「頑張れば報われる」そんな言葉を信じて努力してきた人も多いだろう。だが、私たちは本当に公平な社会の中で競争しているのだろうか? 「能力主義」は格差を正当化するための巧みな論理として機能してきた側面も持つ。
勅使川原真衣さんの書籍『働くということ「能力主義」を超えて』より一部を抜粋・再構成し、その問いに迫る。
頑張った人、「能力」の高い人は報われる
未熟な私たち、絶えず努力の必要な私たち。この設定は、時の政権がことば巧みに世論へ刷り込みます。次のような物言いは、典型例でしょう。
やる気を持って努力すれば何とかなるんだというような社会にしていきたい。みずからの能力をどんどん発揮できるような人をどんどん出すということは、仮に格差が広がっても、私は悪いことではないと思っているんです。余り成功者をねたんだり、能力のある者の足を引っ張る風潮というのは好ましくない、そういうことを言っているんです*1。(「第百六十四回国会衆議院 予算委員会議録 第二十号 平成十八年三月二日」小泉純一郎首相〈当時〉発言)
小泉元首相の発言というのは、どこか人を惹きつけるものがあったことは認めなければならないようです。このザ・新自由主義とも言える源流は、中曾根康弘元首相の時代の電電公社や国鉄の民営化が転換点であるとする見方が一般的でしょう。
その後、当時の小渕恵三政権の諮問機関である経済戦略会議にて「日本経済再生への戦略」という答申がまとめられました。長いですが、なかなか衝撃的なので引用しましょう。
日本経済が活力を取り戻すためには、過度に結果の平等を重視する日本型の社会システムを変革し、個々人が創意工夫やチャレンジ精神を最大限に発揮できるような「健全で創造的な競争社会」に再構築する必要がある。
競争社会という言葉は、弱者切り捨てや厳しい生存競争をイメージしがちだが、むしろ結果としては社会全体をより豊かにする手段と解釈する必要がある。競争を恐れて互いに切磋琢磨することを忘れれば、社会全体が停滞し、弱者救済は不可能になる。
社会全体が豊かさの恩恵に浴するためには、参入機会の平等が確保され、透明かつ適切なルールの下で個人や企業など民間の経済主体が新しいアイデアや独創的な商品・サービスの開発にしのぎを削る「創造性の競争」を促進する環境を作り上げることが重要である。
これまでの日本社会にみられた「頑張っても、頑張らなくても、結果はそれほど変わらない」護送船団的な状況が続くならば、いわゆる「モラル・ハザード」(生活保障があるために怠惰になったり、資源を浪費する行動)が社会全体に蔓延し、経済活力の停滞が続くことは避けられない。現在の日本経済の低迷の原因の一つはモラルハザードによるものと理解すべきである。
もしそうであるなら、日本人が本来持っている活力、意欲と革新能力を最大限に発揮させるため、いまこそ過度な規制・保護をベースとした行き過ぎた平等社会に決別し、個々人の自己責任と自助努力をベースとし、民間の自由な発想と活動を喚起することこそが極めて重要である。
(中略)経済戦略会議は、政府が民間に介入し、全面的に生活を保障する「大きな政府」型のセーフティ・ネットではなく、自己責任を前提にしながらも、支援を必要とするすべての人たちに対して、敗者復活への支援をしながらシビルミニマムを保障する「小さな政府」型のセーフティ・ネットが必要だと考える。
(『「日本経済再生への戦略」(経済戦略会議答申)』平成一一年二月二六日)
「選ばれる人」になってくださいね
これはもう何というか……。下手に人の助けを借りるようなことのないよう、自己責任で、「活力、意欲、能力」を最大化して、「選ばれる人」になってくださいね—そんな論理を打ち立て、競争を正当化したと言っても過言ではないでしょう。
誰それは報われるべき、誰それは努力が足りない、「能力」が足りない、と序列を明示し、その順にもらいが変われば、生きる糧・豊かな暮らしをしたいおよそすべての人々は、こぞって序列を上げるために、競うようにして頑張る。
統治側にとって、政治責任を追及されるでもなく、「自助」の前提で頑張り続ける国民が量産できるだなんて、最高すぎます。
「モラル・ハザード」ということばを用いるあたりも憎いです。あたかも今の国民は怠け者であるかのような性悪説的な人間観を提示し、この世は油断大敵、弱肉強食、競争なのだ、と絶えず吹聴する。
こうして「能力」というものは個人の中に眠っている前提で、その差が社会経済的な格差を生んでいるだけだから、頑張って「能力」の差を埋めてください、という礎がつくられたことが見て取れます。
「能力」で「選ばれる」=「能力主義」ならば平等なのか?
生まれながらの、本人にはどうにもできない出自(身分)で人生が決められるのは不平等。差別的ではない何か、として編み出されたのが「能力」による区別と配分でした。
「選ばれる」ことが、より多くを得るためには不可欠であり、そのために常に努力し続ける国民を生んだのですから、実にあっぱれです。……と、ここで次なる問いが湧き上がります—身分制度は不平等だとして、果たして個人の「能力」によって人が人を「選ぶ」ことを是とする=「能力主義」ならば平等な仕組みなのでしょうか?
「身分制度よりは平等だろ」というお声が聴こえたり、「平等かと言われると違うような……」と頭を抱えていらっしゃる人がいたりするかもしれません。
ただ、今日のあり様を万々歳だとは思えない人は多いのではないでしょうか。
「できが悪いから仕方ないよね。あなたがちゃんとやってればねぇ」と言われて、取り分を減らされても、文句は言いにくい。言いにくければ言いにくいほど、内心どこかモヤッとするもの。
そもそも「でき」って何? 「ちゃんとやる」って? ……と。これを口に出せば出したで、負け惜しみ、ルサンチマン(遺恨)などと言われることもあり、さらにモヤッとします。
他方、もらいが多い側は、それが「正当な競争」の結果であることを、絶えずアピールするきらいもあって、事態は実にややこしい。
書店に行くと、いわゆる著名人の『〇〇力』『武器になる〇〇力』『〇〇する技術』など、著者の分野における「成功」へのハウツー本が、「能力」をタイトルにして、しばしば平積みされています。
こんなとき、社会学者で障害学を専門とする星加良司東京大学教授のことばには膝を打ちます—
「今社会の中で力を持っている人たちっていうのは、これまでの社会において成功を積み重ねてきた人(中略)……自分が成功してきた理由を自分自身の手柄だと思いたい。自分の資質とか能力とかそういうものに紐づけて理解して肯定的なアイデンティティを形成している。それが実は下駄を履いてたんだ*2」、と。
どこかの誰かの「成功」が、本人の「能力」に還元されたストーリーを目にするたびに思います。「みんなもこの『能力』を高められるものなら高めてごらんよ。そうしたら僕/私のように華やかな未来が待っているかもね、アデュー」、そんな声をまき散らして、大丈夫なのかと。
文/勅使川原真衣
脚注
*1 「第百六十四回国会衆議院 予算委員会議録 第二十号 平成十八年三月二日」国会会議録検索システム
*2 【成田悠輔vs東大教授】「既得権益」の抵抗とは?衝撃の「正体」【ウェルビーイングな世界とは?】YouTube
働くということ 「能力主義」を超えて
勅使川原 真衣
【新書大賞2025 第5位!】
他者と働くということは、一体どういうことか?
なぜわたしたちは「能力」が足りないのではと煽られ、自己責任感を抱かされるのか?
著者は大学院で教育社会学を専攻し、「敵情視察」のため外資系コンサルティングファーム勤務を経て、現在は独立し、企業などの「組織開発」を支援中。本書は教育社会学の知見をもとに、著者が経験した現場でのエピソードをちりばめながら、わたしたちに生きづらさをもたらす、人を「選び」「選ばれる」能力主義に疑問を呈す。
そこから人と人との関係を捉え直す新たな組織論の地平が見えてくる一冊。
「著者は企業コンサルタントでありながら(!)能力と選抜を否定する。
本書は働く人の不安につけ込んで個人のスキルアップを謳う凡百のビジネス本とは一線を画する。」――村上靖彦氏(大阪大学大学院教授、『ケアとは何か』『客観性の落とし穴』著者)推薦!
◆目次◆
プロローグ 働くということ――「選ぶ」「選ばれる」の考察から
序章 「選ばれたい」の興りと違和感
第一章 「選ぶ」「選ばれる」の実相――能力の急所
第二章 「関係性」の勘所――働くとはどういうことか
第三章 実践のモメント
終章 「選ばれし者」の幕切れへ――労働、教育、社会
エピローグ

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