8月9日に放送された「『孤独のグルメSeason4』特別編!真夏の博多出張スペシャル」には驚かされた。どうも番組制作陣にかなりの博多好き、もしくは博多出身者がいるんじゃないか……。
確かに主演の松重豊は福岡出身という話だが、明らかに構成・演出が“福岡寄り”だったからだ。

一般に福岡、もしくは博多の食を外から見ていると「博多ラーメン」「辛子明太子」「鶏の水炊き」あたりが有名だ。実際、名物でもある。だが名物=地元の人たちの好物とは限らない。10年ほど前、九州出張のときに生粋の博多っ子から「ラーメンよりうどん」「明太子より、ごまさば」と聞いて驚いた。もちろん全員ではなかろうが、そういう人も多いらしい。
以来、博多に行くと「うどん」「ごまさば」を必ず食べるようになった。どちらも大衆的な店の品書きにあり、しかも東京では味わえない。だが何より……とにかくうまいのだ!

今回のスペシャルで井之頭五郎は開始早々「うどんか。ちょっと入れてくか……。ここは敢えてラーメンじゃなしに」とうどん屋に吸い込まれる。このシーンではうどん屋の奥に「ラーメン」と書かれた赤い看板が見えていた(ちなみにこのラーメン屋も実在する。
そしてうまい)。ここで「(博多なのに)敢えてラーメンじゃなしに」という東京目線での一言で視聴者をつかむ狙いが見え隠れする。全国区の博多ラーメンを引き合いに出し、本命の福岡うどんに引きずり込む作戦だろう。

しかし東京から出張で来ているはずの井之頭五郎がよそ者目線で博多の食を語ったのは、先のセリフが最初で最後。以降、井之頭五郎は博多の食への造詣と愛情あふれるセリフを(主に脳内で)連発する。

うどんの注文は、当然のように福岡定番の「丸天うどん」を注文し、卓上に丼が供されると「太麺、澄んだつゆ、福岡スタイル……」「そうそう……、こっちのうどんってやわいんだよなあ」と(脳内で)感想を漏らす。
「丸天」の視聴者への説明などない。

ちなみに「丸天」とは魚のすり身を円盤状に丸く成形して揚げたさつま揚げのようなもの。ほかに「ごぼ天うどん」も定番だが、こちらの「ごぼ天」はおでんに入っているような練り物ではなく、ささがきにしたごぼうのかき揚げ。ちょっぴりややこしい。

福岡人は他府県の人間が想像する以上にうどんを食べる。もっと言えば、バリカタのラーメン好きよりも、やわらかいうどん好きが多い気さえする。
福岡にはラーメン店に遜色ないほどのうどん店がある。九州各県に計100数十店舗を出店する「ウエスト」から個人店まで、福岡人にはそれぞれ、心のうどん店があると言っても過言ではない。

個人的な好みで言わせてもらえば、僕は福岡ローカルチェーンの「牧のうどん」が好きだ。丼のなかで汁(すめ)を吸った麺が増えるという魔法のようなうどん(しかし事実、増える!)で、減ったすめを注ぎ足すために、うどんにはすめ入りのやかんが添えられる。すすってもすすっても麺が減らない幸せはこの店ならでは。しかも食べ進むほどに、鰹と昆布の効いた出汁を吸った麺はやわらかくなり、味が深くなっていく。


サイドメニューは鶏の出汁がきいた「かしわめし」。鶏肉やごぼう、にんじんといった具の味がコメの味をほわぁっと膨らませる。福岡の一般的なうどん店では鶏肉入りのかやくごはん──かしわめしを添えるのが定番だ。うどん→かしわめし→すめという極上の無限ループはどう順番を入れ替えてもうまい! あまりに相性抜群で、食べながら「永遠にお腹がいっぱいにならなければいいのに」と考えたことすらある。恥ずかしながら30代も半ばを過ぎてからの話だ。ちなみにスペシャルで登場した店は、福岡うどんの店にしては珍しくご飯物がいなりずしのみの店なので足を運ばれる際にはご注意されたし。


福岡の「ごまさば」は魚の種類ではない
そしていよいよ後半。「ごまさば」が登場する。ここでも井之頭五郎は完全に博多目線だ。

「この店は“ごまさば”じゃなくて、鯖ごまって言うのか…。せっかくの博多……サバは入れておこう」

冒頭で福岡空港を出た瞬間「久しぶりだなあ。九州」と(脳内で)口走ったことからわかるように、おそらく九州に来ること自体久しぶりだったのだろう。しかも前回福岡に立ち寄ったなら、「久しぶりだなあ。福岡」となるはずだ。つまり相当期間、福岡に寄ってはいないということになる。にもかかわらず、井之頭五郎は「鯖ごま」という品書きを見た瞬間、サバ刺身のごま和えの「ごまさば」を想起した。福岡度がかなり高い。他府県民なら「鯖ごま」という品書きに、一瞬何が出てくるのか戸惑うはずだ。仮に「ごまさば」と書いてあっても魚種としての「ゴマサバ」を思い出すだろう。

そうした前提をすべてすっ飛ばしていきなり正答にたどり着き、「せっかくの博多……、サバは入れておこう」とまたも料理の詳細については視聴者を置き去りにする。実に潔い。説明はときにノイズになる。とりわけ「孤独のグルメ」における井之頭五郎の魅力は「とにかくうまそう」に視聴者を刺激する食べっぷりにある。説明が邪魔ならば排除すればいいい。情報に熱心な視聴者はググるだろうし、極端に言えば食べているものの背景などわからなくても「うまそう」なことさえ伝わればいい。“めしテロ”こそがこの番組の本質だ。

割り箸を割って「いただきます」と言葉にした後、井之頭五郎は「博多めし、口火を切るのは、鯖ごまだ」と(脳内で)つぶやいた。夏の季語である「鯖」を巧みに盛り込み、俳句調になっている。

画面で見る限り、この店ではサバの刺身にすりごまを和えてさっくり混ぜたものをわさび醤油で食べる仕立てのようだ。福岡でも「ごまさば」の多くは醤油ベースのごまダレに和えてヅケにしたもの。刺身にして和えるとなると、鮮度はさらに重要だ。福岡をはじめ、九州の刺身は新鮮さを大切にする。アミノ酸熟成する前のぶりっぶりの食感──歯を押し戻すような弾力と舌触りが感じられるはずだ。少し甘い醤油の入った小皿にわさびを溶いて、サバをちょん。おもむろに口に運ぶ。ひと噛み、ふた噛み……。ああ、あのひと切れがうまくないわけがない。そしてここから脳内コメントのターンだ。

「んんーっ。来た来た。サバ来た。この店いいぞぉ」
「サバとごま、めし、醤油。付け入る隙がないほどうまい」
「今日は……、もう勝ったな」

もうガマンできない。降参だ。こうして反芻しているだけで、めまいがしそうなほど腹が減ってくる。ごまさばのうまい店に外れなし。そしてうまいごまさばは、めしと酒がやたらと進む。ごまさばが当たりの時点で、めしでも飲みでもその一食はもう勝ったも同然。そして福岡には割烹はもちろん居酒屋や大衆食堂にもごまさばのうまい店があちこちにある。

「孤独のグルメ」という番組の本質が“めしテロ”にあるならば、番組作りの要諦はそのリサーチ力にある。今回、ごまさばを供した店などは、いまだ食べログでは点数がついていない。「博多」がスペシャルの舞台に選ばれた真相はわからないが、福岡にはネットが追い切れないうまい店がゴロゴロある。そうした街のポテンシャルを踏まえての「博多」だとしたら、「孤独のグルメ」という番組企画との合致感はすばらしい。そして主演の松重豊にはいつにも増して見事に飢餓感を煽られてしまった。

いまこの原稿を書いているPCのブラウザにはお盆明けのLCCの予約サイトが表示されている。待ってろ、牧のうどん、ごまさば、そして天ぷらのひらおの塩辛よ!(その他、福岡のおいしいものみなさま)
(松浦達也)