【この有名人の意外な学歴 2026年夏】#3


「バラエティーの救世主」(テレビ局ディレクター)と評価が爆上がりなのが元フィギュアスケート選手の高橋成美(34)。今年2月のミラノ・コルティナ五輪でりくりゅうペアが金メダルを取った際には名解説で盛り上げた。

日本中を興奮の渦に導いた高橋の能力の高さにテレビ業界も注目し、今や引っ張りダコ。「芸人ばかり起用され食傷気味だったところに新星が現れた。頭の回転の速さがズバぬけている」というのだ。7月18日からは中京テレビの新番組「あすりーとHOLIDAY」で陣内智則と一緒にMCを務めている。


 地頭の良さはスケート人生を続ける中での学歴を追っていけば見えてくる。千葉県松戸市で生まれ育った高橋がスケートを始めたのは3歳。小児喘息対策だった。のちに同じ都築章一郎コーチ(88)のもとで学ぶことになる3学年下の羽生結弦(31)も喘息の克服が目的だった。


 小学校4年の時、父の転勤で中国の北京に渡る。5年になって一時帰国した際は仙台市の都築コーチの自宅に下宿。羽生と同じ小学校に通い、練習に明け暮れた。半年後、再び中国に。

小6でペアに転向した高橋は同国の全国大会に出場し6位に入賞。めきめき力をつけていく高橋に横やりを入れたのが中国フィギュアスケート協会だった。「中国に国籍を変更しなければ、国内の大会に出場することはできない」と言い出したのである。


 中学2年の終わりに失意のまま日本に戻った高橋だったが、そこからが凄かった。松戸市の公立中学に通い、スケートの大会にも出場しながら受験勉強に励み、千葉県最難関の高校に合格してしまうのである。渋谷教育学園幕張(通称「渋幕」)である。1983年に開校した新興勢力ながら、進学校として躍進を続け、98年には東大合格者数が2桁に。


 世紀が変わる頃からは県内首位の位置を固め、2012年以降は今年まで15年連続で東大合格者数トップ10入りを果たしている。


 渋幕在学中も高橋は大会に精力的に出場。高3の秋にはポーランドで開かれたジュニアグランプリ・トルン杯のペアで金メダルを獲得している。選手として活躍を続ける中、慶応大総合政策学部のAO入試に合格。同大で入試改革に関わった文系の元教授は次のように話す。


「AO入試を国内で最初に導入したのは慶応。36年もの歴史があり、より優秀な学生を採るための方式が確立されており、ハードルの高さは一般入試と変わらない」


 関門を突破したものの、そこからが大変だった。大学生活と選手としてのピークの時期が重なったからだ。海外遠征も多く、大会に出るために猛烈な練習をしなければならず、たびたび休学を余儀なくされた。その甲斐あって20歳の時、世界選手権で銅に輝いた。同大会のペアで日本人がメダルを取るのは初の快挙だった。18年春、現役を引退すると、休まず大学にも通えるようになり、その2年後卒業。28歳になっていた。


(田中幾太郎/ジャーナリスト)


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