野球の概念を覆す大谷翔平と若武者・PCAの熾烈を極めるナ・リ...の画像はこちら >>

【PCA自身が語る成長の理由】

 大谷翔平とピート・クロウ=アームストロング(PCA)によるナ・リーグMVP争いが、いよいよ熱を帯びてきた。8月17日、PCAがシカゴ・カブスで先頭打者本塁打とサヨナラ弾を放てば、大谷もロサンゼルス・ドジャースで2本塁打を含む4安打。翌18日も、それぞれ本塁打を放った。

史上最も興味深いMVP争いのひとつになるかもしれない。

 もっとも、その理由は通常のMVP争いのように、単に「2人の打撃成績が接近しているから」ではない。最大の面白さは、「最も価値のある選手とは何か」という問いに、ふたりがまったく異なる答えを提示していることにある。

 大谷の答えは「打って、投げる」。PCAの答えは「打って、走って、守る」。そして、もうひとつ興味深いのがふたりの立ち位置だ。

 ここ数年の大谷は、健康な状態で二刀流を続ける限り、「いったい誰がMVP争いで大谷を倒せるのか」と思わせるほどの存在になっていた。その32歳の王者に、今年、24歳の若武者が真っ向から挑んでいる。しかもPCAには、成績だけでは語れない独特のスター性がある。

 俳優の両親のもとロサンゼルスで育ち、幼い頃には母の共演者だった女優ヘイデン・パネッティーアにベビーシッターをしてもらったこともある。ハリウッドスターが身近にいる環境で育ったからなのか、大きな注目を浴びても物怖じしない。プレーにも言動にも、自然と人を引きつける華がある。

 筆者がPCAと話したのは8月4日、カブスとドジャースの試合後だった。ゲームが終わって30分以上が過ぎ、カブスのクラブハウスでは、ほとんどの選手がすでに帰路についていた。人影もまばらになった頃、PCAがロッカーに戻ってきた。インタビューをお願いすると、快く応じてくれた。今季の飛躍について尋ねると、答えは意外なほど淡々としていた。

「自然な成長だと思う」

 マイナー時代から毎年少しずつ成長してきた。具体的な数字を目標に掲げるタイプでもないという。ただ、ひとつ興味深い言葉があった。

「以前より少し"やらないこと"を覚えた。体をセーブするためにね」

 若い選手の飛躍というと、練習量を増やした話を想像しがちだが、PCAは逆に「やり過ぎない」ことを覚えた。一方で今季は2日に1度のペースでウェイトトレーニングを続け、体は強くなった。精神面でも成長し、打つ球の選択やスイングも改善した。

2024年に.670だったOPS(出塁率+長打率)は、2025年の.768を経て、今季は.935まで急上昇している。

【MVPに対するふたりの考え方】

 ただ、打撃の急成長だけで、ここまで大谷を追い詰めることはできなかった。PCAには大谷にはない、もうひとつの大きな武器がある。それは、中堅守備だ。

 PCAの守備が特別なのは、単純に足が速いからではない。打球が飛んだ直後の反応と加速が突出している。MLBのデータ分析サイト『Statcast』によれば、最初の3秒で平均的な外野手より約1.5メートル多く正しい方向へ進む。だからこそ、普通の中堅手には届かない打球にも追いつける。OAA(平均値からどれだけアウトを増やせたかを示す守備指標)は昨季+24でメジャー1位タイ、今季も+23でトップに立つ。ドジャースのディノ・エベル外野守備コーチも「PCAは打者と投手の特徴を理解し、どこへ打球が飛ぶ可能性があるか分かっている。自分の近くに飛んできた打球はすべて捕ろうとする」と絶賛する。

 そのPCAに大谷とのMVP争いについて尋ねると、「MVPのことを考えて球場に来ることはない。打席に入る時も、それを考えることはない。

だからといって、そのことを考えるのを避けているわけでもない」と話し、大谷の存在については、こう続けた。

「大谷のようなすばらしい選手を追いかけるのは、いいモチベーションになる。彼と同じMVPの話題に名前が挙がるだけで光栄。大谷がやっていることを本当に尊敬している」

 だが、尊敬と遠慮は別物らしい。実際、インタビューをした翌5日の直接対決では、ふたりがそろって本塁打を放った。大谷が初回、10球粘った末に一発を放つと、その裏にPCAは初球を仕留めた。この日、DHで出場していたPCAに、エベル・コーチが「毎日センターを守れないくせに」と冗談を飛ばすと、PCAもすかさず「でも、お宅の選手(大谷)は10球かかったけど、僕は1球だったよ」と切り返した。

 王者への敬意を隠さない一方で、勝負となれば一歩も引かない。そんな負けん気の強さも、この24歳の魅力なのだろう。

 一方、シカゴでPCAとのMVP争いについて尋ねられた大谷は、「すばらしい選手だと思うので。ただ、自分のやることに集中したい」と答えた。それがモチベーションになるかと問われても、「あんまり今の段階で気にしていることはなくて、数字は上がったり下がったりするものですし。

その時によって有利かどうかも変わってくるので」と冷静だった。ただ、ドジャースのデーブ・ロバーツ監督は、ふたりの競争がもたらす相乗効果を感じている。

「ピート(PCA)が競争を面白くしていることは、野球界にとってすばらしい。そして正直に言えば、誰かが翔平を追いかけ、プレッシャーをかけることで、翔平自身もさらによくなると思います」と期待した。

 本人はあくまで「自分のやること」に集中する。それもまた大谷らしい。ただ、PCAが猛追するなかで最近のプレーを見ていると、言葉でライバル心を示すのではなく、グラウンドで結果を返す、そんな王者らしい凄みも感じられる。

【9月にカギを握る「投手・大谷」という切り札】

 おそらく「野手としての価値」だけを比べるなら、現時点ではPCAに分があるのではないか。『FOX Sports』は「今、投票するならPCA」とする論評を掲載した。シカゴの人気スポーツコラムニスト、ジョン・グリーンバーグも主張する。

「史上最高級の選手が誰かという話なら大谷だ。しかし2026年という1シーズンに限れば、守備、走塁、打撃のすべてで毎日のように貢献し、重要な場面で何度もカブスを勝利に導いているのはPCA。

ならば、なぜ彼がMVPではいけないのか」

 グリーンバーグは今のPCAに、シカゴ・ブルズのデリック・ローズが2011年にNBAのMVPに輝いた時と重なる「物語と勢い」があると見る。当時22歳だったローズは、絶対的な存在だったレブロン・ジェームズを抑えて受賞した。「新しいスター」の登場を待望する空気と、シーズン後半に高まっていく勢い。今のPCAにも重なるものがある。

 だが、大谷にはまだ、PCAには絶対に持てない切り札が残されている。「投手・大谷」である。今季は14試合に先発し、8勝2敗、防御率1.79という圧倒的な数字を残した。左膝の痛みで7月3日を最後に登板から遠ざかっているが、再びマウンドに上がり、ペナントレースが佳境を迎える9月に圧倒的な投球を見せれば、MVP争いの構図は一変する可能性がある。

 大谷自身も17日、「慎重には進んできている。最短で帰れるようにはもちろん思っています」と早期復帰への意欲を示した。そして先発としてポストシーズンで投げるイメージについて聞かれると、「もちろんそれはイメージしています」としたうえで、「先発の数も多くいますし、誰がポストシーズンで先発するかというのも、特に3、4枚目以降はわからない状態ではあると思う」と語った。

 ドジャースの充実した先発陣を考えれば、大谷の投手復帰を無理に急ぐ必要はない。

しかし、MVP争いという観点から見れば話は別だ。大谷が投手として再び圧倒的な価値を積み上げれば、レースの構図が変わる。その大谷は18日、復帰へ向けて2度目のブルペン投球を行った。2イニングを想定し、立ち投げも含めて計51球。今後はライブBP(実戦形式の打撃練習)を経て、実戦復帰を目指す。

 スポーツブックメーカー『DraftKings』の最新のMVPオッズでは、PCAが-115、大谷が-105。つまりPCAに115ドルを賭ければ的中時の利益が100ドル、大谷なら105ドルで100ドルとなる計算で、現時点ではPCAがわずかながら本命に立っている。

 9月になれば、MVPオッズも米国メディアの評価も、何度となく入れ替わるのだろう。だが、この争いの面白さは、どちらがMVPを手にするかだけではない。大谷を追うことで、PCAがさらにPCAらしくなる。そして若き挑戦者に追われることで、大谷もまた、言葉ではなくプレーでその挑戦を受け止め、大谷らしい最高の姿を見せようとしている。

 24歳の挑戦者と32歳の王者。互いの存在が互いの最高を引き出す。野球ファンにとって、これほど楽しみな9月はない。

奥田秀樹●取材・文 text by Hideki Okuda

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