なぜアップルの店頭では自由に製品を触れるのか…所有体験させることで消費者の愛着度を高める心理的魔法
なぜアップルの店頭では自由に製品を触れるのか…所有体験させることで消費者の愛着度を高める心理的魔法

ある製品を人をたちまち夢中にさせるものにするにはどうすればいいか。Uber、アップル、Amazon、Nike、TikTok、コカ・コーラなど世界を創り変えてきた覇者達からマーケティングを任されるイギリスの起業家、スティーブン・バートレット氏は「まずは手に取ってもらうこと」と言う。

バートレット氏が直接体得した仕事と人生に効く33の重要原則をまとめた『執行長日記  THE DIARY OF A CEO』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けする。

甥と姪のプレゼントを入れ違えて渡したら

「だめ、スティーブンおじさん、これはあたしの!」。姪が目に涙をためて叫んだ。いまあげたばかりのクリスマスプレゼントを返してほしいと、恐る恐る頼んだのだ。

姪や甥も含めて、家族全員へのプレゼントを大急ぎで包んだせいで、私は宛名のラベルを貼り忘れるというミスを犯した。おかげで、うっかり姪にバズ・ライトイヤーのフィギュアをプレゼントしてしまった。甥の一番のお気に入りのキャラクターだ。そして甥は、姪の大好きなエルサの人形の包みを開けようとしている……。

部屋がしんと静まり返り、私はどうにかしなければならないと言葉を探した。姪はバズ・ライトイヤーを胸に抱きしめ、意地でも渡すものかという顔で目を細める。「だけど……でも……」。私は口ごもった。「ちょっとした手違いがあって……バズは弟にあげるつもりだったんだ」

張りつめた空気のなか、姪の視線が私と大事なおもちゃのあいだを行ったり来たりする。

甥は緊迫した状況に気づき、包みを開ける手を止めて、何が起きているのか見ようと首を伸ばした。

私は負けを認めた。

「わかったよ。それはきみのものだ」。てこでも動こうとしない、涙ぐんだ3歳の女の子と交渉する覚悟はなかった。そんなことをしても無駄だ。

驚いたことに、包みを開けて真新しいエルサの人形を手にした甥も、どうやら満足している様子だった。嫌がる素振りも見せず、交換しようともせず、姉がぴかぴかのバズ・ライトイヤーのフィギュアを抱きしめるのと同じように、人形を大事に抱えこんでいる。2人とも、自分がもらったものが気に入ったのだ。とはいえ、もしおもちゃ屋さんに連れていったら、姪はエルサを、甥はバズ・ライトイヤーを選んだにちがいない。

ただ所有していると言う理由で高く評価してしまう

このクリスマスの失敗から、私は「授かり効果」という行動心理学の現象を身をもって学んだ。授かり効果とは、その物の客観的な価値に関係なく、ただ所有しているという理由で高く評価してしまう認知バイアスだ。

言い換えれば、人は自分が所有する物に対して、所有していない類似の物よりも執着する傾向がある。

じつは、これはブランドがつねに仕掛けている強力な心理トリックだ。

アップルも例外ではない。どの店舗もオープン・ディスプレイで、自由に製品に触れられるので、客はインタラクティブな体験ができる。

また、フロアに展示されているデバイスはすべて電源が入った状態で、アプリがインストールされ、インターネットに接続されている。

画面はできるだけ多くの客に操作してもらえるように、どれも同じ角度で固定されている。スタッフは厳しいトレーニングを受けており、強引に購入を勧めたり(インセンティブ制度はない)、退店を促したりすることもないため、客は好きなだけ製品を試すことができる。

製品の使い方を教えるトレーニングプログラム「ワン・トゥー・ワン」の目的は、ユーザーが自分で解決策を見つけられるようにすることで、スタッフが許可なくコンピュータに触れることはない。

単純接触効果と授かり効果で評価が高くなる

そう聞くと、単なる親切で礼儀正しい対応だと思うかもしれないが、じつは計算し尽くされている。アップルは潜在意識に働きかける2つの強力な呪文をかけているのだ。

まずは単純接触効果。製品に触れる機会を増やすことで消費者の愛着度を高める心理作用だ。そして授かり効果。消費者に製品を占有させることで知覚価値を高める。

簡単に言うと、単純接触効果で製品をもっと好きになり、授かり効果で評価が高くなるというわけだ。

強引な販売よりも「所有体験」を生み出して売上を伸ばすのがアップルの狙いだ。アップルストアの提供する多感覚に訴える体験が、まさにそれを実現していると言えよう。

実際、その効果は絶大で、2003年、イリノイ州検事総長事務局はホリデー・シーズンの買い物客に対して、買い物の際には商品を所有物のように持たないよう注意を促した。いささか奇妙だが、これには30年間の研究によって裏づけられた根拠がある。

アップルの戦略にも根拠がある

2009年、ウィスコンシン大学で学生のグループに2つの商品(スリンキーとマグカップ)を評価させる実験を行った。

1回目は、一方のグループには商品に触れてもらい、もう一方のグループには触れることを禁じた。2回目は、前者には商品が自分のものだと想像してもらい、後者にはそう思うことを禁じた。すると、商品に触れたり自分のものだと想像したりするだけで価値の評価が高まった。

来店した客に対して、制限時間を設けずに、好きなだけ製品を試してもらうアップルの戦略にも根拠がある。製品に触れる時間が長いほど購入意欲が高まるという調査結果に基づいているのだ。

プレゼントされたら愛着がわく

世界各国で400以上の店舗を展開するビルド・ア・ベア・ワークショップは、多感覚に訴える魅力的なインタラクティブ体験を提供することに重点を置いている。店では、子どもが自分だけのぬいぐるみを選び、デザインして、制作作業に参加することができる。

厳密に言うと、ビルド・ア・ベアは「店」ではなく、社名にあるとおり「ワークショップ」だ。

すべてのぬいぐるみには「服を着せて。抱きしめて。私の声を聞いて。フワフワにふくらませて。私を選んで!」と書かれた札が掛けられ、子どもたちに触れるよう促している。狙いは言うまでもなく単純接触効果と授かり効果だ。

所有の効果については、1984年の実験でも実証されている。参加者に宝くじか現金2ドルのどちらかがプレゼントされた。その後、全員に対して、宝くじを現金に、あるいは現金を宝くじに交換する機会が設けられたが、交換を希望したのは数えるほどだった。

では、現実の世界ではどうか。デューク大学のダン・アリエリーとジブ・カーモンは、日常生活における授かり効果について調査した。

デューク大学で最も人気の高いスポーツはバスケットボールだが、コートには観戦希望者全員を収容するスペースがない。

そこで大学は、各試合のチケットをランダムに配布するための抽選システムを開発した。

注目すべきは、カーモンとアリエリーがNCAA男子バスケットボールトーナメントの決勝ラウンドの最中に実験を行ったことだ。「マーチ・マッドネス」と呼ばれて全米の注目を集めるこのトーナメントは、通常よりもチケットの人気が高い。実験に協力する学生は全員、抽選に参加するために大学のグラウンドで辛抱強く待っていた。

所有欲の起源は?

抽選が終了すると、当選者に対して、チケットの購入希望者がいる場合、いくらなら売ってもいいかと尋ねた。一方の落選者には、チケットを入手するためにいくら払えるかと尋ねた。

平均すると、チケットを持っていない学生は175ドルまでなら支払うと答えた。それに対してチケットを入手した学生は、2400ドル以下では売らないと答えた。つまり、チケットを持っている人は、持っていない人の14倍近くもその価値を高く評価していることになる。

所有欲は、人類の歴史で何千年もの昔まで遡ることができ、現在でもヒト以外に霊長類の一部に認められる。

2004年、2人の経済学者がチンパンジーによる実験を行った。フルーツジュースのアイスキャンディと、管に入ったピーナッツバターを用意して(交換を可能にするために、すぐには食べられず長持ちするもの)自由に選ばせると、58%のチンパンジーがピーナッツバターを選び、そのうちの約79%がアイスキャンディとの交換を拒んだ。

同様に、アイスキャンディを選んだチンパンジーのうち、半数を超える58%がピーナッツバターとの交換を拒否した。



このことから、授かり効果は人類の進化の早い段階から根づいていたにちがいないという結論に達した。だが、初期の人類が自分の所有物を守り、持っていないものと交換することに消極的だったのはなぜか? それは、交換に伴うリスク(とりわけ相手の不正行為)がブレーキとなったと考えるのが妥当だろう。

我々の祖先には、確実に取引を成立させるための手段がなかった。そのため、万が一、何も手に入らない、あるいは想定よりも少ない量しか手にできないリスクを避けるために、なるべく代価を払わないようにした。つまり交換に価値を見いださなかったのだ。

法則 まずは手に取ってもらう

営業担当者、マーケター、ブランドにとって、消費者に製品を手にとってもらうことは、依然としてきわめて強力な手段だ。人々を夢中にさせ、それなりの価格を払ってもらうには、その製品のすばらしさを伝えるだけでなく、「授かり効果」の力を利用しよう。

アップルを手本にするといい。客に触れてもらう。操作してもらう。試乗してもらう。試しに使ってもらう。そうすれば、私の姪のように、返したくなくなるかもしれない。

[所有者の視点から見れば平凡も特別になる。]

写真はすべてイメージです 写真/Shutterstock

執行長日記 THE DIARY OF CEO

スティーヴン・バートレット (著), 清水 由貴子 (翻訳)
なぜアップルの店頭では自由に製品を触れるのか…所有体験させることで消費者の愛着度を高める心理的魔法
執行長日記 THE DIARY OF CEO
2025/6/111,870円(税込)352ページISBN: 978-4763141545

世界累計100万部突破!
Uber、アップル、Amazon、Nike、TikTok、コカ・コーラ…
ビジネス界の猛者との共闘で得た学びを
惜しみなく公開した世界的話題書、
ついに日本上陸!


世界を創り変える覇者達から
マーケティングを任される著者が
直接体得した
仕事と人生に効く重要原則33。

【本書より】
たとえば、ある従業員が60万ドルの損失を出したとする。
彼の責任を問われ、「解雇するか?」と訊かれたらこう答えよう。
「とんでもない。彼の研修に60万ドルかけたばかりなのに、なぜその経験をよそに譲らなければならないんだ?」

「世界を動かす超大物たちのリアルな“本物の教え”を訊けるのは、バートレットだけだ――」。
生活から仕事まで、
成功に通底する
人生の質と成果に直結する教え。

【目次より】
法則2 習得の近道は教えること
法則3 口が裂けても反論しない
法則8 悪い習慣は断ち切るな
法則12 毒にも薬にもならないことはするな
法則14 煩わしさが価値を生み出す
法則17 まずは手に取ってもらう
法則18 最初の5秒が肝心
法則21 ライバルより多く失敗する
法則23 ダチョウになるな!
法則25 「なぜこのアイデアは失敗するのか?」
法則26 「スキル」は無価値、「場所」に価値がある
法則28 方法よりも人
法則29 カルト的精神を養え など

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