鎌倉といえば、「古都」「歴史」「伝統」。――そんなイメージが真っ先に思い浮かぶ読者も多いのではないだろうか。
実際、鎌倉には歴史を感じる寺社や名所が多くあり、「武家の古都 鎌倉」として、世界文化遺産の登録も目指している(鎌倉の世界文化遺産登録に関して、現職の松尾崇鎌倉市長に取材を行った「世界遺産登録で鎌倉はどうなるの? 鎌倉市長に聞いてみた」もぜひご覧ください)。

そんな鎌倉にいま、時代の先端を行くIT企業が続々と集まっているのだという。そして、アメリカのIT企業の一大拠点「シリコンバレー」を模して、鎌倉の“カマコンバレー”化、などとも呼ばれるようになっているらしい。

なぜ、IT企業が鎌倉に集まっているのか。なぜ、IT企業は鎌倉を選ぶのか。そして、“カマコンバレー”は今後どのようになっていくのか。
鎌倉のIT企業のひとつ、「村式株式会社」の代表取締役・住吉優さんにお話をうかがった。

鶴岡八幡宮に程近い場所にオフィスを構える、村式。「でもここは、本社じゃないんですよ」と住吉さん。ああ、なるほど。やっぱり、本社は東京とか、大都市なんかにあるんですね?

「いえ、本社も鎌倉にあります。北鎌倉駅近くの古民家を、本社にしているんです」と住吉さんは教えてくれた。
古民家がオフィス! その発想は、鎌倉らしくもあり、斬新さや自由さに、IT企業らしさも感じられる。

村式は、2006年の創業。東京の目白で産声をあげた。そして、翌年に鎌倉へと移転する。それが疑問だ。なぜ、鎌倉? 東京で創業したのに、なぜ? 鎌倉でなくてはならない理由でもあったんですか?

「理由はないです」と笑う住吉さんが続ける。
「ただ、プライベートで鎌倉を訪れる度、環境の良さや、そこかしこに流れる“おもてなしの空気”がすごくいいなと思っていたんです。それに、鎌倉にはユニークな企業や、つくり手の方も多い。さらに、弊社が“和”を大切にしていることともマッチして、鎌倉で仕事がしたいと思うようになりました」

住吉さん以外の社員の方々も同じように鎌倉が好きで、移転に反対の意見は出なかったという。そして、実際に鎌倉へ移転してからというもの、様々なメリットを得られるようになった。

「まず、社員が人間らしい生活をできるようになりましたね。私たちの仕事は、基本的に一日中パソコンに囲まれ、パソコンとにらめっこです。
そんな中、食事や休憩のためにちょっと会社を出たら、自然あり、歴史ありの、素晴らしい環境と接することができる。それによって気持ちもリフレッシュされるからでしょう、制作のスピードもクオリティも大きくアップしました」

対外的に良いイメージを持たれやすくなったのも、メリットのひとつ。「私も、なんとなく鎌倉に良いイメージを持つ一人でしたが、同じように、取引先の皆さんなども、鎌倉の企業というだけで好印象を抱いてくれるんです」と住吉さんは話す。イメージとは、往々にして“なんとなく”なもの。なんとなくでも好印象を抱いてくれるなら、これはもうけものだ。

「アイデアが出やすくなった」「他社との協力や情報交換がやりやすくなった」などなど、鎌倉を拠点にするメリットが住吉さんの口から溢れ出てくる。
では、デメリットは? 「ないです」。取引先のある都内からはたしかに遠いが、都内まで足を運ぶ社員は限られるので、問題にはならないという。

こうして、多くのメリットを得ながら、村式は順調に成長。2012年にオープンしたクラウドファンディング「COUNTDOWN」は「未来のデパート」をコンセプトに、未来や世界に挑戦する多くのチャレンジャーとサポーターを集めている。先日には、パントマイムで知られる「が~まるちょば」が世界デビューを目指し、2013年2月時点で、国内のクラウドファンディング第二位の金額を達成した。

木工や陶磁、ガラス、染織といった手仕事の作り手が登録し、その活動や作品を紹介、実際の売り買いへとつなげる“手仕事のギャラリー&マーケット”こと「iichi」も大きな話題を呼んでいる。
2013年2月現在、作り手の登録者は約4,500人。手仕事の魅力、素晴らしさを発信する場として、今後もますますその輪は広がっていくだろう。

他にも、ただ安いだけではない、商品や作り手の魅力を消費者にしっかりと伝えることに眼目を置いたECサイトの制作や、和歌の投稿・共有サイト「うたのわ」の運営、さらには、企業のヴィジョンを鎌倉の古民家合宿でつくる「dan」など、実にユニークで魅力的なサービスを展開している。

「IT企業の仕事は基本的に、どこでも、好きな場所でできます。だから、自分たちの好きな場所として、鎌倉を選ぶIT企業が増えているのだと思います。たとえば都内の取引先の中にも、鎌倉への移転を考えるIT企業が少なくありません。現在、鎌倉を拠点にしているIT企業は10社ほどですが、今後その数はどんどん増えていくのではないでしょうか」と住吉さん。

同業他社ではあるものの、ギスギスとした競争をするのではなく、信頼し、協力し合うのも、鎌倉のIT企業の特徴だという。「東日本大震災の後、鶴岡八幡宮では、宗派を超えて祈りが捧げられました。また、官・民に寺社も加えた合同の就職説明会なども、鎌倉では行われています。そういう風土が、この街にはあるのでしょう。鎌倉のIT企業同士、つぶし合うのではなく、共に進み、成長していく。そうして“カマコンバレー”をつくりあげていきたいです」。そう話す住吉さんの言葉に、日本の経済・社会が進むべき新しい方向が見えるような気がした。
(木村吉貴/studio woofoo)

関連リンク/取材協力
鎌倉のWEBサイト制作会社 村式
COUNTDOWN(カウントダウン)―クラウドファンディング
iichi ―ハンドメイド・手仕事・手作り品の新しいマーケット