日経平均6万円も国際的投資家が警鐘「恐怖の二番底」原油・為替・関税が生む“遅れて来るインフレ”の正体
日経平均6万円も国際的投資家が警鐘「恐怖の二番底」原油・為替・関税が生む“遅れて来るインフレ”の正体

株価は上がっているのに、なぜ生活は苦しくなるのか――。その違和感の正体は、すでに動き始めている。

原油高は一度で終わらない。肥料、飼料を経て、やがて食費へと静かに波及する。そしてそこに重なるのが、トランプ関税と円安だ。まだ上がっていないのではない。値上げは「遅れて来る」だけだ。いま世界で起きているのは、戦争と市場と政策が一体化した“生活を削る構造”である。

圧力は確実に強まっていく

トランプ関税は相手を斬らない。沈黙の中で、生活を斬る。

今回のイラン戦争を巡る一連の動きを見て、違和感を覚えないほうがおかしい。トランプ大統領の発言ひとつで、株式市場も為替市場も、原油もコモディティも、まるで誰かがスイッチを入れたかのように動く。

だが、この違和感こそが本質である。いま起きているのは単なる戦争ではない。戦争の拡張であり、より正確に言えば、軍事と経済と市場が一体化した時代の戦争そのものだと考えるべきだ。

米国によるホルムズ海峡の逆封鎖も、単なる軍事的圧力として片づけてはならない。イラン経済の約9割を支える海上貿易を止めるということは、国家の呼吸器を直接絞め上げるのに等しい。しかも本当に見るべきは、その「外側」ではない。「内側」で何が起きているかである。

バイデン政権からトランプ政権へと移行し、多くの国民が最も期待していたのは、結局のところ物価高を抑えることだったはずだ。

ところが現実には物価上昇圧力は残ったままであり、さらにイラン戦争が長引き、原油価格が高止まりすれば、その圧力は確実に強まっていく。ガソリンが代が上がる、電気代が上がる、物流費が上がる。この段階までは誰でも理解できる。

本当に恐ろしいのはその先…肥料と飼料だ

だが、本当に恐ろしいのはその先である。肥料と飼料だ。肥料は天然ガスから作られる以上、エネルギー価格の上昇はそのまま肥料価格に跳ねる。飼料は輸入と輸送コストに依存する以上、原油高はそのまま飼料価格に転嫁される。つまり原油高は一度で終わらない。

原油高から肥料高、飼料高、そして食品価格上昇へと連鎖し、卵や牛乳や肉やパンといった生活必需品にまで、静かに、しかし確実に波及していく。

スーパーで感じる「なんとなく高い」という感覚は、気のせいでも錯覚でもない。すでに構造が生活に入り込んでいる証拠である。

さらに見逃してはならない現実がある。

これから上がる圧力が積み上がっているだけ

イランだけではない。UAEをはじめとした中東の主要産油国からのタンカーが、米国、イスラエルによるイラン攻撃以降、ほとんど動けていないという点だ。ここで重要なのは、単に止まっているという事実ではない。1カ月半もの間、止まり続けているという時間である。

原油は蛇口ではない。止めればすぐ止まり、開ければすぐ流れるものではない。タンカーが動かないということは、供給のタイミングがずれ、在庫の偏在が生まれ、物流が歪み、その結果として価格が遅れて跳ねるという構造を意味する。

まだ上がっていないのではない。これから上がる圧力が積み上がっているだけだ。

1カ月半止まった原油は、1カ月半遅れて生活に届く。この時間差の残酷さを直視しなければならない。

そして、ここにトランプ関税が重なる。

ここは逃げずに言い切る必要がある。トランプ関税は、表向きには相手国を叩くための武器として語られる。しかし実態は違う。負担の大半は米国企業のコストとして跳ね返り、そのコストはやがて価格転嫁を通じて国民生活に返ってくる。

つまり、トランプ関税は相手を斬る刃ではない。最初から自国企業を斬り、その先で国民の生活を斬りつける刃である。

いまの市場は「事実」より「言葉」に反応

本来は伝家の宝刀であったはずの関税も、使いすぎれば性質を変える。武器は振るい続ければ諸刃の剣となり、その刃は外ではなく内側へ向く。沈黙の中で、静かに生活を斬る。

しかもそれは一撃ではない。

電気代、ガソリン代、食費、物流費、保険料といったかたちで、毎日の暮らしに細く長く入り込んでくる。

それにもかかわらず株価は上昇を続ける。ここに多くの人が抱く違和感の正体がある。だが、この現象を陰謀論で片づけてはならない。本質はもっと無機質だ。

いまの市場は「事実」より「言葉」に反応し、「現実」より「期待の変化率」に値段をつけている。トランプ大統領の発言ひとつで相場が動くのも、誰かが裏で糸を引いているからではない。ボラティリティそのものが商品化されているからである。

ヘッジファンドや投資銀行は、振れ幅そのもので稼ぐ。上がるか下がるかではなく、大きく動くこと自体が収益機会になる。つまり、この揺れそのものが一部のプレイヤーに極めて有利な市場構造になっているということだ。

このズレこそが、いまのボラティリティの正体

市場は単純な物語で動く。しかし現実は複雑な力学で動く。

このズレこそが、いまのボラティリティの正体である。

一方で、為替市場は株式市場ほど甘くない。株式市場が「これ以上悪くならないかもしれない」という期待で持ち上がる一方、為替市場は金利差と資金フローとエネルギー輸入という逃げ場のない現実を映す。だから円安は止まらない。この株価と為替の乖離こそが、いまの相場の本質である。

日本に目を向ければ、資源依存国家である以上、外で起きた戦争はそのまま国内の物価に跳ね返る。しかも円安がそれを増幅する。本来必要なのは、都合の悪い現実を正面から語る政治である。しかし現実は逆ではないか。

トランプ大統領にも、高市総理にも、周囲には経済のプロがいるはずだ。だが重要なのは人数ではない。異なる意見を言える人間が近くにいるかどうかである。

強い政権ほどイエスマンに囲まれる。歴史が繰り返してきた、ごくありふれた権力の病だ。

実際、円安や利上げに関する発言が封じられる構図は象徴的である。都合の悪い現実は語られない。語れば空気を乱す。こうして政策の幅は狭まり、残るのは賛成の声ばかりになる。だが、相場も政治も、本当に危ないのは反対意見が消えたときだ。

補助金も減税も、為替で打ち消される。政策が効かなくなる

その意味で象徴的なのが、松本文部科学大臣の不倫報道である。これは単なるスキャンダルではない。倫理の問題であり、しかも議員会館という公的空間での出来事である以上、私的な逸脱では済まされない。

文部科学大臣とは、子どもたちに何を教え、どのような規範を示すか、その方向を担う立場である。そのトップに疑義が生じながら更迭されない。この事実は重い。何が正しいのかという基準そのものを曖昧にする。

国民はこう受け取る。倫理ではなく損得で動いているのだ、と。

供給も同じだ。「何月分まである」という話に意味はない。本質は価格である。量はあっても安くはない。生活者にとって重要なのは、届くかどうかではなく、いくらで届くかだ。

そして為替に戻る。160円という数字が問題なのではない。何をしても円安が止まらなくなることが問題なのだ。補助金も減税も、為替で打ち消される。政策が効かなくなる状態である。

低金利と円安に支えられてきた株式市場も、その前提は揺らぎ始めている。日本株は円安込みの投資対象であった。

だが期待はいずれ現実に収束する

その前提が崩れれば、資金フローの逆回転は一気に加速する。

いまの市場は強いのではない。強く見えているだけだ。その裏で通貨価値の低下というコストが蓄積している。

これは市場の話ではない。身体の話だ。歪みは放置すればやがてえぐれ、最後には大手術を必要とする。いまはまだ整えられるのか、それともすでにえぐれ始めているのか。この認識を誤れば代償は大きい。

だからこそ、いま必要なのは極めて現実的なメッセージである。守る局面だという認識だ。電気代は上がる。食費は上がる。輸入品は上がる。その前提に立てば、節約し、キャッシュフローを守るしかない。

いまこそ、生活を守るために支出を見直し、無理のない範囲で将来への備え、例えば積立投資などに資金を振り向けるという発想も重要になる。ただし、それは楽観ではない。守りながら備えるという現実的な戦略である。

市場はそれでも上昇を続ける。だが期待はいずれ現実に収束する。そしてその瞬間に逆回転が起きる。

皆が同じ方向を見たとき、相場は裏切る。

誰もが「円安は止まらない」「株はまだ上がる」「強い政権は揺るがない」と信じ切った瞬間に、最も大きな修正が始まる。市場は常に少数派が勝つ。これは格言ではない。構造的な真理である。

問われているのは、いま整えるのか、それとも壊れてから切るのかという一点だ。
すでに選択の時間は始まっている。そして本当に世界を動かしているのは、ミサイルでも核でもない。

原油と通貨である。それが動いたとき、すべては逆回転する。

文/木戸次郎

編集部おすすめ