2015年に『屋上のウインドノーツ』で第22回松本清張賞を、『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞を受賞した文学界期待の新人、額賀澪氏に語っていただいた「小説家のいま」とは!?

 はじめまして、額賀澪といいます。小説家になって二年目になる者です。


  1990年、バブル経済が崩壊した頃に生まれました。スーパーファミコンと同い年の二十五歳。完全なる「ゆとりですがなにか」世代でございます。
 生まれた頃から不景気で、世界中でテロが起こるちっとも明るくない時代を生きていたというのに、何故か小説家という不安定な職を選んでしまいました。

◆新人の単行本は売れない。悲しいくらい売れない。
『松本清張賞』と『小学館文庫小説賞』をダブル受賞したゆとり世...の画像はこちら >>
 

 私は2015年6月に2冊の本が出版され、作家デビューを果たしました。又吉直樹さんが『火花』で芥川賞を受賞する、少し前のことです。デビューから1年で4冊の本を出すことができ、10月27日には5冊目の単行本が出る予定です。幸運にも、4冊ともそれなりの冊数を刷っていただくことができました。

 作家にとって、本を出版する際に「何冊刷ってもらえるか」というのは非常に大きな意味を持ちます。作家は「何冊売れたか」ではなく、「何冊印刷したか」で懐に入ってくるお金が変わるのです。


 ぶっちゃけると、10万冊刷って1万冊しか売れなくても、作家は10万冊分の印税を得ることができます。しかし、何冊刷ろうと実際の売上が作家の次回作の初版部数を決めるので、多く刷ってもらえればいいというわけでもありません。
 私のデビュー作『屋上のウインドノーツ』と『ヒトリコ』の初版部数は、幸運にも新人作家としてはかなり多い方でした。「たくさん刷って全国に名前を売ってやる。だからしっかり書け」という出版社からのエールだったと受け取っています。

「お前なんかに言われなくてもわかってるよ」と思う人も多いかもしれませんが、新人作家の単行本はなかなか売れません。

実績のない新参者の書いた本。1500円。吉野家の牛丼を3杯食べてもお釣りが来る。それを買って読んでくれる人は、本当に本が好きな方々です。安価な文庫本になってやっと、多くの人の手に取ってもらえるようになります。

 じゃあどうして出版社は赤字覚悟で新人の本を出してくれるのか。

確実に売れるベストセラー作家の本ばかりを出せば、そんな心配はいらないじゃない。
 それは新人作家を育成するためです。出版社は売れる本をたくさん出し、その利益で新人作家の本を出す。育った作家の本が売れるようになる。その利益で次の新人作家の本が出る。
 私が本を出させてもらえるのも、先輩作家の方々がばっちり稼いでくださっているから、というわけです。

◆死にたくない!

 私はワンルームの木造アパートに大学時代からずっと住んでいます。駅徒歩10分。家賃6万円の家をルームシェアして暮らしているので、家賃は折半して3万円。ちょっと年季が入っていて狭いですが、生きていくのに支障はありません。ちゃんとお風呂もトイレもついています。代わりに洗面台がないので、毎朝台所の水道で顔を洗って歯を磨いています。

 この話をすると、年上の人からは「さっさと引っ越せ」と言われます。「印税も入ってるし、もっといいところに住めるでしょ」と。
 確かに、今ならもう少しだけ広くて駅から近いところに住めるかもしれない。けれど私は今年の9月、3度目のアパートの契約更新をしました。
 だってそこはゆとり世代。どんなに本が売れたって、明日どうなるかわかりません。
 調子にのるといつか痛い目を見ると教えられながら、実例を目の当たりにしながら生きてきたのですから。

「毎年100人を軽く超える新人作家が生まれ、五年後はほとんど行方不明」
 そんな恐ろしいことを大学時代に元編集者の先生から聞いたことがありました。2冊目で躓くと大変。3冊目までにデビュー作を超えられるものがかけないと不味い。3冊出してデビュー版元以外の出版社から長編執筆のお呼びがかからなかったら後が苦しい。心臓に悪い話はたくさんあります。
 ちなみに額賀はデビュー2年目。3年後は行方不明になっているかもしれません。

 そうならないためにも、作家自身も自分の本を一人でも多くの人に届けるために試行錯誤しているのです。
 皆様の中に、作家のTwitterをフォローしている人はいるでしょうか。ちなみに私もやっています(@NUKAGA_Mio)。単行本が出る前や雑誌に短編が掲載される前に告知をするのはもちろん、日々の執筆の進捗を報告したりと、結構頻繁にツイートしております。生存報告的な意味合いが強いかもしれません。

 例えば、単行本の発売前には書店員さん向けにプルーフ(見本)というものを配布します。発売前にいち早く作品を読んでもらって、販売促進のための感想を募ったりしているのです。出版社の公式Twitterだったり、作家本人が自分のアカウントでプルーフを読んでくれる書店員さんを募集していたりもします。
 例に漏れず、私もつい先日、10月発売の新刊『君はレフティ』のプルーフを読んでくださる書店員さんを募集していました。作品を生み出し続けることと並行して、作家自身も本を売るための努力をしなければ本は売れないし、移ろいやすい世の中、あっという間に忘れ去られてしまうのです。

 だからこそ、私は「本を読んでくれる人」と同じくらい、「売ろうとしてくれる人」を大切にしていきたいと思っています。
 実績のない新人の本の宣伝にお金をかけてくれる出版社。忙しいにもかかわらず、新人作家の新刊のプルーフを読み、発売した本を平台に並べて手書きのPOPを飾ってくれる書店員さん。まだどんな本なのかもわからないのに、発売前の新刊をたくさん発注して「期待しています」と言ってくれる書店員さんもいます。

 そういった人々の想いや努力に運んでもらって、私達の本は書店に並ぶことができるのです。そしてその先には、数年後には文庫が出るのをわかった上で、単行本を買い続けてくれる人がいる。牛丼3杯より、額賀の本に価値があると思ってくれる人がいる。「文庫本が出たら絶対に買います」と申し訳なさそうに言って、図書館で借りて読んでくれる人がいる。

 本を1冊出すたびに、そんな人々との出会いがあります。出会いが重なれば重なるほど、夜な夜な布団に入って天井を見上げながら、「(作家として)死にたくないなあ」と思います。

額賀 澪(ぬかが みお)

1990年10月16日生まれ。茨城県出身。日本大学藝術学部文芸学科卒。
2015年に『屋上のウインドノーツ』(「ウインドノーツ」を改題)で第22回松本清張賞を、『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞を受賞し、作家デビュー。
2016年、『タスキメシ』で第62回青少年読書感想文全国コンクール高等学校部門課題図書。その他の既刊に『さよならクリームソーダ』がある。
2016年10月27日『君はレフティ』発売予定。