【スージー鈴木のゼロからぜんぶ聴くビートルズ】#123


 アルバム『アビイ・ロード』(1969年9月26日発売)③


  ◇  ◇  ◇


■『サムシング』②


 私は『サムシング』を聴くと、いつも人生というものについて考えてしまう。


 ビートルズ時代、ジョンとポールからジョージが受けた圧迫感は、相当なものだったろう。

ビートルズ・ハラスメント(Bハラ)と言っていいぐらい。


 アルバム収録曲も、いつもジョンとポールが優先。年下ということも影響したはずだ。例えば、本連載で何度も取り上げた『ノット・ギルティ』という曲は、100回以上のテイクを重ねたけれども、結局アルバムに採用されなかった(のちにジョージのソロアルバム『慈愛の輝き』-79年-に収録)。


「今に見てろ!」と何度も思ったことだろう。そしてついに『アビイ・ロード』で、アルバム全体を代表する曲を生み出すのだ。【オリジナル記事で試聴する


 そして、『サムシング』の勢いそのままに1970年、『オール・シングス・マスト・パス』という3枚組の大作を大ヒットさせる。このどんでん返し物語、大河ドラマで見てみたいものだ。


 人生には、圧迫感にさいなまれる瞬間が必ずある。というか、人生そのものが圧迫感とセットになっている。そんな人生を歩む人間には2種類ある。自分にとっての『サムシング』を生み出せる人と、生み出せない人だ。


 不幸にも自分の『サムシング』を生み出せない理由は、才能や能力が足りないからだけではない。もちろん、そういうのが足りない人もいようが、むしろ、ちょっとしたことでチャンスを逸したり、チャンスに恵まれなかったりで、自分にとっての『サムシング』を取り逃していく人が、案外多いのではないかと、私は思う。



 と話が長くなったが、『サムシング』は「人間とは何か」を考えさせる何か(サムシング)を持った曲なのだ。いやぁ、ジョージくん、よく頑張ったよ。あなたには罪はない。「ノット・ギルティ」(無罪)だよ。


 最後に余談。かつて『ザ・ナイト・ビフォア』(65年)の項で「ビートルズのアルバムA面2曲目は、渋くて地味だけど、よく聴けばいい曲が多い」という話を書いた。
『サムシング』が地味かどうかはともかく、ジョンやポールの曲が持っている、向こう受けする派手さには欠けるという意味では、実にA面2曲目的だ。というか仮想アルバム「アルバムA面2曲目コレクション」の中で、まさにA面2曲目になるべき曲ではないか。


 というわけで仮想曲順リストを再掲。やはり『サムシング』にはA面2曲目がよく似合うな。




▽スージー鈴木(音楽評論家) 1966年、大阪府東大阪市生まれ。昭和歌謡から最新ヒット曲まで幅広いジャンルの楽曲を、社会的な視点からも読み解く。主な著者に「中森明菜の音楽1982-1991」「大人のブルーハーツ」「日本ポップス史 1966‐2023」など。半自伝的小説「弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる」も話題に。日刊ゲンダイの好評連載をまとめた「沢田研二の音楽を聴く1980-1985」、最新刊「日本の新しい音楽1975~」は大好評。ラジオDJとしても活躍。


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