
10月1日から「NHK ONE」がスタートする。番組の同時配信や見逃し・聴き逃し配信、ニュース記事など、NHKのさまざまなコンテンツがスマートフォンやパソコンの視聴環境に最適化する。
スマートフォンを持っているだけで受信料をとられるという誤解
従来の「NHKプラス」、「NHK NEWS WEB」、各番組ホームぺージは10月1日に開設する「NHK ONE」に集約され、総合テレビやラジオ番組の同時配信、見逃し・聴き逃し配信、ニュース記事、災害情報などすべてのサービスがここから提供される。
アプリは「NHKプラス」、「NHK ONE ニュース・防災」、「NHK ONE for School」の3つが「NHK ONE」に移行。旧ユーザーは新たなアプリのダウンロードが必要になるが、1つのアプリに統合されて利便性が向上する。
インターネット対応テレビで利用できなかった同時配信も10月1日からスタートする。スマートフォンやタブレット、インターネット対応テレビなどの端末を横断してNHKのコンテンツが楽しめるようになるのだ。
放送法第64条には、協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、受信契約を結ばなければならないと定められている。そのため、10月1日からはスマートフォンを持っているだけで受信料を徴収されると勘違いされがちだが、実際は受信契約を結ぶ意志を示した人だけが対象だ。
しかし、NHKがインターネットに最適化した意味は大きい。テレビを持たない人の比率は増えているからだ。民放連研究所の調査によると、2020年に90.8%だったテレビ所有率は2023年に85.9%まで減っている。わずか3年で5%近く減少したのだ。
NHKは多様化する視聴環境において受信料を徴収する幅を広げたわけだが、黒字化は容易ではなさそうだ。
NHKの2025年度予算計画では、400億円の赤字。「NHK ONE」をスタートするにもかかわらず、受信料収入は前年度比で10億円の減少を見込んでいる。赤字補填のための積立金の取り崩しが必要というわけだ。
実は、NHKは2026年度も250億円の赤字を想定している。2027年度にようやく収支バランスがとれるという計画なのだ。
これ以上の予算削減余地はあるのか?
2023年10月から受信料を1割引き下げたNHKは猛スピードでスリム化を進めてきた。2024年度の支出額は前年から93億円減少している。2025年度は156億円も削減する計画だ。
収支バランスの均衡を図る2027年度の事業支出は5900億円を見込んでいるが、この予算は2024年度の支出額より670億円以上少ない数字だ。
スリム化を進めるNHKだが、事業支出全体の半分ほどを占める国内放送費や、2割ほどの給与はほとんど変化していない。退職手当・厚生費など削りやすい項目から削減を進めているようだ。
それがひと段落すれば番組制作費や人件費のカットに駒を進めなければならないはずだが、コンテンツ力の低下を招きかねない。経営陣は難しいかじ取りを迫られているはずだ。
NHKの経営効率化で避けて通れない議論が民営化だ。2004年にプロデューサーが巨額の制作費を着服していたことが明るみになった際、民営化が積極的に論じられるようになった。2005年には自民党議員有志による勉強会「NHKの民営化を考える会」も発足した。
さらに近年では、「NHKをぶっ壊す」という公約を掲げたNHK党が注目を集めてスクランブル放送の議論は活発になったものの、民営化についての世論は下火になっている。
NHKはホームぺージの質問集で、「放送法を改正してNHKを民営化することは、選択肢のひとつとしては考えられるかもしれません」と一定の理解を示しているものの、「視聴率競争によって、内容は優れているものの、視聴率が取れない番組は続けられないとなると、番組の画一化や質の低下が懸念されます」と主張している。
これは確かにその通りで、ニュースや災害に関する最新情報、教育、伝統芸能などの公共放送ならではのコンテンツは、視聴率競争やスポンサーの意向によって公共性が歪められたり、コンテンツそのものがテレビから消失したりする可能性がある。
一方、バラエティや音楽、ドラマ、スポーツ、アニメはどうか。NHKは視聴率競争に巻き込まれることを懸念しているが、実際に連続テレビ小説は新しいシーズンが始まり、終わるたびに「視聴率好調」「過去最低を更新した」などと報じられ、成功だったか失敗だったかが話題になっている。
ドラマの作り手が視聴率を意識しないわけはなく、むしろ民営化して視聴率競争にさらされたほうが良質な作品を作れるのではないか。エンタメにおいてもNHKのクオリティは極めて高い。
NHKは売名行為や営業広告を禁止しているため、企業名を出すことはできない。しかし、「魔改造の夜」は誰が見てもどの会社かがわかるようになっており、常識破りの挑戦的な番組である。この番組なども、スポンサーを募って企業の採用活動やブランド構築に役立てたほうがウィンウィンの関係を築けるように見える。
番組制作予算の4割を占めるエンタメ領域
エンタメやスポーツ、音楽部門を切り出して民営化するのが部分民営化だ。報道などの公共性が求められる部門は受信料を徴収する現行の形で残せばいい。
NHKの2024年度の番組制作費は3079億円だった。このうち、スポーツ(528億円)、ドラマ(345億円)、エンターテインメント・音楽(199億円)、アニメ・映画(58億円)で合計1130億円だ。全体の4割程度を占めている。
スピンアウトして民営化すれば、受信料のさらなる引き下げも可能なのではないか。
NHKを国有化して税金で運営すれば良いとの声も聞こえてくるが、権力に切り込めなくなる懸念があり、メディアの弱体化あるいは国家の御用聞きになりかねない。また、受信料を支払った人だけが視聴するスクランブル放送化は、視聴率の高い番組に内容が偏ってしまい、伝統芸能などの番組が消失する可能性がある。
部分民営化して公共放送の範囲を狭め、受信料を安くするというのが最も合理的ではないだろうか。
取材・文/不破聡