〈郵政民営化とは何だったのか〉不配の非公表に顧客情報の流用、不適切点呼…それでも公的資金で救済せざるを得ない巨大組織「日本郵便」の行方
〈郵政民営化とは何だったのか〉不配の非公表に顧客情報の流用、不適切点呼…それでも公的資金で救済せざるを得ない巨大組織「日本郵便」の行方

9月12日、郵便局が取り扱った郵便物で、適切に届けていなかった事例の中に日本郵便が公表していないものが含まれていたことが明らかになった。総務省は2021年7月に「日本郵便株式会社に対する監督指針」を策定し、「業務に関わる不祥事が生じた場合は、警察に相談中又は捜査中の事案を除き、速やかに公表が行なわれることを確保する」ことが明記されている。

 

 

コンプライアンス違反は明確であり、組織の在り方そのものが問われている。 

サービスの改悪に料金の値上げまでやりたい放題の日本郵便 

今年10月で郵政民営化法公布から20年の節目を迎える。しかし、民営化されても国民の利便性向上や経営の効率化はまるで進まなかった。

2021年からは普通郵便の土日配達が廃止された。これによって配達にかかる期間が伸びた一方で、2024年に郵便料金の値上げを行なっている。しかし、2025年3月期の郵便・物流セグメントは400億円近い赤字を出した。

信書便事業への参入そのものは日本郵便以外にも認められているが、一般向けの参入事業者は実績がなく、実質的な独占が続いている。企業同士の競争を通したサービスの向上などというものは夢物語だった。

そして、日本郵便は不祥事が続いている。

2025年3月に金融商品の勧誘に使う目的で、日本郵便がゆうちょ銀行の顧客1000万人分の情報を不正に取得していたことが明らかになった。この一件でグループの役員14人の報酬減額という処分にまで発展した。

そのわずか3か月後、配達員に対して呼気中のアルコールの有無を確認する点呼を適切に行なっていなかったことが発覚。トラックなどおよそ2500台を使った運送事業の許可を取り消すという重い行政処分が科されている。



国民の郵便局への不信感が高まる中で明らかになったのが、適切に配達されなかったケースの一部を公表しなっかったという問題だ。日本郵便は2021年から2024年までで23件を発表しているが、朝日新聞はこの期間に届かなかった例が少なくとも30件、4000通あったと報じている。

未配達を公表していなかったことは、コンプライアンスの遵守という民間企業では当たりの意識が欠如していたことを改めて世間に示す形となった。民営化の意義そのものが揺らいでいるのだ。

650億円の公的支援の大義「ユニバーサルサービス」とは? 

そうした中、自民党は2025年6月に郵便局へ年間650億円の公的支援を行なう方針を固めた。日本郵政株の配当金を原資として想定しているため、国民が身銭を切って支援するわけではない。

しかし、日本郵便の経営が厳しさを増している以上、親会社からの配当収入がいつまでも続く保証はない。無配になった際に郵便局への資金支援を打ち切ることができるのか疑問だ。そもそも、民営化を行なった後に公的支援を行なうこと自体に違和感を覚える。

郵政民営化において、問題の核にあるのが「ユニバーサルサービス」の提供だ。郵政民営化法には、郵便物の引き受けや配達、貯金、保険などを全国で公平に利用できるようにする責務があると定められている。

従って、手紙文化が廃れて請求書などの重要書類がデジタル化されてもなお、郵便局の統廃合が進まない。それが赤字体質になっている主要因だが、スリム化できないために都市部などの郵便局のコスト削減を図らなければならないことになる。

それが過酷なノルマとなり、未配達や遅配のような問題を引き起こす。点呼が形骸化していたのも、忙しさが背景にあった。

郵便局は投資信託を取り扱うようになったが、効率的に営業をかけようと思えばグループ内の顧客リストを拝借したくもなるだろう。要するに経営の効率化が図れない分、現場への負担が増しているのだ。

問題の根はユニバーサルサービスに行きつく。この基本原則があったにもかかわらず、民営化を強引に推し進めたというわけだ。大幅な見直しが必要なタイミングに入っている。

全国郵便局長会の支持を取りつけようと躍起に 

郵便局の行方を左右する大きな流れの一つに、自民党の総裁選がある。今回は国会議員と全国の党員によるフルスペック型で争われることが決定した。

各地の郵便局長で構成される全国郵便局長会は、自民党の有力な支持団体だ。この団体の党員票の影響は大きい。その意志が反映された総理が誕生するか、そうでないかで運命が変わる可能性があるのだ。



2024年の総裁選では、林芳正氏が「郵政民営化法を改正して郵政事業を再構築する」とコメントした。また、2025年9月4日の記者会見では点呼の不備があったことに言及し、「総務省が日本郵便に対し再発防止とガバナンスの強化、サービス維持を求めていく」と述べている。ユニバーサルサービスの維持を念頭に置いているのは間違いなさそうだ。

前回の総裁選では、高市早苗氏が「郵便局ネットワークは、何としても守り抜かなければならないと思っています」などとXに投稿している。そして郵政関連法の改正案が必要との認識を示し、「郵便局ネットワーク維持のための財政支援措置の創設」を訴えた。

林氏と高市氏の2名が、全国郵便局長会の支持を取りつけようとしているのは明らかだ。

出方が見えてこないのが、本命の一人と目される小泉進次郎氏だ。父・小泉純一郎氏は郵政民営化を推し進めた中心人物だった。2005年に全国郵便局長会は自民党支持を白紙撤回している。水と油の関係とも言えるが、前回の総裁選で小泉進次郎氏は全国郵便局長会の幹部と都内で面会し、支援を要請した経緯がある。

ユニバーサルサービスの提供を一つの民間企業が担うのは不可能に近い。その維持を必要不可欠なものと位置づけるのであれば、手厚い公的支援が必要になる。

当然、国民の理解が必要だ。

民間企業らしくスリム化するのであれば、政治的な思惑とは切り離して徹底的に行なうべきだろう。スタートアップへの投資を通じて、代替サービスを育てるのも一つの手だ。

少なくとも、現在のような状態がユニバーサルサービスを提供する会社のあるべき姿とは言えない。迅速に組織の在り方を改善する総理が求められている。

取材・文/不破聡   写真/shutterstock

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