、街の空気としては、まだ自由な雰囲気が残っていると思います」

​​「今日は立ち入り検査が来るらしい」​​同業者たちの対応と協力​ 

​​ディスペンサリー同士の横のつながりは強い。Ken氏によれば「今日は当局の立ち入り検査が来るらしい」といった情報は、同業者間で共有されており、その対応について相談し合うこともあるという。​

​​「競争相手っていうより、同じ事業者同士で守り合ってる感じですね。特にカオサンは、助け合いの空気が強いと思います」​

​​他店の動向を見て販売方針を調整する場面もある。特にエディブルの販売停止については、業界全体が慎重になりつつあり、Ken氏も「他店がやめたからうちも」と足並みを揃えた。​

​​処方箋が“チケット化”する未来​ 

​​今回の規制強化により、店舗での購入には医師の診断と処方箋が必要になる。その影響で、ディスペンサリー側も新たな対応を迫られている。医師との提携や、オンライン診断による処方箋発行などが、現実的な選択肢として業界内で検討され始めたのだ。​

​​「すでに、近隣クリニックと連携した販売形態や、店内での診断体制をどう整えるかは検討しています。オンライン診断も選択肢のひとつです」​

​​業界全体で模索が続くなか、現場は試行錯誤の真っただ中にある。処方箋制度が本格的に導入されれば、従来の“店頭で誰でも買える”状況は終了し、“診断を受けたうえで購入可能”に変わる。​

ただ、Ken氏は「500バーツ程度の診断料なら、観光客にとっては“ワンタイムチケット”感覚で受け入れられるのでは」と語る。

これは実際にバンコク市内のクリニックで導入され始めている料金体系に基づく見方である。​

さらに、現行の規制案では、一度発行された処方箋は30日間有効で、期間中は1日1グラムまでの大麻が処方される。つまり、診断書を手にすれば観光客でも一定期間は自由に購入ができてしまうのだ。​

​​「逆に言えば、規制が進んでも、それが“手間”にはならないかもしれない。500バーツを払うだけで処方箋が簡単に取れるなら、現場の仕組みが変わるだけで、需要自体は大きくは減らないと思います」​

​​一方で、提供側には新たなコストと体制整備が求められることになり、ここで事業者間の明暗が分かれる可能性がある。​

​​大麻販売店の​​生き残り戦略​ 

​​再規制の影響で、売上に陰りが見え始めたディスペンサリー業界。そのなかでKen氏は「なんとか戦えてます」と語るものの、「現状維持は長くは続かないかもしれない」と懸念を抱いている。​

​​「チームでは、すでにグッズ販売やEC展開も含めた“Bプラン”の話し合いを始めています」​

​​ブランド力を活かした多角化──これがKen氏らが考える生き残りの道だ。今後、ディスペンサリーは淘汰が進み、「ただ販売するだけ」の店は消えていくかもしれない。​ 

​​大麻カルチャーの行方​ 

​​規制強化の波は、カルチャーそのものを根絶やしにはしない。個人使用や家庭栽培が許されている限り、ローカルなコミュニティは地下で生き続けるだろう。Ken氏は語る。​

​​「厳しくなるのはあくまで“事業者”だけ。

地元の若者が自分たちで育てて楽しむ流れは、むしろこれからも続くと思うんです」​

​​外国人事業者とローカルコミュニティ──この二極化が、今後の大麻カルチャーの姿かもしれない。​​​

                                                               ※

​​新しいカルチャーには、常に社会的な背景や法的リスクが伴う──Ken氏の言葉は、利用者自身の慎重な判断と、事業者との健全なコミュニケーションの重要性を改めて問いかけている。​

​​現場で語られる“大麻再規制”最前線のリアル。その向こうにあるのは、制度とビジネス、そしてカルチャーがせめぎ合う、変わりゆくタイの今だった。​

#1 はこちら

※なお日本では大麻の所持および使用は禁止となっている。詳しくは外務省ホームぺージ「タイの大麻に関する規制緩和(注意喚起)」を参照。

​​取材・文・写真/伊藤良二​

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