リオネル・メッシを支え続けた父ホルヘ氏 伝説の「ナプキン契約...の画像はこちら >>

父のサポートを受けて現在も活躍中のメッシ photo/Getty Images

68歳で他界

インテル・マイアミ所属のFWリオネル・メッシを長年支えてきた父ホルヘ・メッシ氏が、ロサリオで68歳の生涯を終えた。長年にわたる闘病生活を送っていたとされ、バルセロナや古巣ニューウェルズ・オールドボーイズからも追悼のメッセージが寄せられている。

『THE Sun』が報じた。

元々は製鉄工場で働いていたホルヘ氏だが、息子の才能を誰よりも早く見抜き、そのキャリアを陰から支え続けた。メッシが14歳だった2001年、治療費の問題を抱えていた息子の将来を考え、ホルヘ氏はバルセロナに才能を見てもらう機会を作った。

2001年9月、メッシはバルセロナで2週間のトライアルに参加。当時クラブのディレクターを務めていたカルレス・レシャック氏は、その才能に強い印象を受けたという。

しかし、当時のバルセロナは財政的に厳しい状況にあり、クラブ内ではメッシの獲得に必要な費用を支払う価値があるのか慎重な意見もあった。息子の成長ホルモン治療を続ける必要もあったホルヘ氏は、バルセロナ以外の選択肢も模索していたようだ。

アルゼンチンの名門リーベル・プレートからは断られていたものの、レアル・マドリードアトレティコ・マドリードもメッシに関心を示すようになった。こうした状況の中で、2000年12月にバルセロナ加入を決定づけたのが、現在まで語り継がれる「ナプキン契約」だ。

テニスクラブで行われた会談で、レシャック氏はナプキンにメッシとの契約に関する合意を書き記した。異例の形式ではあったものの、レシャック氏らクラブ関係者が署名したこの文書は法的効力を持つ契約とされ、メッシがバルセロナへ進む大きな転機に。

このナプキンは後にオークションに出品され、約76万2400ポンドで落札されるほどの価値を持つ歴史的な品となった。


バルセロナ加入後も、ホルヘ氏は父親であると同時に代理人、相談相手として息子を支え続けた。メッシの母セリアさんらがアルゼンチンへ戻った後も、ホルヘ氏は息子とともにバルセロナに残り、ラ・マシアの他の選手たちと寮生活を送るのではなく、父子でアパート暮らしをすることを選んだという。

メッシは2007年のラジオ番組で、バルセロナに到着した当時について「父はいつも僕のそばにいた」と振り返っている。慣れない環境で落ち込んだ時も、父子で互いに大丈夫だと振る舞いながら支え合っていたという。

その後、ホルヘ氏は2004年にメッシのプロ契約を交渉。さらに2006年にはインテルが獲得に動くなど、息子の評価が高まる中で、そのキャリアを守る役割も担った。

メッシが世界的なスターへ成長すると、ホルヘ氏は契約面でも手腕を発揮。2017年にはバルセロナとの4年契約をまとめ、その総額は5億5500万ユーロに達したとされている。

その後、メッシはパリ・サンジェルマンを経てインテル・マイアミへ移籍。インテル・マイアミでは基本給に加えてMLSの放映契約に関連する収益も得ているとされ、2023年には投資会社「プレイタイム」も設立された。

メッシが世界最高峰の選手として長年にわたり輝き続ける一方、その舞台裏には常にホルヘ氏の存在があった。息子の才能を信じ、バルセロナへの道を切り開き、契約交渉から生活面まで支え続けた父親の存在は、メッシのキャリアを語るうえで欠かせない。


ニューウェルズ・オールドボーイズもホルヘ氏について、妻のセリアさんとともにメッシのキャリアを支え、その歩みを陰から支えた存在だったと追悼している。偉大なサッカー選手を支え続けた父ホルヘ氏の功績もまた、メッシの伝説とともに語り継がれていくことになりそうだ。

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