食事は、独りよりも親しい誰かと一緒の方が楽しいし美味しい。
本やマンガも、誰かと感想を言い合った方がより楽しいし発見も多い。

じゃあその2つ、まとめてしまえばいいんじゃなかろうか。

そんな願望を叶えてくてるトークイベントが、下北沢のB&Bにて開催された。
「給食系男子と作る、 100年『食本』プロジェクト(仮)」
『家メシ道場』『家呑み道場』というレシピ本が人気の素人おっさん料理人ユニット・給食系男子主催の、レシピ本や料理マンガなどなど「食にまつわる本=食本(しょくほん、と読む)」について料理やお酒を楽しみながらアレコレ語り合おう! という食道楽にはたまらないイベントだ。

食本とは何か? イベントではその定義も含めて議論したいということで、まず例に挙ったのが「食マンガ」。確かにここ数年、『深夜食堂』『花のズボラ飯』『孤独のグルメ』などがぞくぞく映像化されるなど食マンガは量・質ともに充実している。古くは『オバケのQ太郎』における「ラーメンの小池さん」をはじめ、マンガと食には深い関係性があるのは間違いない。

当日、飛び入り参加したという、漫画家ユニット「うめ」の小沢高広さんが「マンガと食」について語ってくれた。

「マンガに描く上で食べ物は重要。なぜならキャラクターが見せやすいから。何を食べるか、そして食べ方によって、すごくその<人>が出やすい。キャラクターを短いページで印象づけるには料理のシーン、食べるシーンってすごく大事なんです」

だが、実際に描いてみると食マンガのジャンルはとても難しいという。

「料理をただの小道具にしないためには、料理以外のエピソードを引き算しないと成立しないんです。
食をテーマにしたマンガの中で、その引き算が巧い最たる例がよしながふみさんの『きのう何食べた?』。レシピという縦軸を残して、それにプラスアルファでスパイスになるエピソードだけで面白くするには、そうとう計算して引き算しないと難しいと思います」

漫画家が語るマンガ評って興味深い! これに給食系男子の廣瀬公将さんが加わる。

「『きのう何食べた』の魅力は、日々の生活に根ざした料理ばかりが出てくること。実際に食べたいな、作りたいなと思えるメニューばかり。そして実際にどれもすごく美味しいし、毎日食べたいな、という普遍的な魅力があると思うんです。ドレッシングビネガーのように、この作品の中で初めて知った食材もあって、いろいろ発見もあるのがいいですよね」

書き手の視点と読み手の視点の両方から本の魅力が語られて、「食本」の奥深さをいきなり味わうことができた。


こんな風に、誰かが推薦した食本についてみんなでその魅力や文化的価値を語り合い、さらには最新情報やツッコミを織り交ぜながらイベントは進んでいく。次から次に提案される「100年残したい食本」の数々を知るだけでも気づきがあったので、推薦者のコメントとともに一気に紹介していきたい。

『日本各地の味を楽しむ食の地図』
都道府県ごとの地図とともに「ご当地料理」「特産品」「食材」など、各県の食に関する特徴がまとめられた一冊。この県の人にはこの食材の悪口を言っちゃダメ! など、大人の処世術も身につけられる。「おいしゅうございます」でおなじみの料理研究家・岸朝子先生監修。

『伝言レシピ』
今も雑誌『クウネル』で連載中の人気レシピコーナーをまとめた本。
料理の本って、見てスゴいなと思っただけで作らないことが多いけれども、このレシピ本は調理工程も多くて4ステップくらいと簡単で、しかも美味しいものばかり。パート2『つづきまして伝言レシピ』もオススメ。

『マンガ版お料理入門』
料理研究家・土井善晴さんと漫画家・小波田えまさんの共著。小波田さんが土井さんに弟子入りする、という設定なのだがとにかく教え方が不親切! 料理研究家の大家・土井勝の息子という料理エリートであるがために、できて当然・世間知らずな部分がいい感じでいじられている。まさに料理界の長嶋茂雄。読み物として面白いし、料理初心者から上級者まで気づきのある本。


『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』
シャンソン歌手石井好子さんの食エッセイ。1963年の本なのに、スルスル読める文体に驚かされる。レシピ本って「におい」がしないのに、そのにおいや音が細かく描写されている。分量や調理工程は細かく記されていないのに、下手なレシピ本よりも作りたくなる不思議な魅力。ちなみに使われているバターの量が異常なほど多いので要注意。

『最後の昼餐』
喉のガンになってしまった建築家・宮脇檀さんが綴るエッセイ集。
パートナーが描く料理イラストの持つ魅力とともに、健康の大切さ、闘病中に食べることの喜び、そして「食べることは生きること」ということに気づかされる一冊。

『ていーあんだ 山本彩香の琉球料理』
那覇の琉球料理店「琉球料理乃 山本彩香」の店主・山本彩香さんが伝統的な琉球料理を後世に残すためにまとめた一冊。内地では手に入らない食材なども多く、読んでも作れないメニューばかりだけれど、文化って土着に根付くものだ、ということを思い出させてくれる意味でもすばらしい本。(※「琉球料理乃 山本彩香」は9月いっぱいで閉店した、という最新情報も来場者から追加された)

『美味しんぼ』
ご存知グルメマンガの大定番! 連載開始はバブル真っ盛りの1980年代。これは、一人の作家がバブル期から現在まで食文化を追い続けた希有な例であることを意味している。現在は、山岡士郎・海原雄山の親子対決からそれぞれの後継者による対決に移行し、「日本全県味巡り」というテーマで各県の食文化や郷土料理を取り上げている。日本の食文化を後世に残すという意味で(ちょっと偏った部分もあるけど)も資料的価値はとても高い。

『東京百年レストラン―大人が幸せになれる店―』
お店の地図やレーティングなどの情報は一切なく、店ごとの情報がエッセイでまとめられて、そこから店の雰囲気や特徴がわかるという、とても難易度の高いガイド本。でも、読み物としても面白く、古き良き日本の食文化がわかる一冊。パート2『東京百年レストランII―通えば心が温まる40の店―』も今月発売された。

……と、ホントはもっとたくさんの「食本」たちが紹介されたのですが、字数に限りもあるのでここからはタイトルだけを一気に紹介。

●レシピ本・実用書:『LIFE なんでもない日、おめでとう!のごはん。』『プロ仕込み包丁テクニック図解』『何を作ろうかな&どうやって作るの』『みうらじゅんのマイブームクッキング』『風邪とごはん』『大人気料理家50人のニッポンのおかずBest500』『あなたのために―いのちを支えるスープ』『クッキング基本大百科』
●アウトドア:『横井庄一サバイバル極意書 もっと困れ!』『BBQ HACKS!』『冒険図鑑 野外で生活するために』
●マンガ:『ザ・シェフ』『う』『酒のほそ道』『めしばな刑事タチバナ』『極道メシ』『てんまんアラカルト』『ヘルズキッチン』『南国トムソーヤ』
●エッセイ・他:『くさいはうまい』『聡明な女は料理がうまい』『越前がに』『沖縄のヤギ“ヒージャー”文化誌』

などなど、レシピ本・エッセイ・小説・マンガから、それ食本? というものまで。
具体的な書名はなくとも、「社食本ブームが気になる」「江戸の食文化を語る上で池波正太郎先生の一連の作品は外せない!」という意見や、「レシピ本ってたくさんあるけど<栄養>について書いた本は意外と少ない」という指摘まで。確かに食べることは毎日のことなのに、料理本って見かけとか美味しさとか手軽さのことばかり。「1、2行でいいから<栄養>についても触れてほしい」という提言は含蓄がある。ほんと「食」って幅広さと奥行きがあって広大!

食文化に詳しい編集・ライター兼フード・アクティビスト、給食系男子の松浦達也さんが会の趣旨を語ってくれた。
「今年の春から秋にかけて、2日で100個とか、全国のから揚げを食い尽くす仕事をしたんですが(笑)、<食べる>というフィールドワークとともに、食文化の文献をさかのぼって調べるのが意外と大変、ということに気づいたんです。古い年代の書物を当たるのに明治以前――100年以上前の資料は国会図書館にもないものも多い。栄養学や農学部など食関連の学部がある大学の図書館も、学外の人間には申請が面倒ですし。一般人でも入りやすく、「食文化」に特化してアーカイブしているのは「味の素食の文化ライブラリー」くらいですが、あそこにはマンガや同人誌はない。今みたいなデバイスの転換がある時期には特に、Webや電子書籍などに移植されずに埋もれてしまう物があると思うんです。でも好事家が集まって、母数が大きくなればそれだけいい本に出会え、見過ごしがちな本にも光を当てられるんじゃないかなって」

誰もが日頃から体験し、それぞれにうんちくもあり、好みも分かれる「食」だからこそ、気軽に参加できて、しかも深い議論ができる。それってすごく意義のあるプロジェクトなんじゃないだろうか?
今後もこのイベントは続けていきたい、ということなので、気になった方は「100年『食本』プロジェクト(仮)」のFacebookページから今後の予定をチェックしたり、上記にあげた食本以外に「なんでアノ本がないんだ?」なんて意見もどしどし寄せてみよう!

最後に、筆者がぜひオススメしたい食本をひとつ。
冒頭でも紹介された『きのう何食べた?』の作者によるお店ガイド『愛がなくても喰ってゆけます』。よしながふみの「食」へのこだわりがわかるとともに、実際に紹介されているお店がどれも本当に美味しくて、しかも大盛りメニューばかり。食いしん坊には必携の一冊。ぜひお店にも行ってほしい!

なんてことをイベントで得意げに紹介させてもらったところ、「でも、2軒はつぶれちゃっていますよ」という鋭いツッコミが。みんなどんだけ食に貪欲なの!?
(オグマナオト)