間に合うか、間に合わないか。その土壇場。

宮崎駿から、鈴木敏夫プロデューサーに電話がかかってくる。
「鈴木さん、いい案を考えた」
宮崎駿が、スナックの暗がりで、おもむろに出す紙には、こう書いてある。
「『火垂るの墓』クーデター計画」

高畑勲監督『かぐや姫の物語』は、宮崎駿監督『風立ちぬ』と同じ2013年夏公開予定だった。
だが、制作の遅れにより秋に延期と発表。さらに8月には11月23日に延期されると発表があった。
どこまで延期されるのか(いや、11月23日公開はさすがに大丈夫そうだ)。


『かぐや姫の物語』のプロデューサー西村義明は、鈴木敏夫にこう言われたそうだ。
「お前の選択肢は2つしかない。高畑勲を監督に選ぶんだったら、映画の完成は諦めろ。映画を完成させたかったら、高畑勲を解任するしかない」(『もっとVol.4総力特集ジブリの狂気』P86)

なぜ、公開延期になってしまうのか。
鈴木敏夫は、高畑勲監督についてこう語っている。
“なぜここまで遅くなるのか。
僕が見る限り、高畑さんという人は、どこかで、映画がちゃんとできるなら、自分は死んだって構わないと思っている。だから怖いものはない。公開に「間に合う、間に合わない」についてはどう考えているのか、僕にはわかりませんねえ”(『ジブリの教科書4 火垂るの墓』P48)

つづけて、高畑勲監督の作品に対する姿勢について、こう語る。
“『火垂る』の現場で、最初のころ、僕が驚いたのは、B29が神戸の街に空襲にやってくる場面がありますよね。すると高畑さんは、当時、B29がどちらの方向からやってくるかを調べた上で、清太の家の玄関と庭の方向を考慮して、清太が見上げる顔の向きを決める。…とにかく何を描くにしても、自分で納得するまで徹底的に調べあげる。
そりゃ、遅くなるよなという話なんですけどね(笑)”

というようなわけで、高畑勲監督『火垂るの墓』の制作がどんどん遅れていく。
で、冒頭で紹介した「『火垂るの墓』クーデーター計画」が登場するのだ。

宮崎駿が取り出した「『火垂るの墓』クーデター計画」には、「こうやれば『火垂るの墓』は完成する!」というリードまでついている。
“できあがった原画をこういう風に動画にすればいい、とか、色塗りをこうやればいいとか、技術的なアイデアが詳細に書いてある(『ジブリの教科書4 火垂るの墓』P49)。
「この計画を僕がやるわけにはいかない。これを実行に移せるのは鈴木さんしかいないんだから、やれ」と宮崎駿は言う。

が、そんなことができるわけもなく、『火垂るの墓』は、いよいよ間に合わない状況に。
鈴木敏夫プロデューサーは、高畑監督に電話を入れる。
高畑監督は、駅前の喫茶店で待っててくださいと答え、鈴木は喫茶店に入る。
昼の十二時。
そこから、何の連絡もなく、高畑監督がやってくるのは夜の八時だ。
そこで高畑監督が語るのは、ポール・グリモーの『やぶにらみの暴君』というアニメについてのエピソード。

二年でできるはずが、三年たっても半分しかできない。さらに二年延ばしても完成しなかった。頭にきたプロデューサーが途中のフィルムで強引に公開しようとしたら、監督が裁判に訴えた。
結果、“プロデューサーの立場もわかるが、グリモーの気持ちも理解できるというので、映画の冒頭部分で未完成のまま公開するに至った経緯を全部説明しなさい、という判決を下したそうです”。
『火垂るの墓』でも同じことをやってもらえないか、と高畑さんは言ったのだ。
鈴木敏夫は、「できません」と即答。

そしてー。
『火垂るの墓』は、二つのシーンが色塗りされずに公開された。

いやはや、なんとも凄まじいエピソードだ。

『ジブリの教科書4 火垂るの墓』には、他にも限界ぎりぎりまで挑戦してものづくりをしている人たちのエピソードがたくさんでてくる。
250色の新色を作り挑んだ色彩設計の保田道世インタビュー
北原白秋「あめふり」の権利関係の駆け引きを語る村瀬拓男。
「僕ら録音屋の限界をどこまで出せるかという挑戦でもあったんです」と話す浦上靖夫。
高畑勲監督自身のテキストも収録されている。

高畑勲監督『かぐや姫の物語』は粘りに粘って作られた作品になっているだろう。はやく観たい!(米光一成)