「できる・できない」「もらいが多い・少ない」が一番大事?…勅使川原真衣さん、がん治療の経験が呼び覚ました「能力主義」への疑問
「できる・できない」「もらいが多い・少ない」が一番大事?…勅使川原真衣さん、がん治療の経験が呼び覚ました「能力主義」への疑問

38歳で進行性の乳がんを患った組織開発コンサルタントの勅使川原真衣さんは、闘病を通じて「できる・できない」や「もらいの多寡」をめぐる能力主義の前提に疑問を抱くようになったという。“優れている人が多くもらえる”という当然視していた評価や報酬の概念を問い直すとき、見えてくるものとは。

 

書籍『働くということ「能力主義」を超えて』より一部を抜粋・再構成し、お届けする。

仕事の「貢献度」に序列はない

目標管理制度は非常に多くの企業が取り入れていますが、文脈依存的に穴を埋め合うような業務を日頃複数人でこなしながら、「評価」と称して突然個人単位で目標を考えさせられたり、はたまたその「でき」を個人単位で振り返らされることに、苦々しい思いをしている人は少なくありません。メーカーならば、技術開発部が偉いんでしょうか? 

はたまた顧客に届けている営業が功労者でしょうか? 情けないほど不毛な議論だと皆さんも思うはずです(まぁ現場でも、どっちが〈誰が〉貢献している・していない、と言い争っていたりもするのですが……)。

どっちがどう、ではなく、工場ラインの方々、カスタマーサポート室のオペレーター、物流センターの方々……本当にたくさんのいろいろな方々に支えられて、自分の持ち場(仕事)は存在しています。

みんなで一緒にあーでもないこーでもないと紡ぐ仕事を、評価をするための便宜上、恣意的に個人単位で切り取っているのです。

能力という、組織における「貢献度」の見える化というのは、そもそも仕事の協働性からして、便宜的なものなのです。

他の角度も検討しましょう。『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』という書籍があります。なるほど、確かに『国富論』を著したのはアダム・スミス本人ですが、彼の生活はというと、生涯独身で身の周りの世話は母親がすべて引き受けていたといいます。

つまり、経済学者の活躍も、誰かの地道な仕事のおかげであり、逆もまた然りで、母親はきっと優秀な息子の世話は大変とはいえご自身の存在意義の一つにもなっていたのでしょう。やはり、たった一人の「功績」というのはそうないのだと思えてきます。

「できる・できない」「もらいが多い・少ない」が問題なのか?

できる人はもらいが多く、できない人はもらいが少ない—という「能力主義」的な原理を、教育社会学は、分配原理として不平等だと指摘してきました。さらに私は、それを「不平等」だと指摘する時点で、隠れた所与の前提があるように思っています。

何かというと、「でき」による配分を問題視するというのは、皮肉なようですが、「少ないより、多くもらえたほうがいいに決まってるよね?」という素朴な大前提の上にあるからです。

意外に思うかもしれませんが、「できる・できないは、本人の努力だけじゃないのに、それでもらいの多寡が決まるなんて、不平等だ」—この主張は、できる・できない、もらいの多・少ともに、前者が優、後者は劣と二項対立的に置いて初めて成り立ちます。

いわば、「できがよく、多くをもらえたほうがいいに決まってる」前提なのです。

いざはっきりそう言われると……皆さん納得できるでしょうか。

同様に、次のことばも実は、曰くつきだと踏んでいます。

何度か出してきていますが、「格差」ということばです。このワーディングだからこそ社会で広く問題視された面も多分にあるわけですが、どうも妙な感じがしてくるのです—経済的、社会的資本の配分が異なることは、「格」の「違い」なのか? と。

「多いものが格上で、少ないものは格下。ほんと格差ってよくないですよね」というのは、やさしい響きでありながら、「格」を問題として「設定」する側のある種の危うさが透けて見えないでしょうか。

自身を振り返るに、先の論への違和感が拭えないのです。例えば私事ですが、2022年夏、38歳のときに進行性の乳がんが見つかりました。以来治療が続いていますが、やっぱりがん治療というのは、そう楽なものではありません。

もともと我慢強いほうだと自負してはいますが、それでも吐き気や下痢、身体の痛みなどなど……寝るのも地獄、起きているのも地獄、という状態もあります。

そんなですから、颯爽と歩くとか、もはや無縁。つまり、できる・できないで言ったら、私はできないことが多い人と言ってもよいでしょう。

能力じゃなくて、「ルッキズム」で考えても同じです。体重は減少しているのに、薬の副作用でパンパンに膨らんだ、髪はおろか、まつげも一本たりともない妙に淡泊な顔をした自分は、「美しい・美しくない」などで取り分が決まるとしたら、もらいは少ないと思われます。

しかし、この「できがよく、多くをもらえたほうがいいに決まってる」という前提は、大事なことを見落としていると言わざるを得ない。

私で言えば、確かに病前より体力もなく、免疫抑制が副作用としてある分子標的薬を飲んでいるため、感染症にもかかりやすい。

仕事「量」でいったら、かつてより減っている。仕事をこなす量が減っているのなら、もらいも少ないのが「能力主義」的配分です。

貨幣経済社会において、働きが少ない人はお金の入りも減って当然なのです。

前提は何か

しかし、例えば、仕事の「質」はどうでしょうか。本人はなかなか気づけないものですが、病前病後変わらずお付き合いくださるクライアントは口ぐちに、「今のほうがいいですよ」と言ってくださる。お世辞かもしれないですけど。ただ、自分としても今の自分のやり方に、しっくりきています。

私なりに考察するに、病気をする前までの私は、すでに組織開発に従事していたものの、どこかまだ自分への過信もあったように思います。

頑張っても避けられないことや、頑張ってもどうしたってできないことがあることを、腹の底から理解はしていなかったのかもしれません。自分が「高い能力」の要請という、ストライクゾーンの狭い、他者評価のものさしを当てられてつらい立場になってみて初めて、感じていることかもしれません。

また別の角度から考えると、お金のもらいは減るのかもしれませんが、もらいが爆増しているといえるものもあることに気づきます—月並みな表現ですが、他者からの支えです。

毎週毎週、手づくりごはんをうちまで運んでくれる友人。「暑い」とSNSに書けば、ゼリー状栄養剤やらを即Amazon から送ってくれる友人。就労時間以外にも「療養するためにぜひ」と申請などの手間もなしに、独自の運用でわが子を預かってくれた保育園の先生方。初作のきっかけとなった、文化人類学者の磯野真穂先生の寄り添い……挙げ切れず申し訳ありませんが、失ったのは体力と仕事時間の一部だけで、他はいわば得ることばかりだったのです。

できる・できないなんて超えて、どんな状態でも私を受け止めてくれる他者への感謝と慈しみが増す経験は、恥ずかしながら、私にとってはこの闘病が初めてでした。

ヤングも、前掲書の「第七章 金持ちと貧乏人」の中の項で「メリットと金」を書いているとおり、報酬は「お金」に限定しています。

しかし、真に、もらいの多寡とできる・できないの関係について考えるならば、もらいはもらいでも、「何をもらう(受け取る)のか」ということも、問い尽くされる必要があると思うのです。

能力というものがあって、高いほど多くをもらえる前提。

その上で昨今の風潮で言えば、「みんな能力を高めなよ。お金が足りないなら『無料塾』を開こうか*1?」—これも立派な話なのですが、能力が高く、それによってお金を多く所有することがすべてではないのです。

つまり、能力主義の牙城を切り崩そうにも、人が人を「選べる」のだという発想や、皆でやっている仕事の「成果」を急に個人単位で「評価」したり、もらい(所有)が多いほうがいいに決まっている前提—でいる限り、見果てぬ夢だと思えてなりません。

文/勅使川原真衣

脚注
*1 「Z世代(26歳以下)の就業意識や転職動向」リクルートホームページ、2023年。

働くということ 「能力主義」を超えて

勅使川原 真衣
「できる・できない」「もらいが多い・少ない」が一番大事?…勅使川原真衣さん、がん治療の経験が呼び覚ました「能力主義」への疑問
働くということ 「能力主義」を超えて
2024年6月17日発売1,078円(税込)新書判/264ページISBN: 978-4-08-721319-5

【新書大賞2025 第5位!】

他者と働くということは、一体どういうことか?
なぜわたしたちは「能力」が足りないのではと煽られ、自己責任感を抱かされるのか? 
著者は大学院で教育社会学を専攻し、「敵情視察」のため外資系コンサルティングファーム勤務を経て、現在は独立し、企業などの「組織開発」を支援中。本書は教育社会学の知見をもとに、著者が経験した現場でのエピソードをちりばめながら、わたしたちに生きづらさをもたらす、人を「選び」「選ばれる」能力主義に疑問を呈す。
そこから人と人との関係を捉え直す新たな組織論の地平が見えてくる一冊。
「著者は企業コンサルタントでありながら(!)能力と選抜を否定する。
本書は働く人の不安につけ込んで個人のスキルアップを謳う凡百のビジネス本とは一線を画する。」――村上靖彦氏(大阪大学大学院教授、『ケアとは何か』『客観性の落とし穴』著者)推薦!

◆目次◆
プロローグ 働くということ――「選ぶ」「選ばれる」の考察から
序章 「選ばれたい」の興りと違和感 
第一章 「選ぶ」「選ばれる」の実相――能力の急所
第二章 「関係性」の勘所――働くとはどういうことか
第三章 実践のモメント
終章 「選ばれし者」の幕切れへ――労働、教育、社会
エピローグ

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