『幼年版 ファーブルこんちゅう記』が刺激的
訳者の小林清之介氏は、動物学者や昆虫学者の指導で、野鳥、昆虫など小動物の飼育観察に打ち込む一方、動物関係の資料を多年にわたって収集したという人物。虫への愛情たっぷりの文なのも、納得です。
12月2日まで国立科学博物館で行われている「『昆虫記』刊行100年記念 日仏共同企画 ファーブルにまなぶ」、もう行きましたか?

日本では広く愛読されているこの本、実は祖国のフランスではあまり評価されていなかったそうで、その理由について、ファーブル展の展示内容では、「美しく難解なフランス語を用いたから」といった説明がなされていた。
実際、日本でも様々な版元から、様々な翻訳者によって出されているが、記述が文学的で理論的なためか、難しい印象もある。


そんななか、非常にわかりやすく、虫への愛情たっぷりに描きあげた名訳としてオススメしたいのが、小林清之介氏の訳『幼年版 ファーブルこんちゅう記』(あすなろ書房)だ。
特に臨場感たっぷりの『ありとしでむしの話』から、印象深い記述をご紹介したいと思う。

「めすのはありは はねをひろげて ぶーんと空へとびたちます。すると おすのはありもつぎつぎにとびたって、めすのあとをおいかけます。(おーい、まってくれーっ。)(中略)おすたちは、くたびれて、(うわーっ、もうだめだ!)と、つぎつぎにおちていきます」
メスをめぐる凄絶な争いから、1匹のオスだけがメスに追いついたドラマティックな展開が期待されるが、続くのはこんな「無常」である。

「はありのおよめさんとおむこさんが いっしょにいるのは ほんのみじかいあいだです。二ひきはその日のうちにわかれわかれになってしまいます。(さよならーっ。)(ばいばいーっ。)虫のせかいはいつもこんなふうです。おすのはありは つぎの日か、二、三日あとに しんでしまいます」

一方、メスは「おかあさん」としての運命を歩むが、その描かれ方がまた、強烈。

「おかあさんありは たまごをうむだけで あとはなんにもしません。ぜんぶ はたらきありにやってもらいます。らくちんですね」
そんな「強いおかあさん」でも、種類によって力関係があるというのは、また残酷な現実だ。
「さむらいありのめすは そのくろやまありのめすに けんかをしかけます。(おまえは ここから出ていきなさい。ここは わたしのすにするから。
)(まあひどい。出ていくものですか!)(中略)さむらいありのめすはくろやまありのめすをかみころしてしまいます。そして くろやまありのすのなかに いばってすわりこみます。(さあ、みんな。きょうからわたしが このすのおかあさんありよ。)くろやまありのはたらきありは おとなしくておばかさんです。
ほんとうにさむらいありのめすを じぶんたちのおかあさんありだとおもいこみます」

童話だったら、この「さむらいありのおかあさん」が後に仕返しされる展開になるが、現実はそう甘くない。
「くろやまありのほうは ちっともかずがふえません。そのはずです。くろやまありのおかあさんありは、さむらいありのおかあさんありに ころされてしまったのですから……」
さらに、この継母(さむらいありのおかあさん)から生まれた意地悪な兄さんたち(さむらいあり)は、自分では何もできず、くろやまありに世話をしてもらい、さらに、くろやまありが足りなくなると、よその巣に乗り込み、まだ繭のくろやまありを強奪してくるという横暴ぶり。

思わず虫に感情移入して読んでしまう、この名訳で、もう一度ファーブルの世界を楽しんでみてはいかがでしょうか。
(田幸和歌子)

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