3度目の挑戦でも聖地初勝利には届かなかった。北海道勢11年ぶりの開幕戦に登場した札幌日大(南北海道)は、1―3で仙台育英(宮城)に敗戦。

先発の右腕・石川瑛二朗(3年)が自己最速を更新する146キロをマークし、8回3失点と粘ったが、打線が再三の得点機で凡退。エースを援護できず、悲願達成は持ち越しとなった。

 近くて遠い全国1勝の壁。札幌日大にとって2002年春、24年夏に続き3度目の大舞台も初白星には届かなかった。2点ビハインドの9回2死二、三塁。4番・前田和磨主将(3年)がはじき返した打球は投手のグラブに収まり、一塁へ送球が渡ってゲームセット。ベンチ前に整列したエースの石川は「高校野球が終わってしまったな」と夜空を見上げた。

 先発マウンドを託された背番号1は、登板前に大勢の観客が詰めかけたスタンドを見渡した。「運がついてる」。2回には自己最速を1キロ更新する146キロをマーク。甲子園で投げる喜びをかみ締めながら、序盤2イニングを無安打無失点に抑えた。

 しかし、22年夏に全国制覇を果たした“東北の雄”は2巡目から対応してきた。

3回2死二塁からカーブをはじき返されて先制を許すと、4回には真ん中高めに甘く入ったカーブを捉えられ被弾。8回は2死二塁から「悔いはない」という渾身(こんしん)の内角低め直球をはじき返され、手痛い3点目を献上した。

 小学2年時に野球を始めた頃、「キャッチボールでも球を怖がって、練習に全くならなかった」と父・将一さん。弱気な姿勢が目立った野球少年は、時に社会人野球経験者の父から厳しい指導を受け、歳を重ねるごとにたくましい姿へ成長していった。

 中学卒業後、親元を離れる際には「本当に大丈夫かな」。将一さんの心配とは裏腹に、南北海道大会3年連続決勝進出の強豪で絶対的エースへと上り詰めた。東海大四(現東海大札幌)出身で、3年時の南大会4強の父が届かなかった甲子園出場。家族全員がスタンドから見守る中、何度も右拳を握りながらチームを鼓舞し、将一さんは「あんな怖がりだった子が、ここに出られるなんてすごい。よく頑張ったな」と目を細めていた。

 高校卒業後は、東都リーグ所属の大学に進学予定。「リーグ優勝して、次は神宮球場で投げて絶対に日本一になる」。聖地で投じた109球を明日へ、未来へとつなげる。

(島山 知房)

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