バレージ氏は「DF界のヨハン・クライフだった」 ファン・バス...の画像はこちら >>

ミラン黄金期を支えたバレージ氏 photo/Getty Images

サッカーを変えたレジェンドの一人

先日、ミランで活躍した元イタリア代表DFフランコ・バレージ氏が66歳で亡くなった。

ミランではセリエAを6度、UEFAチャンピオンズカップを3度制するなど黄金期を築いたが、英『Independent』は「非の打ち所がないDFだった」とキャリアを振り返っている。



当時ミランでチームメイトだった元オランダ代表FWマルコ・ファン・バステン氏は、バレージ氏のことを次のように評していた。

「彼はミランの最終ラインを優雅に指揮した。普段は穏やかでシャイな人だったが、ピッチ上では戦士であり、勝者だった。彼はDF界のヨハン・クライフだった」

クライフがサッカーを変えたように、バレージもまたサッカーを変えた人物とファン・バステンは称えている。リベロとしてキャリアをスタートさせたが、指揮官アリゴ・サッキはよりコンパクトな4-4-2のシステムを打ち出し、バレージ氏はその守備の中心だった。

1987-88シーズンは30試合制だったとはいえ、当時のミランはセリエAで14失点に抑えてリーグ制覇。34試合制になった1990-91シーズンも19失点、1993-94シーズンも15失点にまとめるなど、当時のミランは鉄壁だった。

176cmと、バレージ氏はセンターバックにしては小柄な選手ではあった。しかし読みの鋭さでフィジカル部分を巧みに補っていて、同メディアは読みの部分がずば抜けていたと称えている。

バレージ氏が中心だった当時のサッキ・ミランがサッカー界に与えた影響は大きく、DF版のクライフと評したファン・バステンの言葉も納得だろう。


編集部おすすめ