〈丸亀製麺・店長年収2000万円〉制度導入の背景にある“優秀な氷河期世代”の後を受け継ぐ人材不足問題とは
〈丸亀製麺・店長年収2000万円〉制度導入の背景にある“優秀な氷河期世代”の後を受け継ぐ人材不足問題とは

「丸亀製麺」を運営するトリドールホールディングスが店長の最大年収を2000万円とする新たな人事制度「ハピカンオフィサー制度」を導入すると発表した。飲食チェーンは長時間労働の常態化が続いており、店長は低報酬で酷使される「3K」のイメージが染みついていた。

 

 

「丸亀製麺」の高報酬制度は従来のネガティブなイメージを払拭するものであり、飲食業界が転換点を迎えたことを物語っている。業界の変革がもたらす成果は、最終的には消費者に還元されるはずで、歓迎されるべきものだ。 

省人化に背を向けるトリドールの特異な戦略 

トリドールは従業員が心から幸福感を持って働ける職場環境を整えることを重視している。自ら考え行動するという内発的動機を発生させ、この内発性が顧客に感動をもたらす体験を生み出す原動力だとし、これを「ハピカン繁盛サイクル」と名付けた。 

新たな制度では、従来の店長制度を刷新し、「ハピカンオフィサー制度」を導入。これまで店長が担っていたオペレーション業務の一部を他メンバーに移管し、「ハピカン繁盛サイクル」の実現が主たる役割になるという。具体的には人材の育成やマネジメントを行ない、従業員一人ひとりの内発的動機を引き出すというものだ。

飲食チェーンの店長の役割は大きく3つに集約される。1つ目は売上と利益のお金の管理だ。2つ目は食材などのモノの管理。そして3つ目がスタッフの管理である。

しかし、今では店舗の経理やシフト、受発注をスムーズに行なえるシステムが多数登場した。かつて時間がかかっていたシフト作成業務は、一部を自動で作成できるようにもなっている。

デジタル化によって業務負荷の軽減が図れるようになったのだ。

トリドールは2019年12月に「ITロードマップ」を策定し、システムの刷新と業務改革に着手していた。早くからデジタル化に取り組んだことで、オペレーションや業務負荷軽減を実現していたのだ。

一方、「丸亀製麺」はロボットによる配膳の効率化やセントラルキッチンには否定的な姿勢を示している。各店舗で麺づくりを行ない、麺職人の育成制度も整備している。省人化ならぬ増人化が特徴で、「ハピカン繁盛サイクル」という考え方のベースになっている。

従って、各店舗の人材の育成は会社の成長を支える重要な要素なのだ。世間では店長2000万円という言葉が独り歩きしているが、従来の店長業務という枠組みは解体され、人材育成によって繁盛店を作るというハイレベルな仕事を任されるというのが実際のところだろう。

就職氷河期を経て強くなった飲食業界 

TBSテレビのnews23は、「みんなの声」としてSNSで「『丸亀製麺』の店長の年収を最大2000万円に引き上げる方針について、あなたはどう思いますか?」との質問を投げかけた。その回答のトップは「人材不足解消に良い影響を与える」で、26%を占めている。

こうした回答を見ても、飲食業界は常に人材が不足しているというネガティブなイメージが染みついていることがわかる。しかし、実際は意味合いが違う。優秀な人材、専門的な人材が不足しているのだ。



帝国データバンクは業種別に人材の不足率を調査している。それによると、2025年7月時点における飲食業界の正社員不足率は55.9%で、全業種の中で10位だ。1位は建設(68.1%)、2位が情報サービス(67.6%)、3位がメンテナンス・警備・検査(66.7%)である。不足率が70%近い上位3業種と比較すると、飲食業界の不足率が深刻ではないことがうかがえる。

すかいらーくホールディングスも2025年4月から店長が年収1000万円を得られる人事制度を導入したが、人事総務本部の下谷智則デピュティマネージングディレクターはインタビューで、人事制度改革の目的は人手不足対策ではないと語っている(「すかいらーく、「店長で年収1,000万円超」の新人事制度 幅広い業種からの採用を促進」)。すかいらーくの定着率は上がっており、1店当たりの従業員数は2020年に30.9人だったものが2024年には35.1人まで増加したという。

やはり、高度なスキルを有した人材を獲得するという狙いがあるのだ。

飲食業界が転換期を迎えた時期がある。就職氷河期だ。飲食業界は大卒者には特に不人気な業界で、新卒者の人気業界ランキングで文系・理系問わず10位以内にランクインすることはまずないと言える。しかし、氷河期世代は就職難で業種や業界、企業を選ぶことができなかった。飲食企業は一部の優秀な人材を獲得することができたわけだ。


例えば、「焼肉きんぐ」で勢いに乗る物語コーポレーションの代表取締役社長・加藤央之氏は1986年生まれで神奈川大学を卒業後、新卒で入社している。店長勤務を経て業態開発本部長、副社長を経て2020年9月に社長に就任した。

「アロハテーブル」を運営するゼットンの代表取締役会長・鈴木伸典氏は1971年に生まれ、愛知大学在学中に創業者と出会って入社した。ワタミの取締役副社長・清水邦晃氏はバブルが崩壊した直後の1991年に明治大学を中退して入社を決めている。

物語コーポレーション、ゼットン、ワタミ。いずれの会社も優れた事業を展開し、成長軌道にある。彼らが就職難を経験したかどうかはともかくとして、氷河期世代の優れた人材が経営を支えているのは間違いなさそうだ。

人材投資に向けた業績改善も進んだ 

会社の成長には優秀な人材の獲得が欠かせないが、現在は景気が好転したことで新卒者は引く手あまたであり、超売り手市場だ。マイナビが調査した2025年卒の大学生が選んだ人気業界のランキング10位以内に飲食業界は入っていない。高度な人材を獲得するためには、トリドールやすかいらーくのように条件を上げるほかないのだ。

インフレで企業の財務状況が好転した影響も見逃せないポイントだ。トリドールは2025年6月末時点で現金と現金同等物が792億円も積み上がっている。

2025年4-6月の本業で稼ぐ事業利益は前年同期間の1.4倍に膨らんだ。

多くの飲食企業は原価の高騰を値上げで巧みにカバーすることができた。コロナ禍で不採算店の整理もしたため、収益力や生産性が向上しているケースも多い。システムなどの自動化ツールへの投資がひと段落したとなれば、人材への投資に回す資金的な余裕ができたわけだ。

店長が高報酬を得られるという流れが一時的なものではなく、別の企業も採用するとなれば、飲食業界が変化するのは間違いないだろう。サービス力の向上に期待ができるからだ。消費者にとって歓迎すべき動きである。

取材・文/不破聡 撮影/集英社オンライン編集部  

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