エキレビにライターとして参加を決めたときから、例大祭のレポートはやらなければならないと決めていた。例大祭ってどこの例大祭かって? 博麗神社例大祭に決まってるじゃないか! 他のどの例大祭のレポートを書けっていうんだよおおおおお。

あ、いやいや。つい興奮してしまった。このサイトでは再三お伝えしているのですでにご存じの方は多いはずである。ここで言う例大祭とは、同人界で絶大な人気を誇る東方Projectのオンリーイベント、博麗神社例大祭のことである。東方のオンリーイベントは毎週のように日本のどこかで行われているのだが(驚くことに、来たる14日には台北でも開催される)、その中でも最大級のものが例大祭なのである。今回のカタログの記載によると、参加サークル数は4700、2004年の第1回が100サークルだったから、7年で47倍になったことになる。
単一作品の同人イベントがこれだけの規模に拡大したことに驚嘆するばかりだ。1サークル最低2人は参加するだろうから、どんなに少なく見積もっても9000人、購買だけの目的で訪れる人を含めると、間違いなく2万人は会場の東京ビックサイトに集まったはずだ。

東方の歴史にくわしい「東方コミュニティ白書」(同人誌)によれば、同イベントが東京ビックサイトで開催されるようになったのは第5回からで、第7回から、東1以外のすべての東館ホールを借り切って行われるようになった。実際に入場するとよくわかるが、フロアにはかなり余裕があり、人が密集しても危なくないような配慮がされている。これは第5回の際にフロアが狭いことに起因する混乱があったためで、以降はバッファのスペースがとられるようになったのだ。無用のトラブルを予防するための配慮はこれだけではなく、たとえば徹夜・早朝来場の禁止などのルールがカタログや動画を通じて繰り返し呼びかけられている。
一定時間より前に並んでいると、ペナルティが課せられ、行列から外されるルールになっているのだそうだ。知らなかった。危うく近くにホテルを予約して、夜明け前から並ぶところだったよ。教えてくれてありがとうカタログ!

そう。初参加なのである。これまで公私にわたって自分が東方ファンであることを表明し続けてきたが、肝腎の例大祭には参加したことがなかった。
人混みと行列が大の苦手、という弱点があり、もう四十路だし、いい年した大人だし、という遠慮もあった。しかし、これまでエキレビ!に好き勝手なことを書き散らしてきた身としては、それではダメだろう。行かなくちゃいかんだろう。ヤングなみなさんにまぜてもらい、東方の聖地に足跡を残してくるべきだろう。
そうやって自分を説得している間に、いろいろなことがあった。東日本大震災によって当初3月12日に予定されていた例大祭が、5月8日まで延期されたという思いがけない出来事もあった。
例大祭で並んで買おうと思っていたゲームの新作「東方神霊廟」の体験版も、公式サイトからダウンロードで手に入れてしまった。めぼしいサークルの同人誌、同人ソフトも、委託を受けている同人ショップから購入してしまった。必要な「東方」分は、十分に補給できていたのである。正直に告白してしまえば、大変な思いをしてビックサイトまで行かなくても自宅で必要なものはポチればいいじゃない、という気持ちになっていた時期もある。だってねえ、めんどくさいし……。

それがいかに甘い考えか思い知らされたのは、延期になった例大祭の前日のことである。

唐突な告知だった。
5月7日の正午、東方Projectの原作者、幻想神主ことZUNのブログに、新作の頒布を予定している旨の記事がアップされたのだ。新作、といってもすでに情報公開されていたゲーム「東方神霊廟」ではない。音楽CDだ。新曲1作と旧作アレンジ2曲を含むミニアルバム、「ZUN's Music Collection vol.5.5 未知の花 魅知の旅」を急遽制作し、頒布するというのである。
例大祭が延期されたため、本来は会場でお披露目される予定だった「東方神霊廟」体験版が、ダウンロードと同人ショップ委託の形でファンの手に渡ることになってしまった。
「未知の花 魅知の旅」は、そうした事情でもなお例大祭に来場してくれる、ファンをもてなす意図で制作されたものだ。ブログには、CDのテーマは「魅力溢れる東北の旅」だと書かれている。収録曲のうち「明日ハレの日、ケの昨日」は、日本の土着神の頂点である洩矢諏訪子がボスをつとめる「東方風神録」エキストラステージの道中に流れる曲であり、神社の縁日が曲のイメージとして重ねられている(「風神録」ZUNコメントより)。例大祭という「祭」を寿ぐ意図だけではなく、日本古来の神々の力をお借りして被災地に復興をもたらしたいという祈りをこめて、ZUNはこのアルバムを作ったのだろう。
そう、5月8日のイベントは、ただのイベントではなかったのだ。一旦は中止に追い込まれ、それでも延期開催を望むファンの声が短期間での代替日程決定に結びついた。その熱気を体験するこそ大事なのではないか。どうしても参加できない事情があったり、遠地にいたりするのならともかく、都内在住の私がこんなときに尻ごみしていてどうする!

そんなわけで自分を鼓舞してみた。
そして、あっけなく玉砕した。
いや、例大祭すごいわ。ぶらりと立ち寄るぐらいの気構えでは到底ムリです。
まず、諸般の事情で出発が遅れたため、開場後1時間以上が経過してからビックサイトに入場した、というところからして問題だった。着いてすぐに上海アリス幻樂団のブースに行ってみたのだが、当たり前のように机には完売御礼の貼紙が。販売されたのが件の音楽CDだけだったのか、それとも「神霊廟」体験版も一緒に並べられたのか、それさえも判然としないほど、ブースには何もなかったのであった。
しかも会場内は基本的に撮影禁止。受付で500円を払うと撮影の許可が出るのだが、それは基本的に「同意を得たコスプレイヤー」しか撮ることはできないのである(ということは、許可を貰ってから気づいた)。会場風景の撮影を許可すると、一般参加者までが写ってしまう危険があるからだろう。プライバシー保護の観点からいっても、その方針には賛成である。しかし、これでは記事にならないなあ。
見た印象だけで書くが、私が到着した時点で人口密度は我慢できないレベルではなくなっていた。開場直後はもっと高密度で人が集まっていたのだと思うが、特定の壁サークルを除くと、異常な長さの行列ができているということもない。
最初のうちは目が慣れなくてわからなかったが、参加者の中には結構な率でコスプレイヤーが混じっている。しかもその3分の1ぐらいは男性だ(よく知らない人のために書いておくと、東方のキャラクターの男女比は1:50ぐらいで、圧倒的に女性が多い)。上白沢慧音とか八雲紫とか、身長が高めに描かれているキャラクターは男性がコスチュームを着ると案外似合うものだということが判った。これも事前の注意で、露出が多い衣装はちゃんと下着をつけるようにマナーの徹底されているためか、目のやり場に困る、というタイプのコスプレイヤーはそれほどいなかった。ルールはよく守られているようだった。

2~6の5ホールはいくつかの部分に区切られており、同人誌、同人CD、グッズはそれぞれエリアに分かれていた。上海アリス幻樂団をはじめとする人気サークルは当然壁際であり、その他に企業ブースや公式グッズの販売所があった。とりあえず隅から隅まで見て歩き、自分の利用している同人ショップに委託していないサークルの作品を購入する。
事前にtwitterでお願いしていたので、プロの漫画家である足立淳さんの「世田谷ボロ市」の同人誌が買えたのがありがたかった。足立さんの作品『東方B級グルメ旅』は、東方キャラクターが「東京麺通団」や「餃子の王将」「かっぱ寿司」などに入り浸るという、ちょっと毛色の変わった作品で、最新刊ではラーメン二郎が取り上げられている。天下一品を推す西行寺幽々子の従者・魂魄妖夢が二郎のリピーターになってしまい、そのために主との絆にヒビが入るというお話だ。

こうやって説明すると、なんでそれが東方なのか、という疑問を抱かれる方も多いと思うが、東方同人誌とはそういうものなのである。禁則事項がまったく無く、楽しむ人それぞれに創作は任されている(ためしにあなたの好きな作品と東方を一緒にネット検索してみれば、必ずその同人誌があると思う)。普段から同人ショップを利用して東方関連の二次創作作品を購入しているが、自分が手にしているものは文字通り大河の一滴にすぎないのだと改めて実感した。だって分母は4700なんだもの。全部を集めるのは絶対に無理だ。そう思うと逆に、広大な可能性が前途に拓けているような気がして、逆にわくわくしてきてしまった。自分でもやってみようかなー、同人作品。

東3ホールから外に出られるようになっており、そこはコスプレ広場になっていた。さまざまな東方キャラクターの衣装に身を包んだコスプレイヤーが、撮影者の頼みに応じてポーズをとっている。自分がそういう場に居合わせる事態などまったく想像していなかったので、非常に感慨深かった。会場風景の代わりとして、何名かの方にお願いして写真を撮らせていただくことにした。人気のあるコスプレイヤーの前には長蛇の列ができている。いつの間にかそこに私も並んでいた。行列は嫌いなはずなのに不思議だ。会場風景を実況するニコニコ動画のビデオ撮影班が通り過ぎていく。チームの一人は男性だが、博麗霊夢のコスチュームを着て仕事をしていた。それがなんだか当たり前の光景に見え、うらやましささえも感じる。そっちの世界に行きたくなったのか? まさか(いや、それは周りが許さないだろう)。
屋内に戻ると、上海アリス幻樂団のブースに新たな行列ができていた。ZUNと順番にお話ができるのだという。並ぼうかと思ったが、すでに定員オーバーになっていて果たせなかった。仕方がないのでスタッフの男性に話を聞く。別に事務局側から申し入れたわけではなく、希望者が多かったということで自然発生的に始まったのだという。例大祭のたびにこうした試みが行われているわけではなく、異例のことなのだ。ファンと話し続けるZUNは、いつもの通りの穏やかな表情だった。

午後4時。最後に東日本大震災の犠牲者のために黙祷が捧げられた。ざわめきが少しだけ引き、その分だけ沈黙が場に満ちた。目を閉じる。アナウンスによって閉会が宣言された。会場に騒音が戻り、撤収作業が始まる。
第8回博麗神社例大祭終了。不思議な充実感を味わえたイベントだった。都内では次の大イベントは9月11日の例大祭SPになる。参加受付は5月16日まで。私も会場には行くと思う。
(杉江松恋)