又吉直樹作、第153回芥川賞受賞作品「火花」。ここら辺から本当に濃くて観ているだけで本当に息が苦しい。

又吉直樹原作ドラマ「火花」8話。神谷と徳永が吉祥寺でダラダラ遊んでいた時間が懐かしくて愛おしい
イラスト/小西りえこ

徳永の現状


少しずつメディアに進出し始めたスパークス。徳永は高円寺の風呂無しアパートから、下北の12万のマンションに引っ越し。単独ライブは大きな箱で大成功を収め、街でファンに話しかけられるようにまでなった。傍から見たらかなり順調だ。

しかし、徳永は全く納得がいっていない。打ち上げでも、プロデューサーにゴマをすることが出来ない。我が道を行く神谷の影を追ってしまい、理想ばかり夢見てしまう。売れていく現実のスパークスと、理想の自分との距離を感じてしまう。

かといって、自分のやりたい事に絶対的な自信を持つことが出来ない。プロデューサーに言われたポップな掴みのギャグに拒否反応を示すものの、結局は受け入れてしまう。衣装も同じだ。単独ライブで最初に行ったネタは、かつての自分からは考えられないほど、ポップなものだった。

やりたいように自分のネタをやっていた時、徳永はネタが認められないと、美容師のあゆみ(徳永えり)に愚痴をこぼしていた。
「おもしろすぎるから、きっと徳永君のことを理解できないんだよ」と慰めてくれた。そのあゆみが今回の単独ライブを鑑賞。感想は、「めちゃめちゃ面白かった」とのこと。結局あゆみも、本当の徳永の事を理解している訳では無かったのだ。徳永は、理想と、現実と、世間から受けている印象の自分と、全てが乖離してしまっていた。

神谷の現状


一方の神谷は、後輩を連れて飲みに行き借金がドンドン膨らんでしまう。居酒屋で大騒ぎして周りに迷惑を掛ける、警察に絡む。徳永から見ても、これは“カッコ良い神谷”ではなかっただろう。

描写こそないが、神谷はちゃんとした家もない。ホームレスらしきおじさんと河原で飲んだくれ、せっかくやらせてもらえることになったテレビの前説も、客とケンカしてしまう。徳永の引っ越し祝いパーティも仕事で行けないと言っていたが、おそらくは嘘だろう。

ダラダラ遊んでた頃が愛おしい


スパークスの単独ライブの後、徳永は打ち上げにも行かず、久しぶりに神谷と会う事に。そこで、自分と同じように銀髪にした神谷を目の当たりにする。
徳永は全く理解が出来ない。話も入ってこない。ここら辺からもう濃過ぎて息苦しいシーンが連続する。

神谷はユキ(相席スタート・山崎ケイ)を紹介する。後に徳永は、前に神谷が同棲していた真樹(門脇麦)と同じように、“安らかな暮らしの匂いがしてよく笑う人”という感想を持つが、真樹はやはり美しかった。ユキには失礼だが、憧れのカッコ良い先輩である神谷が落ちぶれていくのは、何とも言えない。

三人で鍋をつついていると、テレビでスパークスのネタが流れた。自分の理想である神谷に、納得の行ってないネタを見られてしまう。無音の時間が続く、徳永は堪らない。「ダメですかね?」耐え切れない徳永は感想を求めてしまう。この無音のシーン、およそ39秒間。エヴァンゲリオンの碇シンジが渚カヲルを握りつぶすまでの時間はおよそ65秒。
無音は長く感じる。そして、重い。

神谷は、「好きなようにやったらええ」と優しく答えた。だが、徳永には「面白くない」と聞こえてしまう。それはそうだ。自分の理想は神谷だ。自分の理想から見た今のネタが面白くないということなんか、徳永は聞かなくてもわかっていた。

ここで徳永は神谷という理想を失ってしまったのではないだろうか。現実との距離に精神がついていかず、理想を切り離してしまった瞬間に見える。だが、現実に徹する覚悟が出来たかというとそれとはまた違う。単純に疲れてしまった。理想も現実も全てを手放してしまった。
そんな印象だ。

今夜放送の第9話で、スパークスは仕事が徐々に減ってしまう。ちらつく解散。ああ、神谷と徳永が吉祥寺でダラダラ遊んで頃が懐かしい。

(沢野奈津夫@HEW)
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