勇気と力をくれたテイラー・スウィフトの性暴力1ドル勝訴【勝部元気のウェブ時評】

世界で絶大な人気を誇るアメリカのシンガーソングライター、テイラー・スウィフト氏が、ファン交流会に参加した元ラジオDJのデヴィッド・ミューラー氏にお尻を掴まれる性暴力被害に遭ったとして争っていた裁判で勝訴したとのことです。

被害に遭ったスウィフト氏側が勤務先であるラジオ局に苦情を入れたことで、ミューラー氏は解雇。ミューラー氏は事実無根を主張すると同時にスウィフト氏の訴えによって職を失ったとして、300万ドルの賠償を求めていました。ですが、裁判所は反訴していたスウィフト氏の主張を認めて、ミューラー氏に対して1ドルの賠償を言い渡しました。

賠償請求金額が僅か1ドルである理由としては、性暴力という行為に対して泣き寝入りをしない姿勢を示し、同じような被害に遭った人々へのメッセージが込められていると言われており、このスウィフト氏の行動が多くの賞賛を集めています。



責任をなすりつける加害者に反論


また、スウィフト氏の法廷における反論もとても素晴らしい発言が目立ちました。たとえば、ミューラー氏が職を失ったことに対しても、「自分(ミューラー氏)の選択によって生じた不幸の責任をなすりつけている」という旨の主張を述べています。

確かに「自分が訴えることで相手の家庭生活を壊してしまうかもしれない…」というように責任を感じて、性暴力被害を訴えるのを躊躇する被害者は少なくありません。ですが、自分の物が盗まれた時や詐欺の被害に遭った時に、「相手の家庭生活を壊してしまうかもしれない…」と感じて、相手を訴えるのを躊躇するでしょうか?

もちろんそんな人は少ないはずです。犯罪という選択をしたのは加害者自身であり、もし犯罪によって生活が壊れるのだとしたら、その全責任は犯罪という選択した加害者本人にあります。被害者には一切責任はありません。スウィフト氏がなすりつけだと主張したように、単に加害者がやりきれない怒りの矛先を被害者に向けているに過ぎません。

「生活が壊れることに比べれば性暴力の被害なんて取るに足らないもの」という間違った認識が社会に充満しているのは、加害者や潜在加害者による責任のなすりつけが成功してしまっているからですが、そのような圧力に苦しむ必要は無いのです。


全ては「加害しなければよかっただけ」


さらに、ミューラー氏側は「写真撮影後に休憩を取ればよかった」「ボディーガードは見ていたなら止めるべきではなかったか」等の主張をしました。確かに性暴力の問題が起こると、被害者やその関係者に対して「〇〇すればよかった」という主張をする人がいます。たとえば、「夜道を一人で歩かなければよかったのではないか」「派手な恰好をしなければよかったのではないか」等もそうです。

もちろんこれらは全て被害者非難であり、本人に矛先を向ければセカンドレイプに該当するものですが、スウィフト氏は「性暴力をしなかったらよかったのではないか」という旨の反論をしているのです。

本当にごもっともで、全ては加害者が加害しなければよかったことに過ぎません。暴力・犯罪は原則的に加害者の意思によって生じるわけですから、被害者側は何を言われようとも動じずに、「こちらの過失探しをしても無意味で、全てはあなたが加害しなければよかっただけ」と言えばよいということを、スウィフト氏は改めて示してくれました。


日本の芸能人にもフェミニストがたくさんいる


このようなスウィフト氏の完璧な“論破”は、まさにフェミニズムの論客が用いる主張そのものです。実際、スウィフト氏もフェミニストを自称しています。昔は「男性嫌いの人々をフェミニストと呼んでいるような気がした」とのことですが、今では「ジェンダー平等を志向する人」という正しい理解を得て、自分もフェミニストだと公言するように至ったようです。

スウィフト氏に限らず、アメリカの芸能人には女性でも男性でもフェミニストを公言する人は少なくありませんが、日本では公言する人は皆無に等しい状況です。そのため、日本の女性芸能人にはフェミニストはいないと思っている人も少なくないかもしれません。ですが、本当にそうでしょうか?

オフの場面で彼女たちの話を聞いていると、むしろ大半の女性がフェミニストと同じようなことを述べているように感じます。もちろんフェミニズムには性別役割分業・賃金格差・性暴力・ルッキズム(外見至上主義)・女性に対するヘイト等の様々な諸問題があるので、フェミニズムの全てに賛同している人は多くはないですが、いずれかのテーマで問題意識を感じている人は少なくないのです。


アンチフェミ=女性から信頼されていない男性


確かに日本人はアメリカ人のように自分の意見をハッキリ言わない傾向にあるというのも、彼女たちが表ではフェミニスト的主張を言わない背景かもしれません。ですが、それ以上に周りの意見と一致していることを気にする国民性のため、「この人は賛同してもらえるだろう」と思えない男性の前では言わないということのほうが強く影響しているのではないかと思います。

そう考えると、「日本の芸能人はフェミニストが少ない」というのは間違いで、「自分のフェミニズム的な主張に賛同してくれそうな男性が少ない」というのが現状の正しい表現ではないでしょうか? つまりは女性側の問題ではなく、男性側の問題です。

要するに、男性はもっと女性の声に対して傾聴するべきで、それに対して被害者非難を絶対にしないということが求められているのだと思います。逆に、「フェミニズムはブスの僻み」と言っている男性は少なくないですが、それは自分が大半の女性から信頼されていないだけということを自ら公言しているに過ぎないのです。

何度も繰り返していることですが、フェミニズムは男性VS女性の問題ではなく、社会を構成する一因として誰かの人権を侵害する行為や不平等な構造を許す人VS許さない人の問題です。女性から「この人は賛同してももらえるだろう」と信頼される男性が増えて、スウィフト氏のようなインフルエンサーが登場して、日本でもこれらの問題が改善できるようにしていきたいものです。
(勝部元気)