テストの答案用紙を返されるときの、ドキドキ感。大人になるとなかなか味わうことのできない、子供時代、学生時代ならではのものである。
まして、自分で導き出した答えに対し、誰かに大きく花マルをつけてもらうことなど、社会に出てしまうと皆無といっていい。

ところで、テストの採点に用いられる色について。日本全国、小学校から大学に至るまで。決まって、赤色もしくは朱色ではなかったろうか。青や緑、紫、黄色なんかの色で返ってくる答案用紙を、少なくとも筆者は見たことも聞いたこともない。

なぜ、赤か朱色なのだろうか。
これは、教育界に課せられたルールか何かなのだろうか。鎌倉在住の現役小学校教師に訊ねてみると、「そんなルールはありません」とのこと。では、なぜ決まって赤か朱色を使うのか。みんなが使っているからとか、そんな生ぬるい理由なのか。

「なんと言っても赤や朱色は目立つ色だから、というのが一番の理由だと思います」と、先生。たしかに、赤系は最も目を引く色として、学校のテスト以外でも様々なところで用いられている。
一目でマルやバツを生徒に伝えるために、目立つ赤系の色を採点に用いるのは、もっともかもしれない。

「生徒は必ず、黒い鉛筆やシャープペンシルで回答を記します。その黒色との対比という意味でも、赤や朱色は目立ちますよね」と、先生。ふむ。言われてみれば、採点が赤系と決まっているだけではなく、生徒側が回答に用いる色も、黒と決まっている。青や黄で回答を書く生徒も、まずいないだろう(いたとしても、先生に注意されるだけだろうし)。
黒との対比で赤系を用いる。これも、合点のいくところではある。

「それと、もうひとつ」と、先生が続ける。「赤系のペンは、市場に多く出回っているので、手に入れやすい、というのもあるのではないでしょうか」。入手しやすい色だから、使う。なるほど。
定期テストだけでなく、小テストだの宿題だの、学校の先生たちは毎日のように採点を行っている。その採点に用いるのに、入手困難な色のペンを使うわけにはいくまい。

では、本当に赤系のペンは、他の色よりも多く出回っているのだろうか。文具メーカー大手の「トンボ鉛筆」に問い合わせてみたところ、以前は144色あったサインペンのうち、青系や緑系の色は生産が縮小されており、それによって現在は95色まで種類が減ったという。反面、赤やオレンジといった赤系の色は、種類も生産量も変わっていないとのこと。これは、赤系のペンが他の色に比べていかにシェアが大きいかを物語る一端といえよう。


考えてみると、教育界のみならず、世間一般的にも修正や訂正に赤系のペンが用いられることは多い。文章の訂正や加筆、削除などでも、「朱を入れる」「赤入れ」などと称し、赤系のペンが使われている。習字教室などでも、生徒の書いた墨文字に、先生は朱墨で直しを入れる。

この朱墨、なんと紀元前中国の甲骨文にもその跡が発見されている。もしかしたら、当時から文字の直しに赤系の色が用いられていたのかもしれない。そして、その文化が日本にも伝わり、何かの修正・訂正・採点などには赤系の色を使う、という考え方が定着した可能性もあるだろう。


ちなみにアメリカでは数年前から、子供たちが書いた答案用紙の採点に赤系の色を用いることが見直される傾向にあるという。なんでも、最も目立つ色であり、「注意」や「警告」などにも良く用いられる赤色は、子供たちに威圧感やプレッシャーを与え、それがもとでストレスになり、成績が伸びなくなると訴える保護者が増えたから、らしい。

そうしてアメリカの教師の間で良く用いられるようになったペンの色が、紫色なのだとか。これに伴い紫色のペンの売れ行きが上昇し、アメリカの文具メーカーでは製造も増やしているという。なぜ紫かというと、ストレスを与えてしまう赤色と、その反対に位置する色とのイメージが強い青色との中間色であるから、ということだが…。

前出の小学校教師にその話をしてみると、「紫色のペンで採点して、たとえ子供たちが変なストレスを感じなくなったとしても、だからといって成績が伸びることはないと思います」と答えてくれた。「それよりも、キレイで目立つ赤系の色で、大きく花マルをもらったときの喜びの方が、よっぽど勉強のやる気を引き出すのではないでしょうか」。

仕事で、ある文章を書いた用紙に、赤ペンを使って大きく花マルを書いてみる。なるほど。これはたしかに嬉しいし、元気もやる気も沸いてくる。日本の答案用紙の採点は、やはり赤ペンでいいのではないだろうか。そしてまた、大人も、修正や訂正ばかりに赤ペンを用いるのではなく、“正解”にも大きく赤ペンでマルや花マルを書くようにしてみてはいかがだろう。とにかく、気分が良くなりますよ。
(木村吉貴/studio woofoo)