現場で上がった小さな声を会社全体に波及させるコツとは。東京大学大学院 客員研究員の安斎勇樹氏は「現場の声を会社全体に広げるためには、経営層に『いいね!』と思われる必要がある。
大企業で起こった出来事を参考にしてほしい」という――。
※本稿は、安斎勇樹、水野祐『組織の成果を最大化する ルールのデザイン』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
■“従業員の声”で動いたスタバ
スターバックスコーヒージャパンでは2017年、従業員の同性パートナーも福利厚生の対象とする「同性パートナーシップ登録制度」が導入されました。この制度変更のきっかけは、ある社員が人事部に提出した書類に添えられた「同性のパートナーを家族として登録したい」という、たった1枚のメモだったそうです(注1)。
このメモが、それまで明文化されていなかった制度の必要性を社内に強く認識させ、具体的な制度設計に向けた対話と調整を加速させ、経営層もその意義を承認し、正式な制度へとつながりました。
もともと本国のスターバックス本社には多様性を尊重し、誰もが活躍できる企業文化が存在しており、LGBTQ当事者も含めて多くのマイノリティが活躍してきたのも後押しになったと言えるでしょう。こうした「文化的土壌」があったところに現場のメンバーのアクションがトリガーとなり、制度変更につながったのです。
また、全く同じ制度ではありませんが、日本企業でも大企業を中心に、ここ10年ほどの間で、LGBTQ当事者にも婚姻制度と同等の手当等を支給する形で会社の諸規程を修正しているところが多くあります。
注1:「スターバックス ストーリーズ ジャパン:『目に見えにくい特徴も大切に』スターバックスが考える『NO FILTER』な社会とは?」(スターバックス コーヒー ジャパン、2024)
■スープストックV字回復の裏エピソード
現場の「ルール違反」が経営層によって正当化され、停滞を打破する火種となっただけでなく、ルールそのものを変えてしまった象徴的な事例もあります。
スープストックトーキョーの売りと言えば、おなじみの「あたたかいスープ」ですが、猛暑で全国的に業績が悪化したことがありました。ところが、ある1店舗だけが驚くほど好調だったというのです。その理由を調べたところ、その店舗は会社が掲げる「スープしか提供しない」というポリシーに反し、内緒でカレーライスを提供していたことが判明したそうです。

この事実に対し、経営層は「カレーライスをメニューに入れるかどうか」という判断を迫られます。社内会議で討議したところ、賛否両論。しかし創業者の遠山正道氏は「現場の声に従おう」と、全店でカレーライスの提供を決定しました。すると1カ月後には業績が劇的に復活し、V字回復を果たしたのです。
■「赤穂工場?」三菱電機で起きた草の根活動
三菱電機では2021年に品質不正問題が発覚し、全社的な風土改革を進めていましたが、同社の赤穂工場では問題対応に追われ、改革は後手に回っていた状態でした。
そこで一人の社員が、工場長へ「変革のための枠組みをつくりたい」と直談判し、具体的なアイデアを提案したのです。それをきっかけに始まったのが「雑相(ざっそう)の会」(注2)。部門を超えて雑談することで、相互理解を促す取り組みでした。
そこから「顔見知り」のつながりが増えていった結果、新たに部門横断的にナレッジや課題を共有する「赤穂工場で学ぼう(旧赤穂学習塾)」という取り組みもスタートしました。雑談から業務内容も積極的に共有する文化が生まれたのです。
さらに社内SNSに「赤穂工場を知ろう」というチャネルを開設。他拠点から「赤穂工場ってどこ?」と聞かれるほど知名度の低かった赤穂工場の取り組みが全社的に知られることとなり、全社的な変革プロジェクトとも連携していくようになったのです。

注2:「GOOD ACTION AWARD:1本のメールから始まった組織風土改革。大企業の地方拠点で『自発的に動き始めた』人たちが職場を変える」(インディードリクルートパートナーズ、2025)
ソニーグループで雑談から生まれたもの
ソニーグループでは「雑談」から新たな取り組みが生まれました。2019年に発足した「Leaders Lab(リーダーズラボ)」は、部長職のコミュニティです(注3)。
同社には部長クラスの定型的な研修がなく、自己流でマネジメントすることになるため、「これでいいのだろうか」と課題意識を持つ人が多かったのです。そこで10名程度の有志でプロジェクトを発足。人材育成やチームビルディングに関するセミナーなど年4回ほどイベントを開催するようになりました。
参加者はイベントごとに増え、多いときで200名ほどが参加するようになり、オンライン開催やワークショップなど、イベント形式も多様になってきました。同じ立場のリーダーたちが集まり、悩みや知見を共有する場をつくることで、組織横断的なつながりが生まれたのです。
さらに運営するメンバーは年々入れ替わるなど、コミュニティの新陳代謝も図られています。
注3:「リクルートワークス研究所:自発的にマネジメントやリーダーシップを学び合うコミュニティ『Leaders Lab』――ソニーグループ」(インディードリクルートパートナーズ、2023)
■小さく取り組み大きく広げるコツ
初めから全社的な制度として導入するのではなく、まずはチームレベルで始めてみる。意義を感じ、賛同する人が増えれば、創造力を高める効果や影響力が波及し、やがて組織文化として定着していく――。これが「小さく始めて、大きく育てる」ボトムアップ型のルールデザインの実践です。

ただ「小さく始めて、大きく育てる」と言えども、やはりボトムアップ型のルールデザインにおいて、最大のハードルは第3段階(小さなアクションを起こす)→第4段階(経営側が承認し、制度化する)です。長期的に考えれば、現場からの意見表明や草の根活動によって少しずつ組織文化に変化が出てくるかもしれませんが、やはり明確に組織変革へつなげるためには、経営の理解と承認が欠かせません。
新しいルールをいかに運用し、定着させるかを考える上で参考になるのが、学習論でよく引用される「認知的徒弟制」という考え方です(注4)。アラン・コリンズやジョン・シーリー・ブラウンらが提唱したもので、徒弟制における学習過程を定式化した支援モデルです。
職人の世界では親方や師匠が弟子をいかに育て、自立を促していくのか。その学習支援プロセスは次のようなものです。
モデリング(Modelling):熟達者がやってみせ、思考の手順も見える化する
コーチング(Coaching):学習者の実践を見て、その場で助言・フィードバックする
足場かけ(Scaffolding):課題を進められるように支え(足場)を用意する
言語化(Articulation):学習者に自分の考え方を言葉にさせる
リフレクション(Reflection):自分のやり方を熟達者や他者と比べて振り返る
探索(Exploration):学習者が自分で問いを立て、解き方を探しにいく

前半では教育者が丁寧に足場をかけ、後半にかけてその支援をフェードアウトさせていく。後半では学習者が主体となり、自律的な学びを促す過程となります。これに倣えば、組織におけるルールデザインにおいても、導入期はルールの意義や動機づけを重視し、納得感を醸成する「足場かけ」が不可欠だと言えるでしょう。
注4:Collins, Allan, S Brown, John; And Others(1987) “Cognitive Apprenticeship:Teachirg the Craft of Reading, Writing, and Mathematics”. Technical Report No.403.
■メンバーに「あえて雑に説明する」理由
他方で、マネジャーがいつまでも「良かれ」と思って、新しい施策を導入するたびにマイクロマネジメントで丁寧すぎるほど説明して回っていたら、「もうわかったから!」となりますよね。
ルールの根拠や論理を丁寧にすればするほど、短期的な「納得感」は高まりますが、過剰かつ継続的にやり続ければ、メンバーには受動的な態度が定着してしまいます。
過剰な説明責任の完遂は、メンバーから「自分で意味を見いだす機会」を奪い、結果としてその主体性を去勢してしまいかねません。

ルールが定着するまでは、なぜそのルールを守る必要があるのか。その意義や道具としての有用性を実感させるストーリーテリングを試みながらも、どこかのタイミングであえて“雑”に説明してみる。そして徐々に自ら意味を考える「余白」をつくっていく。こうした意図的な「ホスピタリティの引き去り」こそが、マネジャーとメンバーの間にフラットな関係性を築き、ともに組織を運営する当事者意識を育む鍵になります。
■経営層にルールを承認してもらうコツ
経営層が現場の提案を承認するかどうかは、単に「良い取り組みかどうか」「変革のテーマに整合しているか」だけでなく、経営にとってどのようなメリットや意義があるかによってシビアに判断されます。経営が現場のボトムアップ型の取り組みを承認する理由は、主に次の6つが考えられるでしょう。
(1)見えないコストの削減
経営からは見えにくいが、現場だからわかる企業に損失を与えている「見えないコスト」を指摘されると、経営は「これは対応しなければ」と感じてくれるでしょう。
(2)時代遅れリスクの回避
コーポレートガバナンス・コードや法制度の改正、あるいは社会の常識、価値観の変化に対し、自社の文化や風土が「時代遅れ」になりたくない、というのも、経営がルール変更を承諾する強い理由になります。ダイバーシティ推進やワークスタイルなどのルール変更が現場起点で通りやすいのは、まさしくこれにあたります。
(3)ブランディングの好機
先進的な取り組みや、社会的な意義のあるルール変更は、企業の外部へのアピール材料、すなわち「ブランディング」の絶好の機会となります。現場の提案を採用したという事実を材料にして、採用ブランディングや企業価値の向上に直結させたいというニーズです。
(4)戦略との整合・シナジー
組織変革のテーマと結びついているだけでなく、事業戦略や経営数値とシナジーがある場合も承諾の後押しになります。

(5)停滞打破・変革の火種
長期的な指針に合致しなくとも、現状に閉塞感が蔓延していて、「このままではまずい」「とにかく何か変化が欲しい」「マンネリを打破したい」というのもよくある経営のニーズです。その火種として期待ができる提案は、承諾される確率が高まります。
(6)文化醸成・エンパワメント
現場の自律的な取り組みが従業員の主体性や創造性を育み、組織全体のカルチャーを良い方向へ醸成すると判断される場合、エンパワメントやエンゲージメント向上を目的として「現場の声を採用する」ことがあります。
■まずは「見えないコスト」を見つけよう
あくまで「小さなアクション」が「変革のテーマ」に合致していることが前提条件ですが、現場としてはこれらの経営ニーズを理解し、自分たちの意見や取り組みをこの文脈に接続して語れるかどうかが、ボトムアップ型のルールデザインの成否の分かれ道となるでしょう。
特にボトムアップの組織文化がまだ根づいていない組織では、まずは(1)「見えないコストの削減」から狙っていくことが効果的です。どんな企業にとっても、ここが経営にとって最も直接的で、かつ緊急性の高い課題だからです。
コスト削減という「統制」の視点から着手し、「現場の声でルールが変わった」という小さな成功体験を積み重ねていくことが肝心です。そこから徐々に、他の象限に成功事例を戦略的に広げていくことで、組織は柔軟で変化に強い「ルールを更新していく組織」として進化していけるはずです。

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安斎 勇樹(あんざい・ゆうき)

MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学大学院 情報学環 客員研究員

1985年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。
人の創造性を活かした新しい組織・キャリア論について探究している。主な著書に『ルールのデザイン』『静かな時間の使い方』『冒険する組織のつくりかた』『問いのデザイン』『新 問いかけの作法』などがある。Voicy『安斎勇樹の冒険のヒント』放送中。

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水野 祐(みずの・たすく)

法律家/弁護士(シティライツ法律事務所、東京弁護士会)

Creative Commons Japan理事。慶應義塾大学SFC非常勤講師。note、アミタホールディングスなどの社外役員。グッドデザイン賞審査員(2018-2020年, 2022-2025年)。テック、クリエイティブ、都市・地域活性化、サーキュラー分野のスタートアップから大企業、公的機関まで、新規事業、経営戦略等に関するハンズオンのリーガルサービスを提供している。著作に『法のデザイン −創造性とイノベーションは法によって加速する』(フィルムアート社)、連載に『新しい社会契約(あるいはそれに代わる何か)』(WIRED日本版)など。

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(MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学大学院 情報学環 客員研究員 安斎 勇樹、法律家/弁護士(シティライツ法律事務所、東京弁護士会) 水野 祐)
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